第十六話 風と虎


「瓦版屋……?」


 大地は辰蔵に向かってきき返した。

 出羽の郷には瓦版屋などという職業はない。


「読売のことでさあ」


「ますますわがんねだ」


「市井のあれこれを紙に書いて売り歩く商売……といやあ、わかってくれますかね」


 眉を八の字に垂れて辰蔵は大地の眼を覗き込んだ。

 こいつは相当な田舎モンだと顔にかいてある。

 と、そのとき――


「どや辰蔵、今度も楽勝やったやろ?」


 横合いから上方訛りの張りのある声が響いてきた。

 声の方を振り向くと試合を終えたばかりの虎之介が息も乱さず得意顔で立っている。


 大地と虎之介の瞳があった。

 虎之介ははじめて気づいたといわんばかりに辰蔵にきいた。


「だれや、こいつ?」


「剣客番付第十席の風巻大地さまでさあ。どうやら敵情視察においでになったようで」


 辰蔵は勝手に敵情視察と決めつけて大地を紹介する。


「なにしろ風巻さまはあの熊坂雷五郎さまをあっという間に倒したお方。この辰蔵、両の眼でしっかと見届けやした」


 どうやら辰蔵はあのときの武蔵屋の店先にいたようだ。


「路上でケンカを売って手に入れた席かいな。

 なんやマジメにこつこつ勝ちあがってきたわいがアホみたいやな」


 上方のどこかから江戸にやってきた虎之介は、天下無双武術会に出場するため富岡八幡宮で開かれる城東地区予選に参加したらしい。

 先ほど行われた試合は準決勝であり、あと一回勝てばめでたく武術会への出場資格が得られると辰蔵は解説する。


「ちょうどええ。ここでおまえを倒せばわいが第十席や。チンタラと決勝やる前に一足早く決めたるわ」


 そういうが早いか虎之介は地摺り下段に構えた。

 大地は手に提げた鈴井重吾の木刀を見た。


 ――いらぬ。


 鈴井が見抜いたとおり、この木刀は使い物にならない。見た目は変哲ないが持った感触でわかる。確実に内部にひびが入っている。


「なんだ、なんだ?」


 剣武台の下に観客が集まってきた。

 大地と虎之介を半円形に取り囲む。

 一戦交えねばいけないような空気につつまれる。

 災難が次から次へと降りかかる。どうやら今日は厄日らしい。

 大地は軽くため息をつくと、満天の星空を仰ぐのだった。




   第十七話につづく


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