第十一話 失墜した若武者


「ウソこぐでねえッ!!」


 思わず片膝を立てて大地は怒鳴っていた。

 太兵衛の話によると、一馬は負けを認めようとせず、そればかりか剣之介の油断をついてすね斬りを仕掛けたという。


 剣之介は跳躍して一馬の足払いをかわすと、着地とともに一馬の頭部に木刀を振り下ろした。

 一馬が締めていたたすきが真っ赤に染まり、頭から奔流のような血を流して彼は意識を失った。


「なんとか一命はとりとめたものの、それ以来、若槻一馬さまはご自分が何者なのか……覚えの一切を失ってしまったとの由にございます」


「ほ…ほだなこと……おら、信じらんねえべや!」


 叫ぶようにいった。そもそもその若槻一馬は、大地が知り得るものと同一人物なのであろうか?

 勝負が決したあとの卑怯な振る舞いといい、幼童のころ対峙した彼とはあまりにも象が違いすぎる。


「番頭さん、さっき武者絵があるとかいってただが、ちょぺっとそれ、見せてくんろ」


「わかりました。

 おーい、だれかいないか!?」


 太兵衛は手をたたいて丁稚を呼びつけると、一馬の武者絵を持ってこさせた。


「うーむ……」


 眉間にしわを寄せて穴が空くほど見つめる。

 なるほど、女子供に人気が出そうな若武者ぶりだ。目元が涼やかで鼻梁が高く、口元がきゅっと引き締まって役者絵のようでもある。

 あれからお互い十年の歳月が流れているので、記憶のなかの顔と一致するわけはないのだが、それでも面影は残っている。

 これは若槻一馬本人とみて間違いないだろう。


「……一馬さまはなんとしても番付第一席の座がほしかったのでございましょうな」


 ため息をつくかのように太兵衛がぽつりといった。


「第一席になると、なにがええだ?」


「席次の上位者は引き分けの判定になった場合、勝者と見なされて勝ちあがることができるのでございますよ」


 勝てぬ場合でも負けない試合運びをすれば第一席の座は守れる。そうまでして守りたい、勝ち取りたい第一席の座の見返りとはなんだろうか?


「なにしろ剣王位けんおういに挑むことができますからな」


「剣王位……てなんだべ?」


 眉根を寄せて大地は聞き返した。

 そこにすべての鍵がありそうだ。



   第十二話につづく


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