第6話 1-2-1


 夜の帳も落ちて人間の世から魑魅魍魎渦巻く魔の世界へ変貌する。ここからは人間ではなく陰陽師の領分だ。

 方陣と言えども、強力な妖怪は自力で方陣を突破できる。方陣なんて大仰なことを言っていても所詮保険でしかない。

 そのために集落ごとにプロの陰陽師がいるわけだが。


「祐介、そっちどう?」

「いつも通り、五人だな。敵も雑魚どもばっか」

「こっちもそんなもん」


 携帯でお互いの状況を報告し合う。式神の烏の上から目に術式を施して辺りの状況を把握していた。一番は周辺に光を出して明るくするのが全体を視野に入れることができるのでいいのだが、中学生は家にいなければいけない時間なので、隠形しつつ上空で待機している。

 街の方陣の境界線付近にはほとんど人が住んでいない。田んぼや畑、林はあっても住居はほぼないと言っていい。街の境界線がどの辺りかは道路に標識で描かれているし、そんな場所に好き好んでで棲む人もいない。

 ……ラーメン屋の大将はそういうちょっと変わった人だけど。

 あそこら辺大きな国道もないし、線路も新幹線も通ってないから本当に建築物に方陣敷いてあるだけなんだよな。珍しいというか、屈強というか。


「ゴン。久しぶりに暴れるか?」

『暴れるって言われても雑魚しかいないじゃないか……』


 一つ嘆息してから、ゴンは俺の膝上から飛び降りて巨大化する。そのまま林の中で着地して、雑魚を喰らったり、狐火で燃やしたりする。

 大きさは大体木と同じくらい。そして式神だから、ゴンが使う霊気は俺が消費する。最近は暴れていなかったので、いい気晴らしになると思ってやらせたのだが、大物がいなさ過ぎて返って不満を抱かせたらしい。


 雑魚の倒し方が雑すぎる。あ、踏みつぶした。

 あの大きさの方が本来のゴンの姿で、いつもの小さな姿はいわゆる省エネモードだ。あの大きさなら実体化していても霊気の消費は少ないし、お腹の減りも大きさに比例するらしいのでコスパがいい。

 食費はかからない方が良いに決まっている。


「あー、ゴン。ちょっと大きい鬼出てきた。進行方向から二時の方向」

『わかった。あと、ここら辺も方陣には問題ないな。感覚だが』


 ゴンが言うならそうなんだろう。今俺たちは西の白虎門の起点近くに来ていた。祐介も少し離れた場所で魑魅魍魎狩りをしている。

 ちゃんと術で確認したわけじゃないが、方陣が乱れているようにも見えない。陰陽術で目に霊気の存在を見やすくなるような陰(いん)の気を張り巡らせている。


「五行相生そうせい、木は火を生じる。ON」


 目に留まった大蛇を、近くの林ごと一気に燃やす。やった後に、やりすぎたと思ってすぐ他の術を使う。


「水は火に剋つ、ON」


 燃えている火に、水をかけて鎮静化させる。呪符の手持ちが少なかったから、呪符を使わずにやったが、威力的には及第点だろう。


『ちゃんと木も生やしておけよ』

「へーい。水は木を生ず、ON」


 燃やしてしまった分の木をちゃんと陰陽術で生やして、その場を去る。証拠隠滅にも陰陽術は便利だ。だから犯罪がなくならないのも問題点だが、そういうのは陰陽捜査課に任せる。


「……ん?鬼に大蛇?ゴン、おかしくないか?」

『いまさらだな。そこそこの霊気を持った妖怪が産まれ、方陣の中へ向かって行っている。魑魅魍魎は本来、方陣を目指さない・・・・・・・・。悪しき霊気を帯びた存在を排除するのが方陣だ。雑魚なら一瞬で燃えカスになるし、強い霊気を持ったものでも傷を負わずに中へ入れる存在は限られてくる。そして何より、そうまでして入り込む・・・・・・・・・・価値がない・・・・・。人を襲う習性がある大鬼や、百鬼夜行によって充てられていたら別だが、方陣の外でうろちょろしているのが魑魅魍魎の本質だ。それが一貫して方陣に向かっているというのはな』


 塵も積もれば、ということもあって見つけたら狩っていくし、放置し続けたら百鬼夜行に発展する可能性がある。だから夜になる度に狩るのが常なのだが、方陣の中にいれば基本的には安全だ。

 街などにある大きな方陣の外に住んでいる人間ももちろんいるので、そういった人たちの住居が襲われないように狩るという側面もあるが、一番の理由は放っておいたら百害ありだからだ。

 だが、ただうろちょろしている存在が、百鬼夜行を除いて何か明確な理由があるのだとすれば?それが街の中に入り込むことで達成できるのであれば。


「――ぞっとする話だな。意志も利性もない奴らが一貫した行動?裏がないと考えられない話だな。それとも新しい学説として出すか?魑魅魍魎にも、意志がある。なんて」

『フン。魑魅魍魎の本質とは何か。過去視で視たのだから・・・・・・・・・・気付いているだろう?発生と、陰陽師が徴用され始めた理由も』

「人の悪意の発露。――げに恐ろしきは、複雑怪奇な人間の心そのものです。同じ人間のセリフかねえ、安倍晴明様ったら」

『その末裔が何を言う』


 今でも魑魅魍魎が夜発生するメカニズムは解き明かされていない。学会ではこれが新説だということを毎回言っている始末。魑魅魍魎を捕らえて実験しているマッドサイエンティストまでいる。

 文献によれば平安時代から出始めて、昔であれば昼夜問わず現れたらしいが、今は夜だけ現れるのも理由は分からずじまい。


 ある時本当にたまたまというか、というか過去視ということも気付かずに過去を知って、その出来事を話してゴンに過去視のことを教えてもらって。

 それで色々知ってしまって、今教わる名前を変えた陰陽術というのに呆れてしまって。

 最初は俺が見た過去の方が眉唾だと思ったが、生き証人であるゴンと父親も過去視というか占星術で過去を占ったことがあるというので信じられた。その後も何回も過去のことを見るし、一層過去のことを信じられるようにはなったが。


「丑三つ時は過ぎたか……。ゴン、撤退するよ」

『おう。今日は骨のある奴がそこそこいたから楽しめたな』


 そう言いながら俺の膝元に収まるゴン。もう小さくなっていた。ポケットから携帯を出して祐介と連絡を取る。


「祐介。俺たちそろそろ上がるけど、祐介は?」

「ああ、もうそんな時間?じゃあ俺も上がるわ。また明日学校でな」

「一人で帰れるか?」

「今日は平気。んじゃな」


 ぶっちゃけ眠いのだろう。俺も眠いし。早々に電話を打ち切る。陰陽師として名乗れるようになれば昼夜逆転するのだが、今は学生なのでそうもいかない。高校生になれば昼過ぎ登校で夜遅くまで学校にいる。大学にもなれば、もうほぼプロと同じ生活をする。

 陰陽師関連の大学まで行って陰陽師にならない人間はいない。生活習慣を大学で完全に染み込ませていくが、まだ俺たちはそういう生活をするわけにはいかず、ぶっちゃけ睡眠時間が足りない。

 俺の場合明日の一・二限目は呪術の授業だからサボれる。その間寝ていられる。祐介はそうはいかないから、ドンマイ。日によるけど。


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