27 「おまえたちが『千年王』と呼ぶ王が、なぜ死んだか教えてやろう」




 時期尚早な決めつけの他、出てきた単語に、出したことのない冷ややかな声が出た。


「見たこともないくせに、よく言う」


 この国の宮殿に再び来てから、何度か聞いたことがあった。

 二百年も前の時代を懐かしむ声だ。

 だが、二百年前のことだ。今この国で政治をする者の中に、その時代をこの国で生きていた者はいない。

 最も素晴らしかったというのは、きっと千年続いたという年数による理想化。


 それより短くても、もっと輝いた王政があったことをわたしは知っている。

 これはわたしが見たことのないということになるけれど、かつてわたしが生きていた頃には『最も素晴らしい時代』としてとても栄えたとある王の時代が伝わっていたものだ。


 ある時代は千年近く続いた。けれど、決して素晴らしいものではなかった。隅々まで豊かではなかったし、起こる問題をその都度何とか解決して、続けていっていたような時代。光に例えるなら、始終ぼんやりとしていたに違いない。

 ぼんやりと、辺りを照らし続ける程度。


 とある王の最期が悪王だったとしても、隅々まで豊かで輝いた時期があったかもしれない。ぱっと光が満ち溢れたときが。

 どちらの方が、民の幸福度が高いのか。

 どちらも欠点があり、理想は、隅々まで豊かな時期をずっと続けられるようにするために、試行錯誤できることが一番良いだろう。


 王のことを民が判断する仕組みは正しい。そう思う。だがその理由がこれでは、あんまりではないか。

 あの時代を。あの王を。

 千年王国が、千年王が。

 そして、現在の国を嘆く。王を否定する。

 そんなのは、あんまりじゃないか。馬鹿げている。

 ──「僕は『かの時代』を作った王と比べられる」

 ──「皆が求めるのは『千年王』のような王……ううん、『千年王』だよ」

 即位前、雪那はすでに周りの一部の見方に気がついていた。気にしていた。

 気にしなくてもいい。そして、一歩踏み出したのに!


「おまえたちが」


 痛いほどに握っていた拳が震える。

 ああ、もしかすると、と思った。百年前、わたしの次の王の治世は数年。最期の豪遊の時期が特に後に伝わっているようだけれど、そうさせたのは臣下の可能性があるのかもしれない。


「おまえたちが、比べるから悪いのだろう! ──『彼ら』を、」


 かつての時代と


「比べるから!!」


 叫ぶように言うと、前方にいた者全てが気圧されたように目を見開いた。

 わたしは止まらない。もう、止まれない。

 正す。今、間違いを正す。


「何が『千年王国』だ! 何をありがたがり、いつまでもいつまでも現状を維持しようとしている!」


 千年王国と、時代に名前をつけて目指そうとしていることの愚かさ。

 王が変わっても変化をよしとしない愚かさ。


「あんな、つまらない国!」


 羨望すべき時代ではない。神に、もうこれ以上続けなくても良いと言われたのだから。

 悔しかった。雪那が求められないことが。

 彼は、頑張っていた。その頑張りは、そんなに邪険にされることか?

 雪那は国を潰そうとなんてしていないのに。


 雪那が何をした。

 彼はやり過ぎるどころか、自分が全く知らない領域だということを自覚していて、おまけに自分は望まれていないと感じていた。

 望まれているのは、かつての『千年王』だと。

 その雪那に、自分の思い描く政治をと言ったのはわたしだ。後悔はしていない。それが正解だからだ。


 なのに臣下は、そんな雪那に期待していないばかりか、政治を自分たちの思うようにしようと企んでいるだけじゃないか。

 重要な段階がない。もしも王が描いた像と臣下の意見が食い違っても、両方が納得できる間を話し合う役割を果たす段階が。

 臣が、裁量の範囲を譲ろうとしない。

 仕事を任せることが出来るような頼りになる臣と、自分たちの思うままにしようと勝手をする臣は違う。


「つまらない国だと!? 取り消せ!」


 あんな国を見本としようとする臣が情けなかった。

 二百年、この国はろくに王と政治をしていない。王がいたのは数年で、臣下のみでの政治が常態化していた。

 この国には目が曇っている臣下がいる。領分も誤解している者がいる。


「神子と言えど、許さぬぞ! 王を庇うと言うのなら、覚悟は出来ているのだろうな!」


 兵がわたしを囲んだ。

 指示のままに、刃がわたしに向けられる。こんな体験は初めてだ。でも、恐怖はなかった。

 叫んだことで生まれた昂りは、今度は急激に冷めていく。

 阿呆か、と言いたくなった。

 そこまでして執着するような時代ではなかったというのに。わたしは自分でよくやったと思うのは事実でも、後に引き継ぐような時代ではない。

 『間違った選択肢』でもある。


「神子だからこそ、言う」


 周りを見やると、刃が一瞬震える。

 最後に、主犯の者を睨んでやる。


「おまえたちが『千年王』と呼ぶ王が、なぜ死んだか教えてやろう」


 声は、思ったよりもよく通っていた。

 騒然としていていたはずの廊下の先まで、しんとしているようだった。


「千年」


 正確には999年。

 長かった。

 過ぎ去ったあとでも、やっぱり長かった。年数の長さがわたしにとっても誇りでさえあったときもある。


「その歳月をかけてもなお、期待以下の国しか作れなかった王を、千年という域に至る前に神が消した」

「──そ、そんなはずはない」


 わたしの言葉に、男が顔を赤くする。


「あの国は、最高傑作だ! かの王こそが、神に最も近かった!」

「では、どうして王は死んだの」

「……じ、自害だと……」

「自害? そんなに『素晴らしい』国を作ったのであれば、自害する理由があるの?」

「それは、千年という区切りに、自分自身で時代を手放したと……」

「違う」


 綺麗な話はやめにしよう。虚構話はもうたくさん。自分の話が望まない方に脚色されていることほど気持ちの悪いものはない。

 自分で手放した? それは本当かもしれない。自害は誤りの部分がある一方、本当だから。

 でも、綺麗な形には収めないで欲しい。


「おまえの時代は終わりだと、神に判断されて死を与えられただけ」

「そんな話──」

「信じずに、いつまでも間違った方向を続けるのなら、この国は神に見放されてもおかしくはないでしょうね」

「──」

「何より王が政務を放棄し、悪政が結果として出たなら仕方ないけれど、あなたはその前段階で勝手に王を不要と見なし、王を罰そうとしている。──王は神に選ばれた存在だと認識し直した方がいい。軽んじていい存在じゃない」


 暗に、神に選ばれた王をあまりに軽んじれば、神から罰されるのはおまえだというように言った。

 これは脅しだ。認めよう。虚構の話に対抗して、わたしも虚構と真実の定かでない話を混ぜて話したことも。

 神がこれを許されない介入だと判断するなら、判断すればいい。神は、全てを見ている。

 神の判断基準なんて、わたしには分からない。

 ただ、今、雪那をくだらない判断基準で弑すことは許せない。今雪那を守れるなら、わたしは何でもする気持ちだった。


「信じる信じないを選ぶ『権利』はあなたにある。でも、少なくともわたしは、『その時代』を知っている者。そして、神子わたしたちは神の代理人。自分の曇った思考を信じるでも、どちらでも好きにすればいい」


 長い時が生きられる神子が放つ言葉に、男はようやく青ざめた。






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