第3話 接近

 「私、初めて。こんなたくさんの吹き流し」

きょうの優理子は白のパンツに淡いブルーのポロシャツのコーディネート。白っぽい薄いカーディガンを羽織っている。輝輝と優理子の再会は、旧暦の七夕。仙台市内の目抜き通りには大きな七夕飾りが並んでいた。

「オレも久しぶりだな。こんなにまじまじと見上げるの」

生成りのパンツにパイナップル柄のアロハ姿の輝輝も、ド派手な吹き流しに紛れて目立たないでいる

「あっ、ちゃんと竹に吊るされているのね。テレビでチラッと見るだけだったから、てっきり天井からぶら下がってるんだって思ってた」

よく見ると、直径が10センチ以上はある竹竿を支えるために、石畳のあちこちに四角形の専用の穴が開いている。幹回りも太さが5ミリはありそうな紐でぐるぐる巻きに固定されている。

「竹竿がなかったら七夕飾りにならないよ。でも紙でできているとはいっても、こんだけ大掛かりな飾りが5つもぶら下げると、ほら大物が掛かった釣り竿みたいに竹竿がしなってる」

「ホーント。大漁ね」

優理子がケラケラ声を上げて笑った。

仙台七夕飾りは7つの飾りで出来ている。各地の七夕と同様、願い事を祈って吊るす短冊、病気や災い除けの紙衣、長寿を願う折り鶴、商売繁盛の象徴の巾着、豊漁を願う投網、清潔と倹約を表す屑籠、そして織姫の織り糸をイメージした吹き流しの7つだ。飾りは、5つの大きなくす玉と吹き流しに目が行きがちだが、どれも7つ飾りが揃っている。

「ほら、よく見ると、竿の根元に大きな飾りのミニチュアみたいな飾りもついているんだ。由来は忘れちゃったな」

「ホントだ、かわいいー」

人差し指で軽くつつく優理子の仕草は少女のようだ。小さな七夕飾りもしっかりカメラに収めた2人は近くのカフェテラスに入った。

「きょうは“婚パ”の仕切り直しだな」

「“婚パ”って。2人きりなんだから普通にデートでしょ。どっちか言うと」

「いや、まだ優理子さんのこと、よく知らないし。趣味とか、苦手な食べ物とか…」

「知りたい? 私の趣味と苦手な食べ物」

「誕生日とかも…」

「ウーン、あなた、もしかして土木工学好きの中学生?」

優理子はアイス・ジャスミンティー、輝輝は限定メニューのずんだのかき氷をオーダーした。ずんだは、宮城や山形に古くからあるスイーツに使われる餡の一種だ。すり潰した枝豆に砂糖を加えて煉り合せたものだ。団子やつきたての餅に絡めるのが一般的だ。

「オレはね、趣味はカメラ。嫌いな食べ物はレーズン。しいたけは最近、克服したんだ」

輝輝は優理子に催促するように言った。

「趣味ねぇ。あっ、ギターを弾くのは好きよ、中学生の頃から。苦手な食べ物かぁ。今、トレンドのジビエとかかなぁ。後は、テレビに出てくるゲテモノ料理。虫とか…」

「それ、普通に苦手でしょ、大概。好物がムシっていう女子を見てみたい。っていうか見たくないけど…」

「あと何だっけ? 誕生日か」

優理子は長財布から免許証を取り出すと、顔写真を人差し指で隠してテーブルに置いた。

「7月7日なんだ。ってか七夕生まれ?」

「みんな、そういう反応するわよね。1月1日生まれとか、12月24日生まれとかも。でも、よく考えたら365日、どの日も確率って同じでしょ。閏年の2月29日っていうんなら話は別だけど」

「確かに。でも、誕生日聞かれて免許証見せる人、初めてなんですけど。しかもゴールド」

「基本、ペーパーだからね。それに、嘘ついてるって疑われるの嫌じゃない。“婚パ”なんだからさ」

「まだ、言ってる。それに顔隠してるから、ホンモノかどうか分からないじゃん」

「そこー? こんなレアなシチュエーションに備えて、わざわざ他人の免許証持って歩いている人いる? どんだけ~。IKKOもびっくりよ」

「ちょっと意外な一面…」

「はい、じゃ次はテルテルの番」

「オレ?」

仕方なく、パスケースから免許証を抜き出した。まだ緊張感が抜けないのか、テルテルと呼ばれていることにも気づかない。

「なーんだ、同級生なんだ。平成元年生まれ。三十路か」

「そこー? 誕生日じゃないわけ?」

「誕生日よ。だって誕生日って普通、年月日でしょ。それとも『えーっ、3月19日。早生まれなんだー』って驚く場面?」

少し上目づかいの優理子にドギマギを隠せない。

「テルテルじゃなくて、テレテレですか? 輝輝クン」

「あのさー」

音を立てて椅子を引き、立ち上がった輝輝が両手を合わせた。

「どうか鷹志にだけは内密に。アイツに何言われるか分からない」

「どうしようかなぁ」

ヒマワリ模様や色とりどりの花火がデザインされた浴衣が眩しい若者が行き交う七夕飾りの脇で、どうでもよい会話に花を咲かせた。

「いつまでも立っていないで。みんなが見てる。恥ずかしいでしょ」

輝輝は腰かけ直すと、話題を変えた。

「今度、松島行かない? 花火大会があるんだ。規模は隅田川や神宮みたいに大きくないけど」

「神宮は野球でしか行ったことがないけど、隅田川の花火大会はテレビでビール飲みながらの方がいいと思うわ。地元っ子だけじゃなく、降って湧いたように見物客が集まるから大変。只でさえ暑いのに、電車も混むし。茶髪の女子も、この時だけでしょって浴衣姿。最近はスカイツリー見て、浅草寺に寄ってって若者も多いみたい。決まって雷門の提灯を担ぐの」

「雷門って、あの提灯担げるんだ?」

「まさか。映えよ映え。スマホで写真撮るの」

浅草寺のランドマークの雷門の大提灯はパナソニック創業者の松下幸之助が寄贈したものだ。で、提灯から少し離れた位置で手の平を空に向け両腕を斜め上に挙げる。スマホやカメラを構えた家族や友人の指示で腕の位置を微調整して、あたかも提灯を持ち上げているポーズでシャッターを切る。遠近感を利用した錯覚に過ぎないのだが、10組中5、6組はやっている。テンション高めの外国人客も喜んでやっている。SNSで拡散しているせいかもしれない。

「じゃ、決まり。イモ洗いみたいな雑踏はないから。持ち上げる提灯も、634メートルのテレビ塔もないけどね」

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