友達

「七瀬さん、昨日見たよ」


 12時25分。

 食べ終わった弁当箱を綺麗に包み直し、5時間目の教科書を準備しているとき、誰かが私の席の前へやってきてそう、声を掛けた。


「虎峰さん……」


 顔を上げた私を見下ろしていたのは同じクラスの女子生徒。

 虎峰さくら。出席番号15番。一般の公立小学校から受験で入ってきた外部生。肩甲骨の辺りまで伸ばした髪を緩やかに巻き、いつも柔和な笑みを携えている。クラス内では上位のカーストに位置し、交友関係は広い。

 ただ、私と友達ではない。


「見たって、何を……?」


 上目向きに恐る恐る口を開く。


「昨日、駅前のカフェにいたでしょ。一緒にいたの、お姉さん?」


 そう、昨日、私は白ちゃんと一緒にお茶をしていた。そのことは事実だ。きっとその時見られたのだろう。意識して店の奥側の席にしたのに見られたのは意外だが。


「い、いたよ。あれは……友達……かな」


 一緒にいた星奈白と私は、付き合っている。好き合っている。

 キスもしたし、休みの日にはデートをしている。

 ただ、私と白は女同士なのだ。そのことだけがネックなのだ。だから私に恋人がいることは学校の誰にも教えていないし、お母さんにも友達として紹介している。

 私は誰になんと言われようがどうでもいい。白が私を好きでいてくれるのなら他はどうでもいいのだ。


 だけど、星奈白は成人していて、私は未成年。社会人と中学生。

 そんな二人が恋人関係にあると言うのは世間一般にはあまりいいことではないように思う。お互いが良くても、周りが許してくれないように思う。

 ましてや白ちゃんは既に働いており、私との関係が露見することでどんな悪影響があるのかわからない。

 そうであるならば、リスクが予見されるのであれば避けねばなるまい。

 二人の関係が暴かれることは、できる限り避けねばなるまい。


「ふぅん。そうなんだ」


 私の言葉に、しかし虎峰さくらはどうにも釈然としないようで、考えるように視線を上へ向ける。うーんと唸りを上げ、そうして口を開いて、


「うちはてっきり、あの女の人と付き合ってるのかと思ったんだけどな」

「…………」


 言葉が出ない。

 咄嗟に、反応できなかった。

 事実を言い当てられ、反応に窮した。


「なんで……そう思うの?」


 噛みしめるように言葉を絞りだす。きっと今の私は酷く苦しそうな顔をしていることであろう。


「え? だってすごい仲良さそうだったから。二人でお互いにケーキ食べさせあったり、机の上で手握ったり」

「そ、それは……」


 しっかり見られている……!

 もしかして、この虎峰さくらもあのカフェにいたのだろうか。どこかの席から私達を見ていたのだろうか?


「よ、よく知ってるね」

「だってうちもあの店内いたし。七瀬さんいたのすぐにわかったよ」


 やはりそうだったのか。しかし私は虎峰さくらにまったく気がつけなかった。席に着くまでも、着いてからも店内には目を向けていたはずなのに。

 虎峰さくらから常に見える位置ということは私からも見えていておかしくないはずなのに。それなのにまったく気がつけなかった。


「これ、見て」


 内心焦りまくりの私を放って、机の上に置かれたスマホの画面には、すごい美形の男の子と黒髪の大人の女性が映っている。


「これは……?」

「こっちの男の子のかっこしてるのうち。で、反対のが倉本さんっての。付き合ってるんだよね、うちら」

「……」

「だから何となく自分たちと雰囲気似てるから七瀬さん達も恋人同士なのかと思ったんだ」


 そう言って、虎峰さくらは可愛らしい笑顔を私に向けてくる。


「……あぁ」


 なんだか、申し訳ない気分だ。

 虎峰さくらに嘘を付いてしまったというのももちろんだが、自分にも白ちゃんにも、なんだか申し訳なく感じてしまった。

 こんなにも堂々と出来るものなのだろうか、してもいいものなのだろうか(男装しているのはどういうことなのかと問い詰めたい気持ちはあるが)。

 ただ、今はスマホの画面の中の二人がとても楽しそうで、それを見る私を眺める虎峰さくらも嬉しそうで、なんだかすごく大切に感じる。


「このこと、学校のみんなには言ってないんだ。七瀬さんが初めて」

「……あ、あのね」


 もしかするとなれるかもしれない。

 秘密を共有する、友達に。

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