居酒屋『冒険者ギルド』

ヒース

ある勇者の冒険譚

ある勇者の冒険譚①

「いらっしゃいませ!!」


 元気な店員たちのあいさつが広々とした店内に響き渡る。


「おひとりさまですか?」


「はい」


 精悍な顔つきをした、若い頃はさぞ女の子にモテたであろう軽装の男がうなずく。出迎えた女性店員は満面の笑みを浮かべるや「ご新規おひとりさまいらっしゃいましたー!」大きな声で歓迎する。



「居酒屋『冒険者ギルド』へようこそー!!」



 余裕のある店員全員がおひとりさまを元気に迎い入れる。


 精悍な顔つきの男はちょっと恥ずかしくなったのかややうつむきがちになる。すぐにちょっとだけ肩を竦めると、先導する女性店員のあとについていく。



 店内は活気に溢れていた。


 そこかしこにいろんなタイプの冒険者――厳密には元冒険者か――がいる。


 屈強な身体のわりには背を丸めてしっぽりと飲んでいる男や、ワイングラスを傾けているインテリ風の学者風の優男。大胆で露出度の高い服を着ている軽そうな印象の女性や、逆にガードの固そうなキッチリした格好でカクテルを口にしている清楚な女性もいる。


 たくさんの客がいて、それぞれのグループに分かれてとても賑わっている様子だ。


 店員たちはテキパキと対応している。盛り上がっている客のオーダーに次々に応え、完成した食事やお酒を彼らに提供し続けている。


 精悍な顔つきの男は特に個室やカウンターに通されるわけでもなく、すでに何人かできあがりつつある大テーブルの一角に案内された。



 ここ居酒屋『冒険者ギルド』では、個室ではなく広いエリアに椅子とテーブルがたくさん置いてあるだけだ。店員はどこかに案内はするものの、その後は好き勝手にどこで飲み食いしてもいいし、話をしてもいい。


 店内の客はすべて元冒険者であり、彼らがそれぞれ語る過去の冒険譚を肴に盛り上がるのがこの店のコンセプトだ。


 時には笑い、時に泣く。あまりに興奮しすぎて店員にたしなめられている元冒険者が出るのもいつもの光景だ。


 誰かの話を聞いて自分の体験に重ねて懐かしさを共有する。そんな大人の空間――それが居酒屋『冒険者ギルド』だ。


 今夜訪れた精悍な顔つきの男――元勇者というレアな来客は座るなり注目の的となる。



「よぉ、兄ちゃん」


 精悍な顔つきの男――元勇者は、斜め前に座ってビールジョッキを一気に煽った元戦士と思われる男から声をかけられた。


「なんでしょう?」


「よそよそしいな。もっとフランクでいいぜ」


「あー、たしかにそうかも」


 元勇者はポリポリと後頭部をかくと、コホンとひとつ咳払いをした。


「じゃあ、改めて……なんだい?」


「兄ちゃんは見たところ勇者っぽいんだが、元勇者か?」


 勇者という単語に店内がほんの一瞬の静寂に包まれた。すぐにざわつきが戻るが、何人かの意識がこのテーブルに向けられたことは間違いない。


「たしかに僕は元勇者だよ」


 再度プチ静寂が訪れる。今度のプチはちょっと長い。


「マジだったか……」


「聞こえた? 勇者様だってさ!」


「元勇者とかひさびさだな」


 ギャラリーの輪がかなり縮まった。


「ん? 勇者ってあんまり来ないの、ここ?」


「来ないな。多分、死ぬまで勇者やってるか、あるいはそれこそ死んじまってるとか、な」


「……そういうことね」


 元勇者は顎に右手を当ててちょっとだけ考え込む。たしかに自分は危険な冒険を数々繰り広げた。


 死線を越えたことも――もちろんある。


「まぁ、僕は運が良かったのかもしれない。こうして生きているし、勇者としての責務からも解放されている。今やしがない労働者のひとりだよ」


「元勇者なのにか?」


「そう、元勇者なのに、ね」


 元勇者はふと自虐的な笑みを口元に浮かびかけたが、すぐにしまい込んだ。


「……なにかあったみたいな感じだな」


「聞かないでくれよ」


「まぁ、ここはそういうしみったれた話をするところじゃないさ。過去の懺悔とかは教会にでも行って好きにやってくれや! なぁ、みんな、そうだろ?」


 元戦士風の男はとっくに空になっているジョッキを高々と持ち上げた。


「ああ!」


「そうだそうだ!」


「湿っぽい話はなしなし!」


 元勇者は初めて訪れたこの居酒屋『冒険者ギルド』がすでに好きになり始めていた。


 周りは元冒険者たち。彼らも過去にいろいろとやってきたはずだ。


 栄光もあっただろう。苦汁を舐めたこともあっただろう。


 仲間を失った人だってひとりやふたりでは済まないはずだ。


 でも、とても明るい。


 みんな、それぞれの過去を乗り越えて今がある。そう、それは元勇者も同じだ。


「たしかにちょっと含みを持たせすぎたかもしれないね」


「いきなり湿っぽかったぜ」


 ガハハ、と元戦士風の男が巨体を揺らした。


 自然とギャラリーの間にも笑いの輪が広がる。


「じゃあ、早速だけど、僕の冒険の話でもしようかな?」


「待ってました!」


 元戦士風の男が即座に持ち上げる。


 いつのまにか、元勇者と元戦士が座るテーブルに着席する客が増えていた。


 自由にどこの席にも行ける。


 居酒屋『冒険者ギルド』は、お客みんなが仲間同士というコンセプトで営業している。


 みんな元勇者の冒険が聞きたくて仕方がないといった感じだ。


 元勇者は自分の過去が肯定された気がして、軽く微笑んだ。


「……カッコいい」


 どこかの女性陣からそんなつぶやきが聞こえてきた。


 元勇者は戦いを終えて一般人になっても、やはりどこか普通の人とは違ったオーラを発していた。


 それは元冒険者だからこそより感じるのか、今日初めて会ったばかりの元勇者は早くも受け入れられ始めていた。


「では、今日の出会いを記念して、僕の冒険の中でもとびっきりのものを話すよ」


 元勇者は何もオーダーしていないのにいつの間にか手元に用意されていたビールを手に取ると、元戦士風の男にならって高々とそれを持ち上げた。


「かんぱーい!!」


 あちこちがまた盛り上がり始める。


 元勇者は満足して、ビールジョッキを口元に運ぶと、ひと口飲み込み、早速自身の記憶の中から選りすぐりの冒険を話す準備を始めた。

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