第23話 告白【前編】



 翌日。

 月初めの交流会、来月は夜会……まで二日。

 制服に身を包み、食堂に降りる。

 各国の王子たちへ日程の調整と、昨夜書いておいた報告の手紙をイフに頼む。

 ……入れ替わりの事、シルヴィオ様辺りには笑顔で突っ込まれそうだわ。


「姫さ、セ、セイドリック様〜! た、たたた大変ですぅ〜!」

「マ、マルタ? どうしたのですか?」


 一階に降りると、途端にドス、ドスとお腹を揺らしながらマルタが走ってきた。

 今日の慌てぶりはいつもと少し違うわね?


「メルヴィン様が! セイドリック様にお話があると! はあ、はあ、今玄関に〜っ」

「メルヴィン様が⁉︎」


 えええ⁉︎ メルヴィン様が〜⁉︎

 なぜ⁉︎ あの方がこんな朝早くからいらっしゃるなんてそんな! エルスティー様でもあるまいし!


「す、すぐにおもてなしの準備を!」

「は、はい!」

「セ、姉様も起こして!」

「はいぃ〜!」


 すぐにメイドたちにメルヴィン様が朝食を摂られたか確認させる。

 まだお食事していないとの事を確認し、食堂に通してもらう。

 そこからは私とセイドリックも着席して朝食だ。


「お、おはようございます、メルヴィン様!」

「おはようございます、セシル姫。昨日は大変ご活躍だったとか」

「いえ、私はなにも……。精霊獣様を見付けたのはセイドリックなので」

「た、たまたまです! たまたま!」


 な、なに? 表情がとても険しい。

 というか、とても思い悩んでいる、ようなお顔。

 どうしたのかしら?

 エルスティー様がまたなにか悪さでも……?

 メルヴィン様がこんな朝早くにいらっしゃるなんてエルスティー様絡みに間違いないわよね。

 なにしたのかしら、今度は。


「…………」

「あ、あのぅ、メルヴィン様? よろしければ以前お淹れしたお茶をお持ちしますか?」

「是非」


 そ、即答〜ぅ。

 イフに目配せすると、早くもティーカップとティーポットが運ばれてくる。

 さすがイフ、すでに準備してあったのね。

 しかし……なんて深刻そうなお顔……!


「…………。いや、すまない、実は今日、大切な話があって訪ねさせて頂いた。いや、こんな早朝に失礼だという事は重々承知の上で……」

「お、お待ちください、大丈夫です!以前にもエルスティー様がいらした事もありますので!」

「は、はい! 驚きましたが大丈夫です!」


 お茶を一気に飲み干し、ソーサーの上にカップを置いたメルヴィン様。

 どんどん顔色が悪くなるメルヴィン様に、私とセイドリック二人であわあわフォローに回る。

 ど、ど、ど、どうしよう!

 なんだか今にも死にそうな顔になってる!


「セイドリック殿……昨日エルスティーと、なにかあっただろうか……?」

「え?」

「頼む、教えてくれ! このままでは、戦争になるかもしれないんだ!」

「…………え、ええええ⁉︎」


 なぜ!

 なぜ突然そんな話に⁉︎

 驚いたけれどメルヴィン様のお顔は真剣そのもの。

 いえ、必死なお顔だ。

 な、なにがあったって、それは…………。


「そ、そんな事を言われましても……」


 ど、どこから言えばいいの?

 セイドリックもいるし、エルスティー様の性癖をここで暴露するわけにはいかない!

 うんうん、ひたすらに悩む。

 い、いえ、どのみちメルヴィン様にも私とセイドリックが入れ替わっている事を話すつもりだし、エルスティー様の性癖の事は省いてざっくりとご説明を……。


「エルスティーは……いや、あの男はセイドリック殿、貴方に好意を持っていた。言い寄られたのでは?」

「っ!」


 ス、ストレート⁉︎

 確実に今、私の顔は真っ赤になった。

 そしてそれが答えとして伝わってしまったはず。

 し、しまったぁぁ!

 一国の王族としてこの分かりやすい反応はまずいわ、私!

 ポーカーフェイスはそれなりに得意だったはずなのに〜!

 ……あの方の事となると、どうして、こんな!


「やはり……」

「あ、あの、それについては……」

「それで、お答えは?」

「は⁉︎」

「まだなのですね?」

「…………、……は、はい、色々と、その、理由を付けて、待って頂いて、マス」


 申し訳ないとは思っているのよ?

 でも、そのなんというか、私がダメダメなばかりに引き伸ばし続けて今に至ると言いますか……。


「単刀直入に申し上げる」

「? は、はい」


 突然、椅子から立ち上がるメルヴィン様。

 そして場所をテーブルの下座へと移動し、胸に手を当て、膝をつい…………膝を付いた⁉︎


「メルヴィン様⁉︎」

「いいえ、自分の名はエルスティー・ランドルフ。ザグレ国公爵家嫡子、エルスティー・ランドルフと申します」

「………………………………え?」


 かなりたっぷり間を空けて、聞き返す。

 エルスティー……ランドルフ……はあ?


「ど、どういう事でしょうか……?」


 セイドリックが狼狽えて言葉の出ない私の代わりに聞き返す。

 エルスティー、と名乗ったメルヴィン様……?

 ええと、ええと?


「自分とメルヴィンは……メルヴィン王太子は幼い頃より兄弟のように育った間柄。いわゆる幼馴染というものです。自分は彼に生涯の忠誠を誓い、彼は王としての道を……のらりくらりと歩いてきました」

「は、はあ」


 のらりくらりと……。

 いや、とても『ぽい』けれど。

 ……え? いや、待って? ちょっと待って、どういう事?

 メルヴィン様がエルスティー様?

 では、エルスティー様は……何者なの?

 指先が震える。

 だって……そんな事、ありえない。

 お願い! この考えが正しくありませんように……! お願い……!


「ザグレディア学園への入学が決まった日、メルヴィンは私に『入れ替わり』を持ち掛けてきたのです。理由はいくつかありますが、特に大きいものは三つ。例の双子の公爵令嬢を避けたかった。面白そうだった。そして、他国の人間を貴族の視点で観察したかった」

「…………っ」

「まあ、一番目と二番目の理由は……非難されて然るべきと言いますか……酷いものと思います。しかし三番目の理由は、自分も少し、分からないでもなく……」

「……そう、でしたか……」


 大国の次期王ともなれば、他国の次期王やその兄弟、貴族たちの人柄を、客観的に知るのは無駄な事ではない。

 あの方は飄々としてらっしゃるけれど、馬鹿な方ではないもの。

 双子のご令嬢たちを見定めるのにも、あの距離というのは重要だったのだろう。

 メルヴィン様……いえ、エルスティー様の『公爵家嫡子』の立場ならあの『王太子』にベッタリ絡み付いてきた双子の姿に正確な判定がくだせる。

 男性の前で猫を被った女というのは、意外と外からでなければ分からないらしいもの。

 そしてそれは、他国の王族貴族も同様。

 これから束ねていくに当たり、厄介者は事前にチェックしておきたかったと……なるほど。


「……えーと……あの、あの、では、メルヴィン様はメルヴィン様ではなく、実はエルスティー様だった、という事ですか?」

「はい。ややこしいですが、そういう事です。主人の命には、逆らいきれませんでした。……騙していて申し訳ございません」

「そ、そんな! メル、あ、いえ、エルスティー様は悪くありません」


 そう、悪くない。

 エルスティー様も……『エルスティー様』も。

 大国の王太子としてはなかなかの策略だと思うわ。

 すっかり騙された。

 ……騙された……。


「!」


 もしかして、昨日エルスティー様が言いかけた『言っていない事』とは、この事?

 言おうとしてくれたの?

 打ち明けようと、思ってくださったの?

 まさか!

 ……だとしたら、だとしたら!


「……私も、あの方に……言わなければ……」

「姉様?」

「それでですね、セイドリック様……実はメルヴィンは…………え? セイドリック様⁉︎」

「セイドリック様!」


 気付いたらイフを押し退け食堂を出て、邸から走り出していた。

 会わなければ、言わなければ!

 あの方の秘密を私だけが知っているなんて不公平だ!

 あの方は打ち明けた上で私に「好きだ」と言ってくださった。

 でも私は、あの方になに一つ打ち明けていない!

 そうだ、なにを怯えているの?

 人に秘密を打ち明けるのは……確かにとても危険な事。

 王族ならば尚更だ。

 あの方は『メルヴィン様』だった。

 大国ザグレの王太子。

 そんな方が私に『同性愛者なんだ』と告白してきた……その意味は…………。


 私になら、すべてさらけ出しても良いと思ってくださったから。



「っ」


 情けない。

 なんて情けないのだろう。

 私にはその勇気がなかった。

 あの方の信頼になに一つない答えられていない。

 私は——!


 角を曲がる。

 足は学園への道を駆けていた。

 いるだろうか?

 早く会いたい!


「セイドリック!」

「あ……!」


 後ろから聞こえた声に振り返る。

 緑銀の髪を朝陽に照らされ、煌めかせながら馬に乗って駆けてくる……あの方だ。

 よかった、会えた……!


「こんな早くセイドリックに会えるなんて僥倖僥倖。おはよう、乗っていくかい?」

「メルヴィン様」

「…………。……エルスに聞いたのか?」

「はい!」


 舗装された道。

 青々と茂る若葉から差し込む太陽の光と、揺れる葉の陰。

 メルヴィン様は、あまり驚かれなかった。

 目を細めて微笑む。

 手を差し伸ばされるが、私は首を振る。

 その手を私は……取るわけにはいかない。


「私も貴方に、言っていない事があります!」

「……うん」


 馬から降りて、地に足を付けてくださる。

 私よりも背が高いけれど、同じ場所に降りてきて、向き合ってくれるこの人を……私は……。


「今までは、怖くて、怖くて、言えませんでした……私は……私は、本当は……セシル、です……私の本当の名前は、セシル・スカーレット・ロンディニア……ロンディニア王国第三王女です……すみません……私は……私はセイドリックではありません……男ではありません……っ……ごめんなさい……」

「……っ」


 息を飲む気配。

 私は泣きじゃくっていた。

 こんなに涙が出たのは、幼い頃に異母姉たちに人形を壊されて以来かもしれない。

 嫌われたくなかった。

 嫌われるのが怖かった。

 でも、でも……。


「だから……私は、貴方の気持ちには、お応えできません……ごめんなさい……。私は貴方の嫌いな女だから……貴方の、求める『セイドリック』では、ないんです……ごめ、ごめんなさ……っ」

「……、……そう、か……」


 落胆の声だった。

 そうだろう。

 だって貴方は今まで私を『男』だと思って接してきたはず。

 でも本当は貴方の嫌いな嘘つきで、絶望して、失望した存在。

 貴方の気持ちを踏みにじった、最低最悪な『女』。

 いくら謝っても足りない。

 酷い事をした……なんて酷い事を……。


「…………、……邸まで、送るよ……」

「!」

「す、すまない、ちょっと、思いの外動揺している……そう、だったのか……ええと、なんというか……うーん……いや、うん、とにかく……そんな顔では、登校できないだろ」

「…………」


 ハンカチを差し出され、受け取って涙を拭う。

 目を合わせては、くれない。

 それから無言で……邸に帰った。

 メルヴィン様はそのままエルスティー様と帰り、私は自室へと戻り扉に鍵を閉める。

 ベッドに顔面から沈む。

 心配そうなイフとセイドリックの顔。

 まともに見れなかった。

 ……でも、これでいい。

 こうなる事は分かってた。

 分かってた事じゃない!

 これで良かったのよ……!



「…………ぐすっ……」



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