第12話おもてなし事件!【後編】




「よし」


 インクが乾くのを待ち、畳んでポケットにしまう。

 そこにコンコンと扉が鳴った。

 いけない、時間をかけすぎてイフが呼びに来たのね。


「今行くから……」


 言いながら扉を開けると、あれ?

 イフの燕尾服ではない。

 この服は……。


「エルスティー様⁉︎」

「うわあ、まるで令嬢の部屋のようだね」

「っ! ちょっ!」


 ベッドなどの家具は最初からこの邸にあったもの。

 毛布やクッションは、ロンディニアの部屋から持ってきたものだ。

 あまり派手な色を好まないので、色は緑や黄色が多いけれど……一応女子なので柄は花柄が多い。

 その事を言われている。

 そして、平然と私の部屋に入ってくるエルスティー様に言葉を失う。

 こ、このお方はぁぁ〜⁉︎

 淑女の部屋に入るなんて!

 いや、今の私はセイドリックなのでそのクレームはちょっと言葉にはできないけれど!

 でも! それでも他国の貴族が王族の寝室に入ってくるなんてそんな非常識な事が……!


「エルスティー様! 無礼ですよ!」

「もしかしてセシル姫の趣味かい?」

「…………うっ」


 なぜ分かった。

 いや、私がセシルなので私の趣味と聞かれれば「ハイ、そうです」としか答えられないけれど。

 そして実際セイドリックには私が選んだ柄の布生地で、毛布やクッションが作られているのでそれもまた正解という他ないというか……。

 じゃ、じゃなくてー!


「ふーん。なんとなく少女のようなところがあると思ったらなるほどねー」

「も、もう、なんなのですか! 他国の王族の寝室に許可もなく立ち入るなどいくらザグレの公爵家の方でもさすがに」

「そうだね、無礼だね。でも、僕は君の事をもっと色々知りたくなった」

「は? はあ?」


 なんなの一体。

 突然、はあ? 私の事を知りたく——って、まさか⁉︎

 ま、まさか、まさか、まさか!

 バ、バレ……?


「っ」

「でもまずは許可なく部屋に入ってしまった事の謝罪に、僕の秘密を一つ教えよう!」

「…………?」


 部屋の中央まで入り込んでいたエルスティー様が、両手を広げて振り返る。

 相変わらず行動が演出じみているというか……。

 なんにしても、まずは落ち着くのよセシル。

 バレた時の対処法『王族の戯れ』のシミュレーションは何度もしたはずでしょう?

 深呼吸して、一度心を落ち着かせる。

 大丈夫よ。

 そもそも、姉弟の入れ替わりなどエルスティー様にどうこう言われる筋合いはないし!

 よし、覚悟は決まったわ!

 どこからでもきなさい!


「…………なんでそんなに怖い顔してるの?」

「べ、別に! そ、それよりもなんですか!」

「あ、うん。……こほん、実はね…………」

「…………」


 身構える。

 どんな秘密を暴露してくるつもりか知らないけれど、最終的にこちらの入れ替わりをネタになにかとんでもない要求をしてくる腹かもしれないわ。

 なにがあってもロンディニアの姫として、捌いてみせる!

 セイドリックだけは私が守り抜くのよ!


「…………同性愛者なんだ、僕」

「……………………」


 突然の真顔。

 一気に固まる空気と私の体と思考。

 ど、どう、せい?

 は、あ?


「…………………………。そうなんですか」

「あれ? ずいぶん間はあったけど反応がものすごく薄い⁉︎」

「ええまあ……」


 興味ないし。

 エルスティー様の仰る事など嘘か本当か分からないし。

 な、なんだ、驚いた。

 私とセイドリックの事に繋がる話ではなさそうね?

 ああ、びっくりした〜。


「まあ、けれど、生きにくそうではありますね……」

「…………。うん」


 そうか、家が窮屈と言っていたのはそれが一番理由なのね。

 貴族社会で同性しか愛せないとなると、お世継ぎの問題とかとても大変。


「ご両親には打ち明けられたのですか?」

「父にはね。でも母にはとても言えないよ。顔を合わせる度に『婚約者は決まったのか』『良い娘は見つけたの』。二言目には『早く結婚してお世継ぎを!』だもの。僕はまだ十七だよ? 十八になって卒業したら即結婚させるつもりなんだよ、あれは」

「あらら」


 女児ならよく聞くけれどね、そういう話は。

 きっとエルスティー様のお母様もエルスティー様のそういうところを感じ取って、心配しておられるのね。


「お父様からお母様に何か言って頂けば良いのでは? それに、お世継ぎだけが目的の夫婦など貴族にはよくあるではありませんか」

「まあ、そうなんだが……あの双子令嬢を直に見て完全に冷めたというか萎えたというか拒絶反応のようなものを覚え始めたというか、女性に失望と絶望と恐怖しか感じなくなったというか……いや、メルティ姫は小さい頃から見てるから平気だけど、彼女はホラ、いわゆる家族的な、ね?」

「そ、そうですか」


 ふ、双子令嬢でトドメを刺されたのね。

 重度の女嫌いになってる!


「セシル姫も割と平気だけど……レディ・ウィール姫や他の貴族令嬢たちはダメだなぁ。なにを考えているか分からなくてとても怖い。平然と嘘をつくしね」

「ちょ、それ姉様はなにを考えているか丸分かりと侮辱してます?」

「いや、彼女はなんか、こう、ホワホワしていて天然っぽくて……無害そう」

「う、ううん」


 否定できない……。

 実際うちのセイドリックは人畜無害な心優しい子だもの。

 あら?

 でも、女性がダメなら私の事は?

 いや、私は今セイドリックとして生活しているのだし、女だとバレるのはダメなのだけれど……。

 なにそれ、地味に複雑。


「だから小さめな男の子が好きなんだ」

「…………」


 ス、ストレートに性癖を暴露された……だと?

 これ、私完全に『女子』として除外されて……い、いやいや、入れ替わりが成功しているなによりもの証拠ではない?

 そ、そうよ、すごいわ、私。

 エルスティー様、完全に私をセイドリックだと信じて疑ってないという事よ!

 …………ふっ、複雑!


「……そ、そうなんですか……」

「おや、こちらもあんまり驚かないね?」

「驚くより引いています」

「あ、そっちかぁ」


 それに妙に胸が痛むわ。

 エルスティー様は私を同性だと思って、信じて……お悩みを相談してくださっているのよね。

 それなのに、私はエルスティー様に男だと嘘をついて騙している……。

 どうしよう、エルスティー様の真摯なお気持ちにお応えすべく、私もこの事をきちんとお話した方がいいんじゃ……?

 でも、だけどっ!


「稚児趣味の貴族は珍しくありませんからね」

「まあ、そうだけど……偏見はないと?」

「ないというかまあ……よい事とは感じませんけれど、エルスティー様の場合は幼児を無体に扱う感じではないように見えますし?」

「そうだね。大人たちのようにえげつない扱いをしたいわけではないかな」

「愛でる分にはよいのでは?」


 命や尊厳を弄ぶという事でないのなら、別にいいんじゃないかしら。

 そういう事にも貴族の令嬢なら理解……いや、耐性のある方もいるだろう。

 この国にいなくても、他国とかに。

 あー、なるほど……エルスティー様のお父様がザグレの陛下にお願いしたのかもしれないわね……月初めに行われる交流会。

 遠回しに、エルスティー様の婚約者探しも兼ねているのだわ、きっと。


「あとそこまで小さい子には興味はないかな、あまり」

「多少はある言い方ですね」

「うん。でも僕よりは少し歳下、ぐらいがちょうどいいね」

「はあ……そうなんですか」


 このお歳でその性癖に目覚められてしまうとは……。

 やっぱり危ないなぁ、この方!

 歳を重ねてから拗らせてしまうよりはまし、なのかしら?

 女嫌いは確実に拗らせておられる感じだけど。


「……セイドリック」

「はい、なんですか」

「君、ここまで僕に言わせても気付いていないね?」

「はい?」


 なにが?

 と、顔を上げたらエルスティー様がものすごく近付いてきて、驚いて後退る。

 それでも距離を詰められて、気付けばベッドに座り込んだ。

 顔が——近い。


「君は僕の好みのタイプにピッタリだ、と言ったつもりなんだけど?」

「へ?」


 綺麗な翡翠の瞳。

 吸い込まれそう。

 眼を逸らす事が、なぜだかできない。

 なに、なに?

 なにを言われているの、私。

 エルスティー様の——、ええ?


「歳下、同性、気は強いが冷静沈着。かと思えば家庭的で、器も大きい。セシル姫がいるからかな、とても可愛らしく優しさもあって……」

「え、あの、いや、ちょっと待っ……そ、そんなこと……」

「剣技でも僕は負けっぱなし。そこは、まあ、いずれ挽回するとして。気遣いもできるし、なにより顔もどんどん可愛く見えてきた」

「っ」


 顎を掴まれる。

 ちょっと、これは、あれ、ダメなんじゃ、ないのかな。

 私には、ジーニア様という婚約者が……うっ、あの顔を思い浮かべたら急に頭が冷静に……。


「あと、一番は君の考え方が好きだ」

「…………」

「君に『世界は綺麗なもので溢れている』と言われてから、世界の見え方が変わった。今まで見えていなかったものが、見えるようになったんだ。これがどんなにすごい事か、君には分かるかな」


 ——分かる。

 世界が一変するような、そんな感覚。

 それを、私は今、体感していた。

 合わさる唇から流れ込む熱や、感情。

 この人の、心。

 すぐに離れていったけど、冷静になった頭がまたかき乱された。

 一言ではとても言い表せない、これは——。


「好きだよ、君が。こういう意味でね」

「………………」

「ん?」


 カサ、と上着のポケットから紙を引き抜かれる。

 あ、あれはメルティ様へお渡しするレシピ。

 平然と開いて中身を見る辺り、本当にこの方は!


「ちょっ」

「ああ、メルティに頼まれていた先程の焼き菓子のレシピか。渡しておけばいいかな?」

「……あ、あの」

「ではね。今日はご馳走様。今度は我が邸にご招待するよ」


 ウインクして、レシピを奪っていくエルスティー様に口がパクパクするだけで言葉が、言葉が出てこない!

 颯爽と部屋から出ていき、扉が閉まる。

 伸ばした手は行き場がなく、ベッドに降ろすしかない。


「……………………」


 柔らかかった。

 殿方の唇は硬いイメージだったけれど……。


「…………いやだ、私、なにを……っ」


 無意識に自分の唇をなぞっていた。

 頰を両手で包むとものすごく熱い!

 そうだ、私、エルスティー様に口付けを…………な、ななななんて事なの⁉︎

 あの方、本当になにを考えているのよ!

 私はロンディニア王国の姫なのよ!

 いくら大国ザグレの公爵家ご子息といえど、こんな無礼国際問題のレベル……い、いやでも私は今セイドリックなのよね……。

 い、いやいやいやいやいやいや!

 セイドリック相手はもっとダメでしょう⁉︎

 同意もなく、あ、同意があっても、あれ? 同意があればいいのだったかしら?

 いやいや!

 違う、そうじゃなくて、あら?

 私がセイドリックだからセーフ?

 いやいや、私がセイドリックでもアウト!

 でもこの場合……エルスティー様はセイドリックが好きという事、よね?

 ん? あれ?



「……………………う、ううううううう〜〜〜‼︎」


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