絶技

 ――若いな。


 何度も、何度も口に出し、何度も、何度も、心中で繰り返した言葉を東堂銀次はもう一度繰り返す。

 若い。鬼灯八十一は若い。だが、未熟では無い。先程、八十一が銀次の練度に驚愕したように、銀次もまた、八十一のその練度に驚愕していた。あの若さで良くも、まぁ、あそこまで持って行ったもんだ。

 白煙口角より吐き出し、まるで蒸気機関の様に内側を燃やすそのあり方。彼には赤が似合う。燃える赤が良く似合う。赤く、赤く、燃えて全てを飲み込む、火。

 加速する。加速する、加速する、加速する。

 力無く垂れ下がる左腕から鮮血を撒き散らしながら、鬼灯八十一は加速する。止まらない決して攻撃の手を休めることなく、爪を、牙を銀次に届かせようと踊る。

 術式の使えない銀次とは違い、術式を織り交ぜ、若い葬竜拳士はアマナの煉瓦道で踊る。砂礫、踊る。虎、踊る。

 蒸気機関の熱量で以って、獣の様にしなやかに踊る八十一。銀次の眼では既にその目立つ赤すら偶に見失う程。速く、柔らかな獣の動きは『繋ぎ』が見付けられず、『速い』と言う言葉の理想を体現した様であった。

 と、不意に殺気が膨れ上がる。来る。確信。銀次の予想が正しい事を示す様に、踏み込みに合わせる様にして力噴き出す爆炎。こちらのお株を奪う様なその一手。一万分の数秒先の出来事を幻視、一万分の一秒後の自分を助ける為に、銀次の踵が鳴る。

 弐式・爆火。蹴り足に付加された爆炎が力吹き出るのに合わせて一手、足鼓。威力は負ける。速度は僅かに勝る。そして隠し方の差で銀次が勝つ。


 ――若いねぇ


 自身の視界を塞ぐ爆炎。そこから躍り出る銀次に八十一は目を丸くする。そうして居るとまるでただの少年の様で、思わず銀次は笑ってしまった。腹の傷が開く。いや、元から開いているので、この表現は適切では無い。腹の傷から血が滲む。まさかの搦め手だ。やりやすね、坊。

 振り被った上段を囮に、蹴りを放つ――と見せかけ視線誘導してからの斬撃。


「――っちぃ!」


 頬を切り裂き、赤。反応してしまうから、対応出来てしまうからこそ喰らう一撃。化かし合いに負けた虎は悔しそう。


 ――若いねぇ


 胸に去来するのは、懐かしさと温かさ。自身が面倒を見ていた孤児の中にも、これ位の年齢の子は居る。だが、この年齢でここまで一芸に長じた子は居ない。そこに掛けた熱量に、時間に、思わず銀次の笑みが深くなる。

 だが、それだけ。

 東堂銀次は鬼灯八十一を倒さなければならない。彼から雛菊と言う聖女を奪わなければならない。鬼灯八十一を殺さない事は約束させた。聖女には悪いが、彼女には辛い思いをして貰う。それで……誰も死なない。


「し、神父! そうだ! やれ! やっちまえよ! 『分かってるな』? ハハ、見ろよ! 鬼灯の野郎! ざまみろってんだ! 血だらけじゃねぇか! ハハっ!」

「……へい」


 不快な、笑い。見下す眼。それに低い声で返事するしかない自分に銀次は笑うしかなかった。今日日二束三文の安芝居。ヤクザ者であった自分は、神の教えを説く女に出会い、神父になった。だが、所詮はヤクザ者。過去の悪行の清算を時折こうして要求される。つくづく嫌になる。嫌になるが、どうしようもない。


「……楽しそうだな、おい。なぁ、神父?」

「目は未だ潰して無いつもりだったんですがね……」

「皮肉だ、神父」


 にぃ。笑う八十一。それは禍々しくて。

 銀次はその笑顔が羨ましくなった。自分もあんな笑顔を浮かべて心底からこの戦いを楽しんでみたいとおもってしまった。


「おい、神父! 神父ぅぅぅぅうううううぅ! 何、止まってんだよ、テメェっ!」


 が、それを許さない。雇い主が、黒幕が、脅迫者が――許さない。


「……坊。退く気は――」

「ねぇよ」

「そうですかぃ」


 いや、残念だ。溜め息交じりに言葉を吐いて――構える。攻めの虎伏、片腕で槍を持って重心低く、跳び掛かる虎を真似る八十一に対し、銀次が取ったのは、ともすれば置物にも見える守りの信楽しがらぎ

 さぁ、さっさと終わらせよう。


「『分かってる』のか、神父ぅぅぅぅうぅ! お前んとこのガキどもがどうなっても良いのかよぉぉぉっ!」

「……」


 ほら、自分で大暴露する位には馬鹿がいっぱいいっぱいだ。


「……」

「気にしなさんな、坊。それともあれかぃ? 負けてくれたりは――」

「しねぇ」

「そうかぃ。いや、良かった……」

「良かった?」

「えぇ、遠慮なく行けやす」


 構え、信楽のまま、言う銀次。

 ミラーグラス、中指で押し上げ、見据える。


「改めて。鵺式葬竜術・狸方が葬竜拳士、東堂銀次。ヒト呼んで――“連貫れんかん”の銀」

「……へぇ」


 名乗り、アマナに落ちて――虎と狸が踊る。

 砂礫、踊って、足刀。上段の蹴り足を叩き落され、銀次の腹から赤が滲む、気にしない。

 返し。片腕だけで操る槍、それでも意志を持ったように踊る。

 一撃喰らえば一撃返し、二撃ならばのし付けての三。葬竜拳士はヒトが見守る中、《竜》に向ける技を同朋に向けて喰らい合う。

 肘を砕かれた虎は傷を増やしてボロボロ。

 腹を喰われた狸もまた同様。

 どちらが倒れてもおかしくないその状況。ミスを犯したのは――


「――、――っは、は」


 虎。

 若い。その言葉通りに攻め続けていた虎の呼吸が僅かにぶれる。それは本当に僅かな乱れだ。その後あっさり立て直せる程度の乱れだ。

 だが、この状況ではこれ以上無い隙に成る。

 鵺式葬竜術・狸方が一手――


「足鼓」


 衝撃、地面を伝わり、虎の足を蹴り上げる。更に、隙。故に重ねる。鵺式葬竜術・狸方が一手――

空撥からばち


 空を切る長ドス。それはまるで太鼓を叩く撥の様で、はたから見れば素振りにしか見えなかったが、葬竜拳士がソレを為せば、それは攻撃に他ならない。

 打撃を飛ばす。そういう技法だ。


「――、」


 悪態すら吐き出せない虎。折れた肘を狙い、打たれた空気が打撃となって響く。

 これまで見せなかったその一手に対応が遅れ、まともに喰らい、虎が止まる。

 だから狸はそこを狙う。『重い』と言われる狸方の中でも最も『重い』一撃。貫殺かんさつむじな。その極み。東堂銀次が威力を追い、発展させたモノ。


 鵺式葬竜術・狸方が絶技ぜつぎ――“連貫”

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