28話-2、飲んじゃいけないお水

 くろーしゅが開くと、音が大きくなったと同時に、すごくいい匂いがする白い湯気が、辺りにぶわーっと広がった。

 すいてるお腹をもっとすかせるような、食欲を沸き立たせる匂いがする。思わずお腹が鳴っちゃったけど、誰にも聞こえてないわよね……?


 黒いお皿には、とても大きくて厚いお肉が乗ってる。その上に、カリカリのガーリックチップ。オレンジ色が強いニンジン。

 いっぱいつぶつぶが付いてるブロッコリー。そして、塩が振りかけられたポテトフライが沢山ある。


 確か、ステーキって言うのよね、このお肉。何回か香住かすみと一緒に食べた事があるから、わかってる。だけど、香住の方に目をやると、様子が少し変だった。

 目が丸くなってるというか、ビックリした表情になってるというか。香住も食べた事があるのに、なんでこんなに驚いてるのかしら?


「香住っ、どうしたの?」


「こ、このステーキ……。ものすごく高そうに見えるのですが、もしかして……」


「A五ランクの黒毛和牛を使用したステーキでございます」


「黒毛和牛っ!? しかも、A五ランク!?」


 しつじがステーキの名前を言うと、香住は大きな声を上げて、もっと驚いた。くろげわぎゅうとか、えーごとか言ってたけど、聞いた事ない言葉だから私にはわからないわっ。


「香住っ。くろげわぎゅうと、えーごって、どういう意味なのかしら?」


「えと、その〜……。とりあえず、とても高級なお肉という意味、です……」


 質問をしてみても、香住はステーキに目が釘付けになってて、私の方に顔を向けてこなかった。とりあえず、とてもおいしいステーキだと思っていいのかしらね。

 香住と一緒に食べたステーキと、どっちがおいしいんだろう。厚さもステーキから出てる肉汁も、全部こっちの方が勝ってる気がする。という事は、やっぱりこっちのステーキの方がおいしいのかもしれない。


 私もじっとステーキを見てると、しつじがナイフとフォークを持って、私達のステーキを切り始めた。柔らかいのか、一回でスッと切れてる。それとも、ナイフの切れ味がすごいのかも。

 ステーキを切り終えると、白いご飯とお味噌汁が目の前に並べられていく。そして最後に、変な模様が描かれた陶器が二つ、私と香住の前に置かれた。


 陶器の中には透き通った液体が入ってる。たぶんお水ね。ちょうどよかったわっ。喉が渇いてたから、少しだけ飲んじゃおっと。ほんのりとレモンの味がする。サッパリしてておいしいわっ。

 私がお水を飲むと、香住も後を追ってお水を飲み始めた。香住も喉が渇いてたのね。私より先に飲み干しちゃったわっ。


「香住様、メリー様。そちらはフィンガーボウルでして……」


「フィンガー、ボウル?」


 いきなりしつじの説明が入ると、香住はキョトンとしている顔をしつじに向けた。もしかして、飲んじゃダメな物だったのかしら?


「手を洗う為の物でございます。申し訳ございません、説明が遅れまして。いま、水を注ぎ足します」


「あっ、そういう物だったのですね……。す、すみません……」

「ごめんなさい……」


「うふふっ。香住さんとメリーさんもやらかしましたね。結構飲む人が多いんですよ」


 清美きよみが楽し気にそう言うと、香住はぎこちない苦笑いを清美に送る。ふぃんがぁぼーるに水が入れられると、更に目の前にナイフとフォークがナプキンの上に添えられた。

 その後に本当のお水が入ったコップが置かれると、これで一通り終わったのか、しつじが一歩下がってから綺麗なお辞儀を私達にして、ニコッと微笑んだ。


「おかわりが欲しくなりましたら、気軽にお声を掛けてください」


「あっ、ありがとうございます!」

「ありがとうございますっ」


 私達がお礼を言うと、しつじはもう一度温かい笑顔になって、他の女性と一緒に台を押しながら部屋から出ていった。しつじ達を静かに見送ると、改めてステーキに目を戻す。

 黒いお皿が冷めてきたのか、いつの間にか音は止んでたけど、熱々の湯気が昇ってる。そのまま香住の方を見ると、一緒になって小さくうなずいた。


「すみません清美さん。ご馳走になります」


「どうぞー。いっぱい召し上がってください」


「それじゃあ、いただきます」

「いただきますっ!」


 手を合わせながら声を重ねると、同時にフォークを手に持って、ステーキを刺して口の中に運んだ。

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