25話、服が無い一般庶民が行く、貴族の謁見

 待ちわびていた休日がやっと来た。今日は、数日前に香住かすみに宣言した通り、秋野原あきのはら 清美きよみを紹介する為、清美の家に行く。


 だけど、いざ行くとなったら香住が、大量の服をタンスやクローゼットから取り出して、部屋内にズラッと並べ、頭を抱えて唸り始めてしまった。

 もう、こんな状況が三十分以上続いてる。何度も服を持ち上げては放り投げ、背後にいる私のところに飛ばしてくる。

 たまに、私の頭の上に掛かったりするのよ。失礼だわっ。 


「この服にしようか……。あ~、でもな~……。やっぱり普通の服に……、いやいやっ! 秋野原さんのお家は豪邸なんだ。しっかりした服装で行かないと……。……しっかりした服装って、いったいどんなのなんだろう?」


「香住っ、まだかしら?」


「あっ、ごめんなさいメリーさん! も、もう少しだけ待ってください!」


 服装って、そんなに大事なものなのかしら? 私の服装は香住いわく、青白いロリータドレスっていうドレスを着てるから、豪邸でも通用するらしい。

 香住の普段着は、変なマークが付いたTシャツに、クリーム色をした無地の長ズボンだ。

 スカートは恥ずかしいし、下がスースーするから嫌いだって言ってた。


 だから、香住が持ってる服の中にはスカートが一切無い。言ってしまえば、シンプルなTシャツや長ズボン、防寒着に少し厚手のジャンパーしかない。

 なのに、香住はなんでそこまで迷ってるのかしら? 私には、柄が少しだけ違うように見えて、あとは全部一緒に見えるんだけども……。香住なりの、こだわりがあるのかしらね。


「香住っ、いつもの服でいいんじゃないかしら?」


「ダメですっ! 私にとって今日は、貴族や上流階級の偉いお方の謁見に行くようなものなんです! だから、ちゃんとした服を選らば―――」


「全部同じに見えるんだけど……、いったいなにが違うのかしら?」


「うっ……」


 痛いところを突かれてしまったのか、香住の手がピタリと止まってしまった。やっぱり、自分でも少し思ってたのかもしれないわね。

 結局香住は、いつもの変なマークが入ってる長袖のTシャツに、クリーム色をした長ズボンを静かに履いていった。なぜか、少しだけ恥じらいを見せた表情をしつつ。


「ううっ……。今度、ちゃんとした服を買いにいかないと……」


「なんで? 香住はその服が一番似合ってるわよ」


「あ、ありがとうございます、メリーさん……。後はジャンパーを着てっと。それじゃあ行きましょうか。抱っこしてあげますね」


「やったっ!」


 最近になってから、香住と一緒に外出をする時は必ず、香住が私を抱っこしてくれるようになった。今の私にとって、この瞬間がとても大好きだ。

 なぜなら、私はもう一人じゃないと強く実感できるからだ。前は、外にいる時はずっと一人で孤独だった。

 だけど、今の私は違う。香住という大好きな人間が、素敵なパートナーがいる。 


 現在の季節は冬で、外はものすごく寒いから、私は香住が着てるジャンパーの中に入り込んだ。

 この空間も大好きだ。エアコンの暖房よりも、コタツよりも、布団の中よりも温かくて気持ちのいい空間だから。

 これから、香住を清美の家までエスコートしなくちゃいけないんだけど、心地のいい眠気が私をゆっくりと包み込んでいく。


 この眠気の原因は知ってる。香住と密接してるせいからくる安心感だ。だから香住と一緒にいたり、香住の体をギュッとすると、すぐに眠くなってしまう。

 今から私は、この眠気に必死に抵抗して、清美の家まで行かないといけない。正直言うと、耐えられる自信がまったくない。だって、本当に気持ちがいいんだもん。


「メリーさん、次の道はどっちに行けばいいですか?」 


「……」


「メリーさん? メリーさん……、あっ、寝ちゃってる。メリーさん、起きてください」


「……ふにゃ?」


 ……起きてたつもりが、いつの間にか眠っちゃってた。苦笑いしてる香住に道を教えたけど、数秒後にはまた眠りに落ちている。

 この調子だと、清美の家に着くのはだいぶ遅れるかもしれないわね。幸せな温もりに包まれてる、私のせいで。

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