14話-2、僅かに垣間見た本音

 鍋の中に入っている具はニンジン、もやし、玉ねぎ、ニラ、キャベツ、市販で売っていた肉団子。合計で千円ぐらいだっただろうか。二、三食分はあるから、一食辺り約三百円から五百円程度だ。

 安い割にはお腹がいっぱいになるし、栄養も沢山取れる。すぐに作れるし満足感もあり、洗い物も少ない。好守共にバランスが取れた素晴らしい料理である。


 メリーさんはまず、初めて使う箸で肉団子を掴んで、掴んで……、掴めない。やっぱり初めてだと難しいようだ。仕方ない、私がよそってあげよう。


「メリーさん、持っている皿を私に貸してください。入れてあげますよ」


「ううっ……、ありがとっ。この肉団子ってヤツが逃げちゃうのよ……」


「丸くて掴みづらいですからね。はいっ、どうぞ」


「ありがとっ!」


 メリーさんが無邪気な顔をしてお礼を言ってくれた。その顔を見ると、私も自然と笑みが零れてしまう。やっぱりメリーさんの笑顔は、私の心を温かく癒してくれる。

 肉団子をよそったせいか、私も肉団子が食べたくなってしまった。六つ入っているから、私も一つだけ取り、ついでキャベツも数枚一緒によそった。


 このキャベツがポン酢と非常に合うのだ。そのまま食べても甘くて美味しいけども、ビッタリとポン酢に浸して味を移してから口に入れて、ご飯を一緒に食べるとこれまた美味しい。


 肉団子とキャベツを皿に移した後、メリーさんにこっそりと目をやる。ふーふーっと、カワイイ声を出しながら肉団子を冷ましている。とっても微笑ましい光景だ。

 まるで、私に子供が出来たような錯覚を起こしてしまう。母親って、こんな感じなんだろうか。しかし、私はまだ大学生だ。そんな気分になるのは、まだちょっと早い気がする。


 メリーさんが、小さい口で肉団子を少しだけ齧って口に入れた。味を確かめるようにしっかりとよく噛んでいる。

 コクンと飲み込んだら、口を開いて青い瞳をキラキラとさせ始めた。どうたら気に入ったみたいだ。


「おっ、おいひいっ! 香住かすみっ! この肉団子ってヤツ、とってもおいしいわっ!」


「そうですか、お口に合ってなによりです。じゃあ残りの肉団子はメリーさんが食べてください」


「えっ、いいの?」


「はい、私はよく食べているんで大丈夫です」


「やったっ! ありがとっ!」


 本当は私も肉団子が好きで、真っ先に食べてしまうんだけども、ここはメリーさんに全部譲ろう。肉団子のおかわりはまだあるし、無くなったら追加すればいい。

 それでもメリーさんが食べたいと言ったら仕方ない。おかわりも全てあげるつもりで考えねば。それじゃあ私は、野菜を中心に食べていこう。


 野菜を食べ進めていくと、やはり肉団子がお気に入りになったのか、メリーさんはそれしか食べず、鍋の中から肉団子が無くなると、しゅんとした表情になってしまった。

 まだ鍋の中に肉団子がないかと、潤んだ瞳で必死に探している。可愛いからこのままずっと眺めていたいけど、流石にそれは可哀想だ。


「メリーさん、肉団子のおかわりがありますけど食べますか?」


「あるのっ!? 食べたいわっ!」


「分かりました。それじゃあ追加するので、ちょっと鍋ごと持っていっちゃいますね」


 しゅんとした表情が一気に明るくなった。よほど肉団子が気に入ったらしい。こうなると、ポップコーンと一緒に買い溜めをしておかなければなるまい。

 おかわりの肉団子は残り十二個ある。よし、全部入れてしまおう。鍋をコンロに置いて火をつけ、生の肉団子を投入していく。 


 あまり大きくないから、すぐに火が通って色が変わっていく。鶏肉を使用しているから、ちゃんと中まで火が通っているか楊枝で刺して確かめる。透き通った脂が出てきたから大丈夫そうだ。


「メリーさん、お待たせしました」


「うわぁ~、さっきよりもいっぱい入ってるわっ」


「ある物全部入れてきちゃいました。よかったらどうぞ」


「……香住は食べなくて本当に大丈夫なの?」


「ええ。私の事は気にしなくていいので、どんどん食べてください」


「……わかったわっ。ありがとっ、香住っ」


 メリーさんがいつもとは違うトーンで、感謝の言葉を言ってきた。なんだか今の感謝の言葉だけには、本当に心がこもっていた気がする。言われた私も、心の底から嬉しくなってしまった。

 そこからメリーさんは肉団子を口に入れるたびに、私の顔を見て微笑んできてくれるようになった。

 心を許してくれたんだろうか? なんだか少しだけ、距離が縮まったような気がする。


 結局のところ、肉団子は全てメリーさんが食べた。正直に言うと、野菜の美味しさにも触れてほしかったけれど、それはまた別の機会にでも体験してもらおう。

 ご飯を食べても美味しいと言ってくれたし、今回の鍋はとりあえず大成功だ。次は何を振る舞おうかな? その前に、またメリーさんを夕食に誘わねばなるまい。


「メリーさん、美味しかったですか?」


「うんっ、とってもおいしかったわっ!」


「それはよかったです。メリーさんが大丈夫でしたら毎日来てください。色々と用意しますよ」


「えっ、いいのっ?」


「はい。夕方のこの時間でしたら、いつでもいいですよ」


「……」


 良かれと思い誘ってみたものの、メリーさんはうつむいて黙り込んでしまった。流石に怪しまれてしまっただろうか……?

 やましい気持ちはこれっぽっちもないけれど、まずかっただろうか……。


「……ありがとっ。じゃあ、寂しくなったら電話するわっ」


「は、はいっ! わかりました!」


「ご飯ありがとっ。それじゃあね、バイバイ香住っ」


「バイバイメリーさん。お気をつけて帰ってくださいね」


 そう言ったメリーさんは、私に微笑みながら手を振って玄関の扉をすり抜けて帰っていった。“寂しくなったら”という言葉には、本音が含まれていたような気がする。

 メリーさんも独り身なんだ。そう考えると、同じ独り身として胸がチクチクと痛くなってくる。思い切って、今度はこの部屋に泊めてしまおうか。


 この私を、メリーさんの心のり所にしてあげたい。迷惑じゃなかったら、また今度にでも声を掛けてみよう。

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