第4話 ダンシングブレイド4

「お前の話は色々とそこのラズロから聞いている」


 紳士が語る。ゆっくりとした歩行。しかし隙がない。ヒートは不意を打つ瞬間を掴めないでいた。


――やっぱり、こいつ!


「お前の名はヒート。種族は恐らくはこの境界大陸ホライゾン・ゴールド現地住民ネイティブとラズロは言っていたが、ならば肌は赤く髪は銀のはずだ。しかしお前は白肌と黒髪。特徴が合わない。白肌では東方大陸カーディナル・レッドの民族でもなく、顔立ちからは西方大陸クラッシャー・ホワイトの人種にも見えない」


 無言でヒートは振りかぶる。機を掴めないなら、自らで作り出す。今は止まれば死ぬ、そう思った。


「ならばネイティブのアルビノである可能性があるが、そうなると黒髪ではおかしい。――一体お前はどこからきた人間だ? 混血か? 雑種というやつか?」


「知るかッッ!」


 全力を叩きつける。それしかない。叫びと共に放った鉄塊――鎖を設置する基部が轟音を立てて紳士へ向かう。

 しかし、紳士の真横を通り過ぎて空ぶる。


「主人殺し……まあそれはいい。お前程度に寝首をかかれて殺されるなら所詮はその程度の冒険者だったということだ。そんなものに興味はない」


 最小限の動きで回避されたのだ。紳士は完全にヒートの動きを見切っていた。


「大した筋力だ。筋肉密度の異常な高さもあるが、筋力強化に無意識に魔術を使っているな? 見た目は十代後半、実年齢はたしか十四か。力も背丈もあるが頭は年相応のガキか」


「ちぃっ!」


 鎖を引きながら舌を打つ。やはりこの男、腕に覚えがあるらしい。


――下男三人をぶちのめした時、コイツの視線はオレを追っていた……オレの動きが見えていた!


 鎖を操る動きは手元を見ればある程度予測出来る。しかし巨大な鉄塊にもスピードにも大きく引くことなく最小限の動きで避けた。見切り、それもかなり正確にできる。


「だったら!」


 引き戻した鎖を振り回し始めた。大味な動きは手元の動きで見切られるだろう。ならば回数でカバーしよう。


「オラッッ!」


 轟音を上げて唸る鎖。荒ぶる大蛇の如くのた打ち、紳士を叩き伏せようと迫る。が、やはり紙一重で回避。


「オラオラオラオラッッ!!」


 さらにヒートも追撃。石造りの床や天井に鎖を激突させながら、何度も紳士を狙う。舞い散る粉塵と破片、鎖同士の衝突で火花さえ舞う。


「度し難い頭の悪さだ。無駄とわからんか」


 必死に鎖を操るヒートをあざ笑いながら、男は歩く。彼女の攻撃は全く当たらない。そのすべてが男のすぐ側を虚しく空ぶる。


「無、駄、じゃ、ねええええっっ!」


 渦を巻く鎖、手先から出血。感覚が痺れてきた。だがここまでは全て布石だ。ここからがヒートの狙い。

 全力で叩きつけられる鉄塊。狙いは紳士ではなく、その足元。

 衝突した鉄塊が床を砕き、石片をバラまく。

 

「ぬっ!」


 瞬間的な判断、鎖を飛び越える跳躍で石片を避ける黒い紳士。


「そこだぁっ!」


 ヒートは踏みしめた脚を解き放ち、弾丸のように前へ飛び出す。見た目そのままの、渾身の体当たり。

 空中なら避けられない。今までの攻撃は紳士の動きを誘導するための囮だ。もし避けられたとしても、真後ろは部屋の出口。そのままドアを突き破って逃走もできる二段構えの策だ。


「ぶっ潰れろおおおっ!」


 全身全霊の跳躍。加速したヒートの肉体が空中の紳士へ迫る。直撃すればただではすまない。

 だが、男は笑っていた。先ほどと同じ、あざ笑うように、薄く、鋭く。


――や、ばい!


 本能が危険を感知。ぞわりとするイヤな予感が背骨を這いずる。何かがある。だがそれが何かはわからない。もう進路を変えることはできない。脅威へと飛び込むしかない。

 男の伸ばされた右腕、長いシルエットが引き絞られる。高速戦闘に慣れたヒートの動体視力は、その動きを追っていた。


――ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


 腕が畳まれた瞬間、ヒートの顔面を貫くような衝撃が襲った。


 声さえでない。頭ごと吹き飛んだような衝撃。続いて背中に何かが激突した感覚、それが床なのか天井なのかさえわからない。恐らくは吹き飛ばされたからだろうが、自分が今どうなっているかさえ理解できない。

 わかることは、完膚なきまでに叩き潰されたという自覚。


「ぐ、が、ああ!」


 獣のような声が上がる。顔面に激痛。もがくが立ち上がれない。足腰が立たない。


「ほう、まだ意識があるということは、アゴを打ち抜こうと思ったが寸前で外したか。勘がいいな」


 またも衝撃。持ち上げようとした頭を抑えつけられて床に叩きつけられた。

 体の上に馬乗りになり、紳士の広い手の平がヒートの頭を掴んでいた。


――か、カウンターかよ……


 ヒートが飛び込んでくることを予測して、その頭にカウンターをぶち込まれた。力もスピードも全てが完全な敗北。


「頭が潰れていないとは無駄に頑丈な頭蓋骨だ。衝撃にも耐えた辺り首の筋肉も優秀か。喜べ、お前が世の中に貢献できる唯一の才能を発見したぞ。お前はいいサンドバックになる。殴った私が保証しよう」


「ざっ、けんなああ!」


 怒りがヒートの粘つく体を駆動させる。拘束された両腕を振り回そうした刹那。


「ではバカに施してやる授業はここまでだ。以上」


 鋭角なアゴへの一撃で、ヒートの意識は闇へと落ちていった。



 ▽ ▽ ▽


「こ、この度は飛んだご迷惑をおかけしやして……」


「全くだな」


 ペコペコと頭を下げながら、ラズロは頭の中で算盤をはじく。破壊された設備、怪我をした若い衆の治療費など出費は甚大である。しかも原因となった奴隷は売れるどころか買取先さえ見つけられるか怪しい悪魔だ。


「お詫びといってはなんですが、その、うちの手持ちの奴隷をお求めの際は特別にお安くさせて頂くということで……」


「こいつ以外はいらん。この程度の管理では他の奴隷もたかが知れてるな」


「へ、へぇこれはお厳しい……え、あの、こいつ・・・?」


 気絶した奴隷の少女=ヒートの上に腰掛けながら、葉巻をくゆらせている紳士がため息をつく。


「今この場にいる奴隷はこいつ以外誰がいるんだ? この暴れ馬だか野良犬だかわからん奴隷を気に入ったから買うといっているんだ。で、いくら出せばいい?」


「え、あ、はあ、は、はいわかりました」


 呆けた声で返事を返すラズロ。気が付けばチョロチョロと小さな水音がしているのに気づく。


「あ」


 ヒートの股関より黄色の液体が漏れ出していた。


「……やれやれ、また小便臭くなったな。つくづく購買意欲を削いでくれるよコイツは」


 紳士の言葉が、暗い部屋で孤独に反響した。



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