第32話 ハイブリッド

 私はまだそれが自分にどう繋がるのか判らないまま、ぼんやりと学長の顔を眺めていた。

「極論すると、自分たちの学校に来て欲しい前途有望な学生に、高校在学中から本学と連携していただく。そういう計画です」

 言いながら資料のページをめくり、全員に見えるようにページをこちらに向けて起こす。

「詳しくはここに書かれている通りですが、本プログラムに選定された高校の部活動と本学の研究室が相互利用契約を結ぶことで、お互いの環境や施設、設備を自由裁量で融通し合うことが出来るようになります」

「でもこれ、実際は貴大学の施設を高校生わたしたちに自由に使わせるってことですね。高校の部活レベルで大学側が欲しがる物なんてそうないはずだし」

「おっしゃるとおりです」

 大野さんが挟んだ質問に、いい質問ですねとでも言いたげな笑顔で頷く学長。

「名目上“相互”とありますが、施設・設備的にはほぼ一方的にこちらが提供することになるでしょう」

「ですよね? なんだか一方的に私達に有利なイメージがあるんですけど」

 大野さんは学長と森川教授に疑わしげな視線を向ける。確かに、私達にメリットがありすぎて、何だか裏があるんじゃないかと勘ぐりたくなる。

「ぶっちゃけ本音を言いますと、 むしろ本学が欲しいのは学生、人材です。優秀な高校生に本学の充実した研究・開発環境に早いうちから慣れていただき、これを失うのは惜しい、是非とも本学に入学したいと思わせるのが我々の目的ほんねです。いわゆる青田買いですね」

「そりゃまたぶっちゃけましたね」

 森川教授が苦笑する。

「でも、これと私達がどういう関係に? それにこのお話のスタート自体、かなり先のことですよね」

 私は首をひねりながら聞いてみる。

「ええ、プログラム自体のスタートは来年度からですが、正式スタートの前に具体的にわかりやすい成功例を添えたいと考えました。運良く森川君の研究室とカップリングできそうな高校部活動を見つけましたから、パイロット的おためしにちょっとやってみようと…」

「え、それが航空宇宙飛翔体研究ロケット 部ですか?」

「ええ!」

 学長はもはやホクホク顔だ。

「当初は天文地学部と聞いてましたので多少の懸念もあったんですが、よくぞこのタイミングでロケット部を立ち上げて下さった。ここまでおあつらえ向きのお話になるとは私も思いませんでしたよ。加えてこのポスターの絵柄も実に都合がいい」

 学長はついと立ち上がり、さっき私がサインさせられたポスターに手を添える。

「特定のどこの学校でもない、しかし高校生を明確に象徴する未来的なセーラー服アイコンをお召しです。しかも最先端科学技術の象徴でもあるロケットを胸に抱き、おまけにセリフがこうです。”私は、夢を諦めない”…」

「ひー! もうやめて!」

 私が羞恥のあまり顔を伏せるのにも構わず彼は続ける。

「無理を申しまして提携している進学塾に画像の共同利用をお願いしました。今後、本学でも高度連携プログラムのメインビジュアルとして展開していきま…」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 私は息も絶え絶えになりながら右手を挙げる。

「私達のロケット作りにご協力いただけることはとっても嬉しいのですが、まだ成功すると決まった訳じゃ…」

「違いますよ、天野さん。成功させるんです、我々の手で」

 学長はぐっと拳を握りしめると、満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。


 さすがにその場で決められる話ではなく一端話を持ち帰ることにはなったものの、私の気持ちはもうほとんど決まっていた。

 私達が相談したかったことのほとんどを向こうからタダで提供してくれるというのだ。これに乗らない手はない。

 そのかわり私が多少、いやかなり恥ずかしい思いをするけど、ロケットのためなら我慢できる。きっと、多分。

「こちらが開発工房です」

 学長との会議の後、森川教授に案内されてきた本館の地下には、部屋の端が霞むほど広々とした工房ラボが広がっていた。

「うわ、こっちは3Dメタルプリンター、こっちはCo2レーザー加工機! うわー!5軸NCまである!」

 大野さんが男性アイドルに向けるような黄色い歓声を上げているけど私にはいまいちピンとこない。

「ねえ大野さん、この機械の何がすごいの?」

「天野さん、これは絶対に受けるべきです!」

 いきなりがしっと両手を掴まれた。

「ほらこれ、こっちはアメリカのボーイングでジェット機の製造にも使っている三次元金属プリンターでしょ、こっちはレーザーで分厚い金属板も精密にカットできる高出力の加工機、あっちはどんな複雑な形状でも削り出せるファナックのマシニングセンターですよ!」

「はあ」

翠風ウチみたいなビンボー高校では逆立ちしたって買えません!」

「って、説明されても半分も判んないけど。でもそんなことよく知ってるね」

「私って機械オタクメカフェチなんですよー。精密機械や巨大メカを見ると心が躍るって言うか…」

「もしかしてカメラ好きなのも?」

「ええ、多分。一眼レフカメラって個人が手に入れることの出来る機械メカの中では最高にクールだと思いません? ねえ」

「いや、ねえって言われても」

 私は若干引き気味に掴まれたままだった両手を取り返すと、改めて室内をきょろきょろと見回してみる。

 と、壁際で立っていた年配の男性とふと、目が合う。

「お呼びですか?」

 足早に近づいてきた水色つなぎ姿の男性。胸には“サポートエンジニア”の文字。それを目ざとく見つけた大野さんの目がキラリと光る。

「すいません。ここ、誰でも使えるんですか?」

 おお、わかりやすく早速食いついた。

「ここにある機械はすべて学生さんが自由に使えますよ。と言ってもさすがに専門知識が必要な物もありますんで、その辺は私ども、工房付きの技師が操作をお手伝いします」

「ほうほう」

「基本的には図面を持ち込めば、数日で実物をお出しできます」

「なるほど」

 大野さんが前のめりにがっつり食いついているのでそちらは任せることにして、私は工房内をふらふらと探索する。

 深呼吸すると、微かに香るオイルと電子製品特有の匂いに不思議に心が落ち着く。

「どうですか? 心が躍りませんか?」

 気がつくと隣に森川教授が付き添っていた。

「ええ? まるでうちの大野みたいなことをおっしゃいますね」

 ここにもいたよメカフェチが一匹…そう思いながらふと、しばらく頭を悩ませている問題をストレートに聞いてみることにした。

「…高度二十キロ。どうでしょう? 私に達成できるでしょうか?」

「モデルロケットD型エンジンで高度六〇〇メートル達成だよね」

「はい、それはなんとか」

「…それだけの技術があれば、できそうな気がするね。ただ…」

 森川教授はふっと視線をそらし、盛り上がっている大野さんと技師さんの方を見やりながら続ける。

「…引き続きモデルロケットエンジンで、となると、日本では法律的にも色々制約が大きい」

「やっぱりそうですよね。どうしたらいいと思われます?」

「うん。天野君、ハイブリッド、やってみる気はないかい?」

「ハイブリッド?」

「そう。プラスチックと液体酸化剤の組み合わせ。基本的には火薬を使わないので法的な規制も固体燃料ロケットより柔軟になる」

神技工大こちらでも?」

「うーん、残念だが、ロケットを一から手作りできる技量スキルを持つ学生が入ってこなくてね。ここ数年は外からロケットモーターを購入して研究を続けているよ」

「そうなんですか…」

 思わず気落ちした返事になってしまったのか、森川教授は元気づけるように声のトーンを上げる。

「大丈夫! この通り製作環境は整っているよ。君がその気なら以前の研究成果をすべて開示しても構わない」

「どうして? なぜそこまでして頂けるんですか?」

 私は改めて聞いてみる。高度連携プログラムさっきのはなしといい、なんだか都合が良すぎる気がして仕方ない。

「疑われるのは仕方ないね。だが、我々は君にロケット狂ロケッティアの一面を見ているんだ」

「よく意味がわかりませんが?」

「ハハハ、自覚していない所を見るとかなり重症だね。簡単に言えば、君に自由すきにやらせた方が面白そうだぞ、ということ」

 私は困惑した。

「え、それだけですか?」

「まあ、お察しの通り大人の思惑は色々あるけどね。ただ、学長も私も、信念を持ってことに当たる若い人をなんとか応援したいという気持ちに偽りはないさ」

 ポンポンと私の肩を叩くと、

「さて、研究室に戻って詳細を詰めようか」

 そう言って私達をうながした。

 結局、私達は日が暮れるまで神技工大にとどまり、プログラムの詳細を詰めた。

 大学側が要求したのは、これから作る”N-4ナイチンゲール”、及びそれ以降の成果物について広報も含めた利用権を翠風高校と神技工大で分け合うこと、私の肖像権利用を認めることの二点だけ。

 逆に私達には高校を卒業するまで森川研究室のインターン生としての身分が与えられ、開発工房含めた大学施設の無制限利用権も付いてくる。

 取引的には私達に圧倒的に有利だ。代わりに私自身のプライベートは売り払うことになるけれど。

 帰り際には私達三人は写真付きの入構パスも与えられ、連携プログラムの発効を待たず、いつでも研究室に顔を出せることになった。


---To be continued---

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