第6話 私にだってできる

 既読はなかなか付かなかった。

 今朝のロケット打ち上げ、絶対に走も見ている。彼に少しでもこだわりが残っているなら、私のあからさまな煽りにだって何らかの反応をするはずだ。

 単なる直感。走が反応してくれる確固たる自信があるわけでもない。でも、そう、信じたかった。

 昼が近づくに従って、エアコンもつけず締め切ったままの家の中はどんどん暑くなる。それでも私はリビングのラグの上にぺたりと座り込み、スマホを握りしめたまま待った。

「返事してくれるかなあ?」

 思わず本音が漏れる。じくじくと広がるどす黒い不安が頭の中を覆い尽くし、心が折れそうになる。そもそも、ここ数日の出来事だけで私的にはもういっぱいいっぱいなのだ。

「……お腹すいたなあ」

 何気なしにつぶやいた途端、お腹がクゥと鳴る。時計を見上げるともう正午近かった。その時、手の中のスマホが小さく震えた。

「来たっ!」

 ロックを解除し、LINEの画面を開く。その、わずかコンマ何秒かの時間さえもどかしかった。


〝もう、あきらめる〟


 これだけ信じて待った挙げ句にこれ?

「バカ言ってんじゃないよーっ!」

 思わずスマホに向かって怒鳴る。なんでそうなるの!


〝なに? あなたの夢ってその程度? 簡単に諦められる程度のものだったの?〟

〝それとも、自信がなくなったの?〟

〝そうか、自分の実力に気付いて怖くなったんでしょ?〟


 グイグイと煽るようにメッセージをたたき込む。

 打っていて自分でも気分が悪くなる。我ながら嫌味だと思う。でも、ここは走にエキサイトしてもらわなきゃ困る。あの老人並みにおっとりした走を怒らせる必要があるのだ。これでもまだ足りないかも知れない。


〝自信が無いわけじゃない。もう、時間がないだけ〟


〝いーや、あんたは逃げている。甘えてるよ!〟


〝何でそんなことを言うの? 嫌がらせ?〟


〝そう取ってもらって構わない。へ理屈をつけて難しい夢から逃げる走なんて尊敬できない〟


〝ひどい〟


〝ひどくなんかないよ。あんたのロケットはしょせん子供の夢〟


〝そんな……〟


〝その程度の幼稚なおもちゃなら、私にだって作れるよ〟


 せっかくテンポ良く返ってきていたメッセージが途絶えた。

「しまった、言い過ぎた?」

 私は唇をかんでスマホを強く握る。手のひらにじっとりと汗が滲んで気持ち悪い。


〝ムリムリ。ナツには逆立ちしたって絶対できないよ!〟


 かかった! やっと怒ってくれた。

 私は額に滲む汗と、いつの間にかポロポロこぼれる涙を左手の甲で拭いながらさらにたたみかける。

 辛い。こんなこと、本当は言いたくない。


〝おーし、それほど言うなら賭けてみる?〟


〝どーぞお好きなように!〟


〝じゃあ、私がロケットを作ってやる。もし本当にできたら……〟


〝無理だと思うけどね、できたら奇跡だよ〟


〝私に奇跡を起こせないとでも? 弱虫な自分と一緒にするんじゃない!〟


〝いいよ、できたら何でも言うことを聞くよ。鼻でピーナッツ食べてもいい〟


 売り言葉に買い言葉、自分でも何だかとんでもない事を口走っているような気がするけど、ここまで来たらもう突っ走るしかない。


〝いい? そのセリフ、忘れないでよ!〟

〝私のメッセちゃんと見てなさい。逐一報告してあ・げ・るから。感想を楽しみにしてるわ〟


〝そっちこそ途中で泣き言言うなよ!〟


 やり取りはそこで途絶えた。

 他人からみれば子供っぽい口げんかのレベルかも知れない。でも、走とここまでの大げんかをしたのは付き合いの長い割にこれでようやく二回目だ。

 これまでも、一方的に突っかかるのはいつも私で、いくら理不尽に八つ当たりしてもうまくかわされて、気がつくとうまく丸め込まれている感じだった。

 今日みたいに走が正面から噛みついてくるなんてこと、太陽が西から昇るくらいあり得ないと今の今まで思い込んでいた。

 そんなせいもあって、いつまで経っても興奮が収まらない。顔がかっかと火照り、荒い呼吸と身体の震えがいつまでも続く。涙がいつまでも止まらない。

 私は手の甲で乱暴に目を拭い、はぁと大きくため息をつく。

「それにしても……」

 メッセージの履歴を眺めて頭を抱えた。大変なことになったなと思う。

「ああーっ!」

 思わず吠えて、そのまま床にパタンと倒れ込む。

「どうしよう! どうしよう!」

 ロケットなんて全然わからない。興味も知識もまったくゼロ。よりにもよって何でこんなとんでもないことを口走っちゃったんだろう?

 でも、頑なにコミュニケーションを拒む走の心に届く方法なんてほかに思いつかなかったし……

 ……だけど。

 最悪の場合、このまま一言も交わせずに私の前からフェイドアウトされてしまう可能性だってあったのだ。それに比べたら、この先も会話できる口実ができただけましな結果だと思う。たとえそれがどれほど困難なハードルだったとしても…。

「……いや、いいわけないじゃん。やっぱ無理ーっ! どうすんのよ?」

 自分に向かって駄目を出す。解決策なんて思いもつかない。結局、ラグに転がったまま、考えあぐねてごろりと仰向けになる。

「これでよかった……のかな?」

 けんかをしたかったわけじゃない。本当はちゃんと励ましてあげたかった。

 元気になって帰ってくるのを待ってるから。そう言ってあげたかったのに。

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