第11話 衆道でも女を抱ける

 変わらず土方の部屋で医学書を読み、山崎に指南してもらった針の基礎である、人体のツボを頭に叩き込んでいた。土方はそんな椿を横目でチラチラ見ては、いつ針を打たせろと言わらるかと戦々恐々としていた。


「土方さん、なにか?」

「何でもねえよ」


 そんなやり取りが何度か行われた時、ある隊士が稽古中に怪我をしたと椿を呼びに来た。怪我の程度が分からなかったので、そのまま動かさないように指示を出し、すぐに行くと伝えた。


 往診道具を手に椿は道場に向かった。道場についた椿は、怪我人らしき人が見当たらないことを疑問に思った。


ーー道場ではなかったのかしら。


 稽古が終わったのか、一般隊士たちが雑巾かけをしている最中であった。すると、後ろから隊士が声をかけてきた。椿の知らない隊士だった。


「椿さん、すみません。組長の部屋に運ばれたようで、行っていただけますか」

「組長の部屋に、ですか」

「こちらです」


 どの組かと聞こうとしたら、その隊士は足早に行ってしまう。椿は置いていかれないように隊士の後を追った。


「こちらです。では後を宜しくお願いします」


 そう言い残し、逃げるように行ってしまった。


「え、ちょっと……」


 椿は来たことのない部屋の前に立っていた。なにを隠そう椿が我が物顔で歩ける場所は限られていた。離れた場所にあるこの部屋が、どの組の組長の部屋なのかまで分からない。専ら椿は土方に親しい幹部としか、話したことがなかったのだ。


「なんだか、嫌な予感がする。でも私は医者なのだから患者を選んではいけない。よし! 行こう」


 気を取り直して障子を開けた。


「失礼します。お怪我された方はこちらですか」

「ああ、椿くん。来てくれたのだね」

「ああっ!」


 そこに居たのは椿が会いたくない人物、武田観柳斎その人だった。よりによって武田の部屋に運ばれたたは。椿の額に妙な汗が浮かんだ。


「おや。君は女子おなごだったのか」


 一瞬、武田は顔を強張らせたが、すぐに気を取り戻す。


「はい、仕事がしやすいように男のような恰好をしておりました。あらぬ誤解も招きかねませんので、屯所内では女の恰好に戻したのです」


 武田は椿の言葉にぴくりと眉を上げる。


「あらぬ誤解とは、何かな」

「えっ、あ……その」


 これではまるで武田が何かを誤解したと言っているようなものではないか。椿は咄嗟に話を変える。


「あの、怪我人の治療をさせてください」

「ああ……怪我人はいませんよ」

「いない、のですか」

「敢えて言うなら病人、ですかね。近ごろ調子がイマイチなのですよ」


 武田は不敵な笑みを顔に浮かべ、椿のすぐ前に進み出て座った。武田は着物の上をはだけさせると、早く診察をしろと言う。


ーー大丈夫。この人は、女の人は好かないのだから!


 顔色や脈、喉の奥、まぶたの奥も覗くが異常はどこにも見当たらない。熱も無さそうだ。


「異常は見当たりませんでした」

「そんな訳はありません。ほら胸の音を聴いてみてください。こんなに激しい音がしているではありませんか」

「胸の音、ですか……」


 胸の音を聴くにはどうしたらよいのか。まだ日本には肺や心臓の音を聴く道具がない。だからこの時代の医者は脈から憶測を立てている。


「ほら」と、武田はにじり寄り椿の手を取り自分の胸に押し当てた。いきなりの事に椿は体を硬直させた。武田はそんな椿を上から見下ろしして不気味な笑みを浮かべた。


「私の心臓の音はどうです? 速いですか? ふふふ」

「あのっ!」

「貴女は何か勘違いをしているようだ。私を衆道だと思っているのでしょう?」

「違うのですか」

「ははは。仮にそれが本当だもしても、女を抱けないわけではない。そちらの機能はしっかりとしています」


 椿はまさかと思い手を引こうと足掻いた。しかし、武田が掴んだ手首には強い力が込められ、放してはもらえない。


「あの日の男の君を思い出しながら、今日は仕方なく女の君を抱くよ」

「なぜそのようなことを」

「なぜとは? 君は本当にめでたいな。昨日今日のただの医者が、しかも女の医者だと! 局長や副長から可愛がられ守らる。私はそれが許せないんだよ! いつもヘラヘラと笑い媚を売りまくる君に、私がどれ程苦労して局長を持ち上げているなど知らないだろ! 私こそがこの新選組に相応しい。私がこの新選組の舵を取るべく人間なんだよ!」


ーーこの人、おかしい! 私はたんなる医者であって、新選組をどうこうしようなどとは思っていないのに!


 武田は椿の腕を取り素早く組み敷いた。椿がどんなに足掻いても抜けられない。やはりその辺の男とは違うのだと思い知らされる。組長にまでなる男なのだ。そして、女である椿にはどうにもその力には勝てない。


「い、やっ」


 椿が声を上げようとすると、武田が布で口元を押さえた。焦って息を吸うと、甘い香りが鼻を抜けるた。唯一、自由な足で床を蹴って抵抗するが、殆ど意味をなさない。武田の気持ちの悪い薄ら笑いが、椿の顔にどんどん近づいてくる。


「んー、んーっ」


ーー嫌だ、嫌だ。こんな気持ちの悪い男になど抱かれたくない!


「諦めが悪いね、君が悪いんだよ。大人しくしていればよかったのに。悪く思わないでくれ」


 だんだん意識が朦朧としてきた。先ほど鼻をついた甘い香りが脳を支配し始めたようだ。椿は遠のく意識の中で察する。薬を嗅がされたのだと。しかし、なんの薬なのかを考える思考はもう無かった。


ーー熱い! 体が……熱いっ!


「あっ、はぁ、はぁ」

「おや、もう効き始めましたか。早いですね。なるほど、君は生娘きむすめだったのですね。ほう……それはそれは」


 口角を歪めた武田は、椿を部屋の奥へ引きずり込むと、手早く帯を緩めて胸元を掻き広げた。椿の着物をある程度くつろげると、手探りで腰紐を解く。


「ゃ、やめっ、て……」

「ふふふ。体はこの先を望んでいるようですよ。ほら」

「は、んっ」


 武田が椿の胸を襦袢の上から軽く掴む。椿の過剰な反応に衆道とは言え、興奮を覚え始める。その脳裏に少年の姿をした椿を思いながら。武田は椿の腰紐を次々と解き、裾避すそよけに手を掛ける。それを捲れば白く滑らかな女の太腿が現れた。武田は柔らかなその肌を人差し指で撫でた。


「あうっ、イヤっ。嫌です」

「ふははは! 明日の朝目覚めた時の君の顔が楽しみだよ。新選組は私がいただく!」


 武田は椿の着物の裾をたくし上げた。そして、自身の腰紐を緩めながら女の脚を大きく開く。所詮は衆道、女の体を愛でるという考えはないようだ。武田は椿を着衣のまま手籠めにしてしまおうというのか。


「さあ、悦びなさい」



 その時。


「くっ、うっ」


 ばたりと音をたてて、武田が倒れた。薄暗い部屋に忍び寄る影が、椿から武田を乱暴に引き剥がす。そして椿であることを確かめると力強く掻き抱いた。


ーー椿さん!


 山崎であった。

 山崎は島田とは別に武田の動きに目を光らせていたのだ。

 武田はといえば、まだ気を失っている。山崎が武田の首元に鈍器を投げつけ、それが見事に命中したのだ。


「おい! 大丈夫か!」


 外から土方の声がした。土方も妙な胸騒ぎを覚えていたのか、稽古で怪我をしたという人物を探していたのだ。何故ならば、土方の部屋に椿を呼びに来たのは五番組の隊士。五番組はその日、稽古の届け出をしていなかったのだ。


 山崎は素早く椿の乱れた着物を整えた。直後、土方と島田が入ってくる。土方は椿の姿を確認し、そのあと倒れた武田に目をやった。


「島田、こいつが逃げねえようにぶち込んでおけ!」

「御意!」


 島田は武田を軽々と担いで出ていった。


「山崎。椿は」

「気絶していますが、命に問題はありません」

「そうか」


 土方は山崎に椿を頼むと言い残し出ていった。武田の取調べを始めるのだろう。


 皆が出たのを確認して、山崎は椿を抱き上げ静かにその部屋をあとにした。

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