第14話 「隠し部屋」

ロイは父親であるストンに必殺技をお見舞いした後、隠し扉から壁の内側に隠れていた。


「これでパパもわからないでしょ」


ロイは自分で考えた完璧な作戦に満足する。


今も壁の外で自分を探している父親の様子を隠し扉の隙間から伺ってるが、正直ニヤニヤが止まらない。やっと父親を出し抜けたのだから。


普段、父親はレッドサーカス団の団長という重要なお仕事に就いているので、あまり父親と会う機会がなかった。そのためいつも母親かジムススと一緒にいるのだが、


正直、父親と遊びたい衝動に駆られる。


ジムススは優しいがすぐに疲れたと言って遊んでくれないし、母親は長い間一緒にいるからちょっと飽きた。


いつも舞台の上で観客を魅了するカッコイイ父親と遊ぶ時が最もロイにとっては至福の時間だった。


そして、今日いつもお仕事帰りならすぐに自室に籠ってしまう父親が珍しくも鬼ごっこに乗ってくれた。何もない休日なら相手をしてくれるのだが、いつもすぐ鬼ごっこをすると捕まえられてしまうので、毎回魔法を教えてくれるライラ先生にコツを聞いて万全の状態にしている。


必殺技が効いた...。


ロイはライラ先生のあの真ん丸な顔を思い浮かべ、感謝をする。


先生 やっとパパを騙せたよ ありがとう!


ロイはもう十分に満足したので父親の元へ飛び出し、種明かしをして驚かそうと考えたのだが、


隙間から父親をこっそりと覗いていると、目が合ってしまった。


あっ! やばいっ! 気づかれてる!?


ロイは慌てて飛び出すのを止め、隠し扉のなかの通路の奥へと進んでいく。


驚かすのはパパが僕を見失ってからだ! 作戦のやり直しっと!


真っ暗な壁の中の細い通路をなるべく音を立てないように気をつけ、ロイは父親から距離を取るべく手探りで直進した。


ここまでくれば大丈夫か。


通路の端まで到達したロイは、息を整え耳を澄ました。


パパは来てな.....る!?


カツン、カツンと少しずつだがゆっくりと確実にロイのいる方へ歩いてくる足音がこの狭い通路のロイが通ってきた方からしてきた。


やばい このままじゃまた捕まっちゃう!


焦るロイだが、この通路は残念ながら一方通行でここは行き止まりだった。


考えろ! ロイ! 冷静になるんだ!


小さい頭をフル回転させ、ここから脱出できる方法を考え始める。ライラ先生からはピンチの時ほど冷静になって物事に対処しろと教わっているのだ。それを活かすならば今が絶好のタイミングだ。


真っ暗な中、ロイはこの狭い通路に何かないかとあちこち手の届く範囲をひたすら触りまくった。


すると、行き止まりだと思っていた壁の端っこに何か凹凸のような感触がある。


これは!?


ロイはその凹凸を手で掴み、形を確認してから引っ張ったり、スライドさせたりしてみた。


動かない。


引いてダメなら押してみる!


ガチャンっ!  


ロイがその凹凸を押すと、壁に僅かな振動が走り、奥へと開きだした。真っ暗だった狭い通路に開きだした壁の奥から光が差し込む。


何ここ?


突然現れた埃まみれの小さな部屋に驚きながらも、ロイは鬼ごっこの事などとうに忘れ、興味本位で中へと入った。


そして、そこにあったのは小さな部屋にぎっちりと敷き詰められた本棚だった。


ここはパパのお部屋? でもなんか見たことない....


自分の家の中でもまだ行ったことのない部屋は沢山ある。だが、別に全て制覇する気はなかった。


面白くないし。


だが、この部屋は違う。自分だけの秘密基地だ。


ワクワクが止まらないロイは、本棚にある本のタイトルを端から見てみることにした。


....全然意味がわからない。難しい本ばかり。


宝の地図でもあるかなと期待していたロイだったが、本棚にある本はどれもまだロイが読むことのできないタイトルのものや難しい学術書ばかりだった。


内心少しがっかりしたが一つだけロイでも見たことのあった本があった。


『魔王と勇者の物語』


少し前まで、母親と父親に寝るときに読んでもらっていた絵本だった。内容は母親のような亜人と呼ばれる種族を支配した魔王が人間を襲い始め、全ての人間が魔王にやられそうになった頃、召喚された勇者が魔王たちをやっつけるというものだ。


この物語はロイの中でも特に印象深かった物語だ。内容そのものはシンプルなのだが、母親と父親とで全く読み方が違ったためなんか記憶に残ってしまったのだ。


母親が読むと、勇者が魔王をやっつけるシーンはとても迫力があり、また聞いていて気持ちが良かった。それに対して父親が読むと、魔王がやられるシーンは悲惨で悲しく、聞いているとモヤモヤして気持ちが良く無かった。


ほぼ父親の所為で記憶に残っているのかもしれない...。


そんな本を見つけたロイはこの本の山の中で自分が知ってる本があったことに喜びを感じ、何気なく読んでみようと足を伸ばして本に触れた。


その時だった。


本に触れた途端、空中に光り輝く文字が出現し、


『ヴィラフィールド家、血筋照合中......解......照合完了、入室を許可します』


ロイが触れた本が置かれてあった本棚が動きだし、目の前に洞窟が現れた。ここからでは洞窟の中までを完全に見ることはできないが、洞窟内から吹き荒れる風が不気味さを醸し出している。


「なに...これ?」


明かり一つない闇に覆われた洞窟はまるで来る者に挑戦状を叩きつけるように不気味に居座っている。ずっと見ているとなんだか自然と体が吸い込まれ、かたや動いてしまうと闇の中へと飲み込まれてしまいそうだ。ロイは必死に動かぬまいとその場から微動だにしないようにするが、自分の心の中で洞窟内に入ってみたいという好奇心が渦巻き始める。


「...怖い...怖いよ」


気づけばロイの足は震えていた。ただの洞窟だというのにどうしてこれほどまでに恐怖を感じてしまうのだろう。


「パパ....」


思わず、自分を追いかけているはずの父親を呼んでしまった。もう鬼ごっこなどどうでもいい。







「ここにおられましたか....ロイ様」


聞き慣れた声が後ろから聞こえ、振り返ってみると、そこにはメイド長のユニティの姿があった。


「爺!」


ロイは恐怖から解放され、唯一の救いのように思えたユニティの足に抱きついた。


「おやおや 元気ではありませんか.... もしやと思って念の為にこの場所に来てみましたがどうやら正解のようでしたね」


「爺! あそこ何? 怖いよ」


「ロイ様にはまだ早いですな... あそこに入るには恐怖を克服し、お父様のお許しがでるまでは入ってはなりませんぞ」


「なんで? こんな場所が家にあるなんて...嫌だよ」


「そうですか? いずれはロイ様もあそこに行くことになるのですよ?」


「い・や・だ!」


「そうですね... まだ知るべきではありません.... <記憶消去デリートメモリーズ>」


ユニティがロイの頭に優しくそっと手を翳すと青白い光が現れ、ロイが眠りについた。


「ロイ様、今日の楽しい鬼ごっこの記憶も消えてしまうのをお許し下さい。全ては今後のためでございます」


スヤスヤと眠るロイの体を両手で担ぎ上げ、ユニティが部屋を出ようとした時、


この家の主人が息子を探しにこの部屋に入ってきた。


「ご主人様! どうやら今回は私が先にロイ様を捕まえてしまったようですね」


「お...お!? そのようだな....で....なんでロイは寝ている?」


「それはロイ様がまたこの隠し部屋に入って地下へと続く扉を開けてしまったからで御座います」


「隠し部屋....か....なるほど」


「はい そろそろ暗号も変えた方がいいと思われますが如何致しますか?」


「...それはロイに見られないようにするためか?」


「左様でございます。もうロイ様はこれで三度目ですぞ、この扉を開けてしまったのは。ヴィラフィールド家の皆様でしたら自動で開けることができるものの、絵本を鍵にするとさすがにロイ様にはバレてしまいます。毎回記憶を消去するのも可哀想ですし」


「そうだな... では後でもっと良い方法を考えてくれるか? だが、俺でも開けられる程度のものだがな」


「畏まりました。ご主人様でしたらどんなに頑丈にしても意味が無いかもしれませんが、善処致します」


「ああ...そうだユニティ 俺はどのくらいの頻度で地下に行ってたかわかるか? ちょっと最近、疲れのせいか記憶が曖昧でな...」


「お疲れですか! ではすぐに対処致しますので、まずはマッサージルームに--」

「ユニティ!」


「はい 失礼致しました。ご主人様の体調にも気づけなかったのは執事として失格です! 申し訳ありません!」


「ユニティ それは....いいのだ。お前たちの所為ではない」


「左様でしょうか? ですが---」

「ユニティ 何度言わせる」


「はっ! 申し訳ございません! ご主人様は週に一度のペースで地下に赴いていておりました。」


「なるほど... わかった ありがとう」


「はっ 勿体なきお言葉...」


「ロイは俺が預かる。あとは任せたぞ?」


「承知致しました。お任せ下さい」


ユニティからロイを引き取った主人は強者のオーラを放ちながら、隠し部屋を後にした。


「ふー。 流石はご主人様。 いつもと雰囲気が少々違うと感じましたが、あのオーラはやはり本物ですね。 毎度圧倒されてしまいます」


顔を手で叩き、気合を入れ直したユニティは開かれた扉を閉じ、自分の持ち場へと帰った。


忠誠を尽くす主人に完璧な対応ができるように。


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