第6話 「観客以上の観客です」

俺は自分の出番をなんとか終わらせると、ビクビクしながら舞台裏へと戻った。


観客の声援で忘れかけていたが、俺とファルカは舞台の壁を破壊したのだ。確かに効果はあった。だが、仕事場のセットを壊したとなるとこれは非常に不味い。


新人社会人としての浅い知識でも分かる。これは始末書どころでは済まされないだろう。


俺はどうやらストン・ヴィラフィールドで、団長のポジションにいるらしい。ということは事実上このサーカス団のトップだろう。だからと言って済む話ではない。会社でも社長の上には会長がいる。このサーカス団にもオーナーみたいな存在がいることだろう。


ああ....怒られたくないな....


例えそんな存在がいなかったとしても、団員達に迷惑をかけて嫌われたくはない。特に嫌な上司という者は最悪の存在だからだ。


俺が舞台裏に現れるとまだ次の舞台が回ってきていない待機組の団員達がゾロゾロと俺の方へと近寄ってきた。


先手必勝!こちらから先に謝ろう!


「さっきはすまな-----」

「ストン様!! 流石です!」



「いやー 今日の公演には特に力を入れているなと皆感じてはいましたが、まさかここまでとは!」


??


「ウィトリック!! あんた我先にストン様のところに行かないでくれない!! あっ ストン様! 久しぶりのファルカちゃん最高ですっ!」


???


「そうですよ! 特にあの壁を壊して登場するなんて誰も思いつきませんでしたからね! さすがストン様の相棒ですよっ 私たちも頑張らないとっ!」


???? 壁壊したけど...俺


「ああ...その壁の方は大丈夫か?」


俺はさすがに聞いていられなくなったので、墓穴を掘る覚悟で団員達に聞いてみた。


「ええ 大丈夫ですよ そんなことをストン様が気にする必要などございません! あんなものすぐに直せますよ 土系魔法でも瞬時に応急的には直せますしねっ」


「そ...そうなのか なら良かった」


「そうです そうです あっ! まさかストン様! 壁にまで心配を! なんてお優しい方だ...」


「いや...そういうこ----」

「ストン様! 私たちもストン様の優しさに甘んじることなく今回の公演をより良いものにさせてみせますっ!!」


「ああ...期待しているぞ...」


「「はいっ!」」


そう言うと集まってきた団員達の最前列で俺に話しかけてきた二人の男女は俺にお辞儀をすると自分の持ち場らしきところへと帰って行った。


あの二人は人間かな...


「なんか大丈夫なみたいだな...ファルカ」


「ピピピピー!」


ファルカの電子音は俺には自慢気に応答しているように感じた。


少しどころか相当肩の荷が降りたので、俺は取り敢えず他の団員の舞台を舞台裏から観察することにした。


勿論、団員の名前とパフォーマンスの確認をするためである。まあ好奇心もないわけではないが...


『続いてはあの森の番人エルフ達によるアクロバティックシューティングです!』


舞台側から司会の拡声された声が聞こえてきた。


うーーん。サーカスなのに司会がいるのか....なんかチーブ感が出る気がするが今は俺に説明をしてくれるからありがたい。


先ほど俺が出た時は何もなかった舞台であったが、今舞台裏から確認すると、そこには数本の木の柱とブランコが設置されており、柱には複数の的のような円盤が取り付けられていた。


あのブランコは...もしかして空中ブランコか?


やっとサーカスぽくなってきたじゃないか!


俺は団長のくせしておそらく今観客以上にこの公演を楽しんでいるだろう。異世界での娯楽を素直に楽しみだした俺よりも楽しんでいる者などこの世界に存在するだろうか?


そんなどうでも良い事を考えていると、緑色のマントを羽織り、手に弓を持った四人のエルフ達が舞台上に登場してきた。


先ほどただ登場した俺よりもあまり歓声はなかったが、それでも人気のコーナーだということはすぐにわかった。


四人のエルフ達は柱を器用に駆け上がり、各々の空中ブランコに足を掛けると逆さ吊りの状態で振り子のようにブラブラと揺らし始めたのだ。落ちたら人間なら即死の高さだろう。エルフは落ちたらどうなるのか分からないが、それでも息を飲んでしまいそうな高さを足だけでぶらさがっている光景にはドキドキする。


観客も俺と同じように固唾を吞んで四人を見守っているようだ。


というかさっきから観客の行動が手に取るように分かる。団長として観客の気持ちを汲み取る事は非常に大切な事だろうが、俺は今は団長というよりただの観客の気分でしかない。


空中ブランコを激しく揺らし始めたエルフ達は順に柱に設置された的目掛けて的確に弓矢を放っていく。


その妙技には圧倒される。観客席側からも「おーー!」という声が聞こえてきていた。


「すごいな...」


俺は思わず口に出してしまった。すると、どこから現れたのだろう俺の背後から聞いたことのある澄んだ声が聞こえてきた。


「エルフ達にとってあれは朝飯前ですよ。ダーリン」


ビックリして後ろを振り返るとそこにはレイがいた。


謎の貴賓室みたいな部屋で最初に会ったレイであるが、今目の前にいるレイはまるで宝石であるかのように光り輝く美しさを放っている。


レイも俺同様に着替えをしたらしい。


俺の赤い衣装に合わせたのかレイも赤を基調としたドレスを着ており、ところどころに散りばめられた光り輝くダイヤのような色取り取りの石が美しさを際立たせていた。


「きれいだな...」


なんの意図もなく、素直に感想が口から溢れる。


「!?ダーリン! ...ありがとうございます なんか照れますっ」


頰を赤くしたレイに自分はなんて臭いセリフを言ってしまったのかと顔から火が出そうになった。


「とっ ところでどうしたんだ? 急にこんなところに来て」


咄嗟に濁そうと思ったのだが、なんかめっちゃ「ところ」を連発してしまった。


「この後私が舞台に出る前に一度ロイをジムススに預けたことをダーリンに報告しようと思いまして...」


「おお そうなのか わかった」


「はい! では行って参りますっ」


「おお 頑張ってな」


「....」


??


どうした?レイ? なんで俺を黙ったまま見つめてくるんだ?


「ダーリン! 早くして下さい」


「ん? 何がだ?」


頰を膨らませたレイが俺の右肩に両手を置き、少しだけ翼をはためかせた。そしてほんの僅かだが宙に浮いたレイが俺の顔の高さまで上昇すると顔を近づけてきた。


!?


俺の右頬に柔らかく冷たい感触があった。


おい! ちょっと待て え? ちょっと待て


「意地悪はよくありませんよっ」


俺にウィンクをしたレイは手を振り、舞台の出入り口の方へ向かっていった。


「.....」


「クウィーン!ピピピピ!」


「ファルカ....今は止めて....」









『それでは皆様、続いてはお待ちかねのレイ・ヴィラフィールドによる演舞になりますっ!』


「ヴィラフィールドーーーー!」

「ヴィラフィールドーーーー!」

「ヴィラフィールドーーーー!」

「ヴィラフィールドーーーー!」




!!


やっぱりレイは俺の奥さんだったのか......!!!


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