第2話

結局その日は何も頭に入ってこなかった。

おまけに家に連絡が入っていたようで、家に帰るなりお母さんからの雷が落ちた。


「なんでみんなのできる簡単なことができないの」

「杉本さん家の子は優秀なんですって?」

「あの子もかわいそうね。翔みたいな子といるせいで、、、」


こうなったお母さんの小言は止まらない。

だからただそれを聞いていることしかできない。

そっとうなづいて、黙って聞いていることしかできない。

僕が子供ながらにそれを覚えたのはこのお母さんの性格ゆえだ。


大人が怒っているときは無駄に反抗せず、かといって黙り込まず、

ただその話を聞いている。

子供なりに、心を殺すことを学んだ。

この親のおかげで。

別に両親のことが嫌いなわけではない。

けれど、こうも僕の頑張りも努力も何もかも否定される瞬間はどうしても嫌いだ。

まるで僕が何もやっていないかのように言われるのは癪に障る。

でも何も言わないし何も言えないのだ。

自分でも周りよりも実力が劣っていることも自覚していたから。

小学校の頃は自分の成績を順位づけられることもなかったから自分がどのレベルの人間なのか、ということがわかってなかったのだけれど。

頑張って頑張って、頑張りきれなくなったのに、はいりきらないのに、

無理やりさらに押し込んでまで、頑張ったのに、

「出来て当たり前」で終わらされて、じゃぁ次はこれね、って、いわれる。

そんなのおかしいと。

こんなのおかしいと。

甘えてなんかいないんだと。

そう言っていた自分が、思っていた自分がバカらしくなるほどに、

目の前に著された現実はもっと残酷なものだった。

中学に入って力の差というのは、はっきり分かるようになった。

定期テストに順位づけというものができたからだ。

それによって、自分が学年の中で何番くらいの人間なのかというのが、

はっきりと数字で示されるようになった。

その頃からだ。

自分が子供の頃から何一つ成長していないということに気が付いたのは。

なんで、こんなあたりまえのことすらできないんだろ、って、なんか、

もう、自分の方に腹がったってきて、自分に嫌気さして、

だからだろう。

なんでも思い通りになる。

自分が主役になれる夢の世界に浸っているのは。

、、そんなことはわかっている。

そんなこともしていても、結局何も成長しないということもわかっている。

それでも、否定しかされない。

力の差を見せつけられて絶望をして、紙一枚で立場を見せつけられる世界よりも

平和で、みんなが自分の存在を求めてくれる自分で作り上げた世界。

夢の中という世界。

その世界に浸ってしまうのも仕方ないことなのではないだろうか。



そんなことを考えながらベッドに入る。

またここで目をつぶれば僕だけの世界に行けるのだ。

僕のこの存在を認めてもらえる世界に。

そんなことを考えて僕は目をつぶった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「グオオオオオオオ!!!!!!!!」


少しばかりの時間がたった頃のこと。

不意に聞こえた大きな咆哮にゆっくりと目を開ける。

その鳴き声のもと。

それは、目の前で赤い瞳を爛々と光らせ大きな翼を広げて飛び立ったドラゴンだ。

あぁ、いつもの夢か。

僕の夢はここ最近、、といってももう半年くらいなのだけれど。

この世界で過ごしている自分の夢を見ている。

スタート地点はいつも違うが、今回は前回の夢と同じみたいだ。

まぁ、前回といっても昨日のことなんだけれど。

ドラゴン倒し損ねた昨日の夢の続きとしてはまぁ妥当なスタート地点だろう。

まぁいつも通りの夢の世界だ。

好きなだけ満喫しよう。

そう思うと同時に不思議な感覚に襲われる。

何かが違う、そんな違和感に。

その違和感の正体がなんなのかはよくわからなかったが、明らかに何かがおかしいということだけはなんとなく感じた。

まぁ今はそんなことはどうでもいい。

今は、この誰にも縛られない自分だけの世界に浸っていよう。

今だけは、僕がこの世界の主人公なのだから。

少しぼやけた視界を治すため目を擦る。

腰にぶら下がっている縦笛を手に握る。

この縦笛、正式名称をソプラノリコーダー。

だけど、まぁ、正式名称で言うとこの上なくダサく、このtheファンタジーな世界観を思いきり崩すので縦笛、ということにしようと思う。

僕が、唄口に口をあてそっと優しく息を吹きかければ、綺麗なソプラノの音が壮大なこの大地にこだまする。

この世界は僕の生み出した夢の中の世界であり舞台となってるのは剣と魔法の多種族の住む場所、、いわゆる王道ファンタジーの世界観だ。

夢の中でだけの世界。

住んでいる住人たちも、魔物たちも、何もかも生み出した創世神は僕なのだから。

それでも、だ。

たとえここにいる者たちが僕が作り出した虚像の人物たちだったとしても、だ。

夢の中という物語の中だったとしても、だ。

僕が勝ちと言えば勝ち、負けと言えば負け、なろうと思えば僕は王様にも神にもなれる、そんな作られたまがい物の世界だったとしても、だ。

ここなら誰にも自分の存在を否定されることはない。

それだけでいい。

夢とわかっていても、僕の中でこの世界は本物だった。




首都 ランデルム。

喧騒と嗜好と正義感の強い国民性のこの都は、四方を山に囲まれる盆地に、中心に王都と呼ばれるレンファーレを兼ね備えたそれなりに大きく豊かな国だ。

レンファーレは花のレンファーレから取られており、その花言葉の通り王都である中心部に住む人間は皆美男美女が多く優雅な人間が多い。

王城の傍にもっとも古い外壁が、半ば崩れかけの状態で放置状態で建てられており、その周りを取り囲むように大通りが貫く。

僕が今いる位置から少し離れた場所にある峠の開けた場所で、馬車を使った物売りたちは立往生をしていて、馬たちを遊牧させてる者たちからお互いに餌などを分けてもらったりしながら世間話に花を咲かせている。

首都を真下に見下ろす時間を持てるほど心の余裕がもう何度かここにきている僕には出来ていた。

普通なら、山道で呑気に景色を楽しむほどの余裕は、他所からここに来た旅人達には与えられない。

否、そんなものがあるないの思考をする時間さえないだろう。

僕のいる位置の背後に広がる山の中では、昼夜関係なく魔物に襲われる危険が高く、魔物以外でも山賊や野盗の類が多く出没した。

旅人は、基本的には移動に馬車を用意し、それも複数人での行動を基本としたパーティと呼ばれる旅人の集団の中には、大体一人は戦闘ができるやつを連れておくのが当たり前だ。

出なければ山賊などからすれば大量の他国の物資を積んでいる旅人の集団など格好の獲物だし、いい匂いを振りまいている大人数のパーティーなど食人を基本とする魔物達からすればそんなパーティーなど格好の餌だろう。

一応貨物列車のような鉄道もあるが、武装をしているメンバーはもはや必然だ。

大集団の移動でなければ、この世界は危険過ぎる。


だからだろう。

【一人でも何事もなく森を抜け生きていた】

そんな僕のことはよほどこの国の中では珍しい存在だ。

まぁ生きて出てこれるなんて当たり前の話なんだけどね。

僕が作った世界なんだから。

だからこそ、僕の名前はこの世界ではそれなりに知られている。


「カケルくんじゃん!!

あっ、俺今からレンファーレの方に行くんだけどカケルくんも行く?

よかったら馬車乗せてくよ?」

「カケルさん、、!お久しぶりです!」


不意に後ろから声をかけられてそちらを振り返る。

そこにいたのはそれなりに鍛えられた程よく体格のいい屈強な男性と白い肌が光に反射しさらに白く見える細身の優しそうな男性だ。

彼らの名前は、屈強な方をハンズ、細身な方をフェイという。

二人とも僕が初めてこの世界に来た時。

僕がこの世界のことをまだ何も理解していなかった時に僕を拾ってくれたもの達だ。

この世界を僕が作り上げたこと、僕の夢の中であるということを唯一知っているのもこの二人だけである。

ハンズは荒くれ共を束ね上げる程度には腕も立ち、才覚もある。

応急騎士団に所属している文武両道のまさに天才といっても過言ではないこの百戦錬磨の屈強な男は、助手席の荷物をどかしながらフェイに僕を案内するように告げている。

一見その冷ややかな目線は怖い印象を与えるが、その顔は僕とフェイの前では破顔し優しい笑顔になる。

何故なのかは知らないがハンズは僕のことを弟のように思ってくれているらしく、僕も彼のことは兄として慕っている。


「カケルさんこっちだよ」


筋肉の塊のようなハンズと比べ、フェイと名乗る優男は少しばかり弱く見える。

透き通るほど白い肌に、鍛えているのに細身の体。

その上背が高いとくればもうそれは弱そうに見えるが仕方のないことだろう。

だがこの男見た目に反して超エリートである。

ハンズと同じく王宮の騎士団所属であり味方の中でも脅威とされる頭脳と戦闘力を持ちその上半端なく毒舌で腹黒い。

まぁこちらもまた僕の前では優しい青年に早変わりするのだが。

何故だか知らないが、僕は彼ら二人に気に入られているらしい。

身なりは両者ともに軽装だが武器の類は多数を所持している。

ハンズは斜めに背負った大剣と、腰にはショートソードを下げ、銃器も携帯している。大剣は大型の魔獣相手だとそれでしか傷を与えられず、ショートソードは主に対人戦闘、銃器は速度のある魔物にと、それぞれで用途が違う。

スピードのある魔獣だと、接近されることはそのまま死を意味する。

魔獣は人間が対処出来る範囲を超えた敵だ。正確な射撃の腕が要求された。

そこで銃器を多く所持しているのがフェイだ。

射撃の腕は王宮騎士団の中でも群を抜いているフェイが射撃担当。

それ以外の大剣などによる攻撃の担当がハンズ。

つまり近距離のハンズと遠距離のフェイ、、この二人はこんな風にバランスが取れたコンビなのである。


用意された助手席に座り息をつく。

先ほどからしつこいくらいにこの国の創世神が自分であるということを主張しているが最近そのことを忘れるくらいにこの国に自分は溶け込んでいる。

まるでもともとこの世界の住人だったかのように。

夢と現実がごちゃごちゃになるくらいに、だ。

なんて考え事をしているときのこと。


「カケルさん、」


後ろに座っていたフェイにふいに掛けられた声に、振り返る。

白髪を雑にセットしたものの綺麗にさらさらと輝く彼の髪が揺れる。

少し不安げな表情を浮かべて僕を見ていたフェイにどうしたのだと問う。


「やっぱり俺が助手席の方が良かったかなって、、、ほら何かあった時に後ろだと守りにくいし、、、」

「ハンズ兄さんがここに座るように言ったんだ、、だから大丈夫だってw」


心配しすぎだよ、それに僕だって戦える。

なんて笑いかえすも不安そうな表情はフェイから消えない。

それどころか少し呆れてような声で

「ハンズはバカだから、、、」なんて言い始める始末だ。

当然それをハンズが聞き逃すわけもなく、、、。

「おいこら!フェイ誰がバカだって、!?」

「前見て運転しろ脳筋ハンズ」

なんて言い合いが始まってしまった。

言い合っている二人をなんとかなだめればやっと落ち着いた車内で王都の外側の街。

レンファーレ へとむかう。




「でも本当に気をつけてねカケルさん」

「うん、解かってる。大丈夫だから、、、どうせ夢だし」

「、、、そうだね」




そうだ。

どうせ怪我しても死んでも夢の中だ。

何回だってやり直せる。

だから何をそんなに心配することがあるのだ、と。

いつもと様子が少しおかしいフェイの様子に疑問を抱きながらも心地よい揺れを感じながら、王都である豊かで優雅な街レンファーレ へと向かうのであった。










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