いってきます

「いってきます」


 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日で目を覚まし、オレは学校へと向かった。

 ひさしぶりに乗る自転車はパンクしていて、漕ぐのも一苦労だった。


「みんな、ひさしぶり」


 教室に入ってクラスの連中に挨拶をする。一様にポカンと口を開けていた。

 それから。生活指導の教員に掴まり滾々と説教をくらい、結局午前の授業は休むことになってしまった。

 どうやら留年は免れないらしい。

 だったら無駄に説教なんか垂れるなよ、とか思いながらクラスに戻り、ふつうに午後の授業を受けた。


「よっ」


 放課後、杉原せんぱいに絡まれた。


「渡来さんのとこ、いくだろ?」

「ああ」


 オレは杉原せんぱいと一緒に自転車で病院へと向かった。


「パンクしてるんで杉原せんぱいのバイクに乗せてくれませんかね?」

「校則により下校バイクはNG。あとせんぱいはやっぱりナシの方向で頼む」

「りょーかい」

「なあ、コウ」

「なに?」

「なんかあったか?」

「なにもないよ」


 杉原の前を走りながらオレはそう言った。


「強いて言うなら……昨日ユキと婚約したくらいかな」

「ちょっとまて」


 それから病院に着くまで杉原に散々問い詰められた。


「……ったく」


 杉原に小突かれてオレはユキの病室をノックする。


「はーい」


 ユキの返事をきいて、オレたちは中に入った。


 杉原とユキはふつうに話をしていた。

 というか、むしろ二人だけで十分話が盛り上がっていた。自分が除け者にされているような感じがしてふてくされていると、おもむろにユキがオレの作ったオルゴールを杉原にみせた。


「こんなのもらっちゃった」とユキが幸せそうな顔で笑った瞬間、突然杉原が病室を飛び出していった。

『悔しいので先に帰る』というメッセージがケータイに飛んできたので『またあした』と返した。


 それから一時間くらい二人で話していると看護師がきたのでオレも家に帰った。

 ユキはミュージアムにいたときよりも元気そうだった。きっとあのときユキの父親はわかりにくい冗談を言ったのだろうと思った。


 声もちゃんと出ているし、水泡もたまに浮いていくくらいになっているし、きっとまだまだユキは大丈夫だろうと思えた。


 今まで飲んでいたクスリが効かなくなっているなんて――これからどんどん意識を保っていられる時間が短くなっていくなんて――あと一か月の命だなんて――全部、ウソみたいだった。

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