プロローグが見当たらない

相田 渚

プロローグが始まらない

第1話

20歳。

飲酒解禁、煙草も吸えれば、ローンだって組める。

大人として認められた年齢ということだ。

そう、大人になってしまったのだ。


「どうしよ~!もう子供じゃなくなっちゃったよ~、未成年じゃなくなっちゃった~!」


つい先日こどもの日に20歳の誕生日を迎えたあかりは、わっとテーブルに突っ伏しながら泣き出した。

その衝撃にローテーブルからアルミ缶が床に落下し、軽い音を立てた。どうやら中身は灯に飲み干されていたようで、中身が床を汚すことはなかった。最も突っ伏したままの灯は空き缶の行方など見えてはいないけれども。

転がった空き缶の行方を見守っていたは灯の向かい側であぐらをかいて座っていた基晴もとはるだ。

立ち上がって空き缶を拾った基晴は、ついでにテーブルの上にある空き缶をまとめて流しに持って行った。


「20歳だよ?20年だよもう。私、それだけ待ってるのに、それなのにまだ出会えてないなんてっ。とうとう子供じゃなくなっちゃった」


流しから基晴が戻ってきたと足音に気付いた灯は顔をあげた。

再び向かい側に腰をおろした基晴が首を傾げた。


「この前必修授業で一緒のグループになったやつがいたとか話してただろ?それはどうなったんだ?」

「いい人だけど、いい人だけど違うの。しかも彼女いたしっ」

「図書館で声かけてきたってやつは?」

「ただのナンパだった…」

「バイト先に新しい人がきたって」

「店長が変わっただけだった!」


質問を重ねれば重ねるほど墓穴を掘るようである。

そう思った基晴は黙り込み、手慰みにテーブルの上のつまみを片付け始めた。

どうせこの調子じゃもう何も食べないだろう。

灯用のお菓子数種類と自分用のチーズとジャーキー。チーズは残り一個なので口に放り込んで空になった袋をゴミ箱に捨てる。ジャーキーとお菓子はクリップでとめて戸棚に戻した。未開風のアルコール飲料も集めて冷蔵庫に片付けていく。

素面ならば一緒に片付ける灯も、アルコールでぼうっとしたまま基晴の様子を眺めた。


ひとつ年上の基晴とは幼稚園来の付き合いだ。

同い年ではないから、一緒のクラスになったことなどないが小中高となんだかんだ同じ学校に通っていた。

隣の家ではないが近所だったため、放課後や休日にお互いの家に行き来することも多々あった。

いわゆる幼馴染という関係に当てはまるのだろう。

基晴が大学生になって、さすがに近場の大学といえど付き合いがきれるかと思ったものの、かえって1人暮らしである彼のもとへ気軽に行けるようになった。

灯が基晴と同じ大学に通い始めて自由な時間が増えると更にその頻度は増し、比例して部屋に着替えやら食器やら灯の生活用品も増えていった。もはや第二の家と言っても過言でないほど自分に必要な物が揃えられている。

彼女が来たらまずいんじゃないかと思うが、基晴が何も言ってこないのでそのままの状態だ。基晴も基晴で、日ごろお菓子なんて食べもしないくせにお菓子を買ってきては棚を埋めたりしているのだから、少なくとも灯が来ることを嫌がってはいないのだろう。

そういえば、さっき食べたクッキーもおいしかった。

灯好みのさくさくでバターが濃厚なクッキーだった。

基晴は灯の嗜好をよく把握している。それだけ付き合いが長いってことかな、と過ごしてきた歳月を思い出してまたしゃくりあげる。

もう私20歳だ。

それなのに。


「わ、私の運命の人いったい、どこにいるのっ」


暫く静かになったと思っていたら、再び聞こえ始めたBGMに基晴はパタンと冷蔵庫を閉めた。

テーブルへ戻ってきた基晴は手に持っていたグラスを灯へ持たせた。


「とりあえず、水のんで今日はもう寝ろ」


まさか泣き上戸になるとは思わなかった、という顔をした基晴に気づくこともなく灯はぽろぽろと涙を流しながら言われるがままグラスを傾けた。

20歳になって初めて飲んだお酒のせいか、頭がまわらない。

ただ自分の運命の人が現れないまま大人になってしまった悲しさだけが鮮明だった。

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