もしも彼と同じ年なら【10】


──ドタン!

【ピーッ】


「3−Aのプッシング行為! 5つ目のファウルにつき、3−Cにフリースローの権限が与えられます!」


 ……おい、スポーツマンシップはどうなったよ。


 球技大会でバスケチームの私は決勝まで勝ち進んだ。

 しかし対戦相手の3−A…つまり間のクラスにマークされ、序盤からファウルの連続。

 私は先程思いっきり間に背中を押されて派手にずっこけた。そのついでにドリブルしていたボールに足を取られ、足を捻ってしまった。

 ツイてない。


 ズキリ、と鋭い痛みが左足に走ったが、ここで引くのは絶対に嫌だ。

 あいつに負けたくはない!


「田端、大丈夫か?」

「……大丈夫。平気」


 橘君が心配して声を掛けてくれたが、私は先程のヒロインちゃんと彼のことを思い出すともやもやしてしまって、彼の顔を見ずに返事をしてしまった。

 自分感じ悪いな…普通にしないと。


 よくわからないモヤモヤ気分を振り払い、審判に促されるままフリースローの位置に着いた。

 …絶対に二回ともシュートしてくれる…!


 間に睨みをくれてやり、私はバスケットゴールに向かってシュートを放った。





「只今のバスケットボール決勝戦、3−Cの勝利です。今年度バスケットボール優勝は3−C!」


 試合自体は五分五分だった。

 そこで向こうのファウルが積み重なり、こっちにフリースロー二回のチャンスがやって来た。そこで私が点数をとったことで優勝となったのだ。


 キャー! ワァアー! と歓声が聞こえる中で私はホッとした。

 これで負けたら私はきっと、後悔していただろう。

 間に一矢報えてよかった。


「田端」

「え?」


 背後から橘君に声を掛けられたかと思えば、ヒョイッと私の身体を持ち上げられた。


「……!?」

「さっきのファウルで足を痛めただろう。重心がずれてるし足を引きずっている」

「だだだ大丈夫! 私歩けるし、自分で保健室行くから!」

「暴れるな」


 こんな目立つ場所で姫抱っこなんてやめて。

 ていうか橘君さっきヒロインちゃん抱っこしたでしょ! …体重私のほうが重いってバレた!

 ヒロインちゃんの体重知らないけど絶対私より軽いもん!

 

「ちょちょ、ホント勘弁してよ橘君…」

「怪我を隠すお前が悪い」


 女子の嫉妬じみた視線をビシバシ感じながら私は運ばれていく。

 橘君はその視線にもどこ吹く風である。


「恥ずかしいぃ…死ぬよぉ……」


 顔がめっちゃ熱い。私はきっと首まで真っ赤になっているはずだ。

 そんな顔を彼に見られたくなくて橘君の肩に顔を埋めたけど、よくよく考えるとそれってめっちゃ恥ずかしい行動だったな。


 …しかし流石元剣道部。肩が逞しいなと思った。



 表彰式には参加したけど橘君におんぶされた状態で、バスケのキャプテンが表彰されているのを見守った。

 私は歩けると言ったんだけど、強制的にまた抱っこされそうになったので間を取っておんぶを提案したのだ。

 姫抱っこよりはマシだけどおんぶも恥ずかしいよ。


「田端先輩!」

「あ…本橋さん」

「あの、怪我大丈夫ですか?」


 おんぶされた状態でヒロインちゃんに声を掛けられ、私は橘君に降ろしてと声を掛けたが私の要望はシカトされた。

 この位置から話すのは少々失礼かもしれないがヒロインちゃんに笑顔を向ける。


「大丈夫。一応明日病院には行くけど…本橋さんは…平気?」

「私は軽度なんで! 私ドジだから捻挫が癖になってて」

「そっか」


 …そういえばヒロインちゃんは橘君を選んだんだよな…

 そうだとすると益々この姿勢まずいじゃないか。


「あのっ」

「はいっ」

「田端先輩、すっごく格好よかったです!」

「………あ、ありがとう…」

「それじゃお大事に!」


 ヒロインちゃんは頬を赤く染めて笑みを浮かべると軽く会釈して立ち去ってしまった。


 あれ? あれれ?

 ここにいる橘君もかなり活躍していたのに彼を差し置いて私に「格好いい」?

 これ照れ隠しなん? 私を通して橘君にメッセージを伝えた高度なコミュニケーションなわけ?

 いやでもそんなんじゃ伝わらないよ!?


「…橘君…」

「…なんだ」

「大丈夫だよ。試合で君が一番輝いてたと思うから」

「……は?」

「きっと本橋さんも君が格好いいと感じていたはずだ」

「………お前はたまによくわからないことを言うな。別に何も気にしてないぞ」


 橘君はクールにそう返したけど、男として美少女に注目されたいってもんじゃないか?

 実は結構悔しいと思っているのを隠しているのか? それが男の矜持だとでも言うのか?


「ホントホント。バスケ部でも十分通用する上手さだったよ! 私の幼馴染が対戦したがってたもん!」

「……帰るか」

「ねぇちょっと? 聞いてる? 私の声はあなたに届いていますか?」


 スルーされた。

 やっぱりいじけてるんじゃないか。

 ヒロインちゃんが私に格好いいって言ってきたのに嫉妬してるんでしょ!


「ねぇ本当だってば! 橘君が一番格好良かったって!」

「わかったから」

「もー本当にわかってんのかなー」


 私は橘君の背中に乗っているので今現在彼がどんな顔をしているかはわからない。

 でもきっといつも通りのクールな落ち着いた表情をしているのであろう。


「…耳赤いけど暑いの?」

「うるさい」

「…なんか最近私の扱いが雑な気がするんだけど…気のせいかな?」


 橘君の首に抱きついて彼の顔を覗き込もうとしたら顔を背けられてしまった。

 


 風の噂によるとあの決勝戦の後、私が保健室に行っている時にヒロインちゃんは間先輩を皆の前で卑怯者と詰り、きっぱりフッていたそうな。

 やっぱりゲームと流れが違うな。でも流されずに自分の意志できっぱりと言えるヒロインちゃん素敵だと思う。


 私はその日橘君におんぶされて家まで送られることになったんだけど、男の子におんぶされて帰ってきた私を見て母さんが「あやめに彼氏が出来た!」と興奮してしまった。

 父さんまで巻き込む事態になり、誤解を解くのが大変だった。




☆★☆



「…田端?」

「……あら橘君に…えぇと、サオリさん……」


 図書館で期末テスト勉強をしていたら意外な人と遭遇した。

 なんて奇遇なんだ。


 受験前最後の期末テストで本腰を入れようとしていた私だったが、後輩の沢渡君が泣きついてきた。

 私は受験生なんだよと、切り捨てることも出来たけど文化祭の時の恩があるため、一日だけ勉強を教えてあげることを約束したのだ。


 …なんだけど……彼は器用にも私の自信を打ち砕いてしまう。中間テストの二の舞じゃないですかー。

 どうしてわからないの? うちの高校入れたんだから、基礎は出来てるよね?


 まるでお通夜の様な雰囲気で私達は図書館の自習室で項垂れていた。


「橘パイセーン…」

「……沢渡、何だどうした。そんな情けない顔をして」

「俺進級できないかも〜」

「……沢渡、田端は受験生なんだぞ。勉強の邪魔をするんじゃない」


 橘君は私達の様子を見て状況を軽く判断したようだ。

 だけどこれは私がボランティアとして請け負ったことだから……いいんだよ…


「いいのいいの乗りかかった船だし……私が今までした努力ってなんだったのかな…」

「……田端、お前俺には『他人のことより自分のこと』って説教垂れたくせに自分は何をしてるんだ」

「だって文化祭の時の恩があるんだもん! 自分も復習に…復習になるかと思って…」


 私の言葉に橘君は呆れた顔をしていたが、沢渡君の隣の椅子を引くとそこに座った。


「…で、どこがわからないというんだ」

「……わからないところがわからないっす…」

「……高校一年からやり直したらどうだ?」

「見捨てないでパイセン!!」


 なんと私が乗りかかった船だというのに橘君は手助けをしてくれることになった。

 いいのかな、彼だってテスト勉強しにきたんだろうし…それに元カノさんを連れてきてるんだから…


「……ここ、座ってもいいかしら?」

「あっ、ハイ」


 元カノさんは私の隣の席について、静かに勉強を始めていたが、一瞬私に向けられた視線はとても鋭いものだった。

 ……私なんか嫌われてる?

 邪魔はしてないよ。何もしてないからね。ていうか他の席は空いていなかったの?


 目の前では橘君が沢渡君に一から勉強を教えているが、沢渡君が首を傾げてチョイチョイ説明途中で質問して全く先に進んでいない。

 段々橘君が苛つき始めたのに危機感を覚えた私は「休憩しよう」と提案した。



 沢渡君と自分の分のお弁当を作ってきたが、量多めに作ったので二人にもどうぞと勧めてみた。だけど元カノさんも橘君のためにお弁当を作ってきたらしい。なら私のは必要ないか。


 私は自分の作ったお弁当を食べていたのだが元カノさんは甲斐甲斐しく橘君のお世話をしていた。

 橘君たら『復縁をするつもりはない』と言っておきながら…やるなぁ。

 …なんか面白くないけど。これは妬みかな。

 受験前にすごい余裕ですねお二方。


 そうしたら二人の邪魔するのはまずいかな?

 私は元カノさんのお弁当を称賛する沢渡君に声を掛けてみた。


「沢渡君、午後は家にくる?」

「えっ! そ、そんなお付き合いもしてないのにアヤちゃん先輩のお家なんて…」

「君は何を誤解してるんだい? …うちの弟も家にいるから二人まとめてビシバシお勉強させてあげようと思ったの」

「何だぁ…」


 沢渡君は目に見えてがっかりした。

 何を妄想してんだか。

 このままじゃ橘君に多大な迷惑をかけることになるからここは引くべきだと思うんだよね。


「……田端、もしかして俺に気を遣ってるのか?」

「そりゃあね。だって私が言い出しっぺだしこれ以上迷惑かけられないよ」

「迷惑って、アヤちゃん先輩!?」


 沢渡君が目に見えてショックを受けていたが、本当のことなのでフォローはしないよ。


「…いや、沢渡に教えていると俺は復習になるから大丈夫」

「え……そう? 私はどんどん自信がなくなっていったけど…ていうか橘君イライラしてたじゃない」

「気のせいだ」


 面倒見がいいにも程がある。

 痩せ我慢しているように見えるんだけど、橘君の目はマジだった。それに圧倒された私は午後も引き続き図書館で勉強することにした。

 その時また元カノさんに睨まれたんだけど…

 頼むから修羅場に巻き込まないでおくれよ……



 沢渡君のせいで全然自分の勉強ができなかったが、それは橘君も同様だ。

 本当に申し訳ない。


「これ、家でテスト作ってきたから後は自分自身で頑張るんだよ…」

「ありがとうございました!」

「お前本当に勉強しろよ…」


 私と橘君は満身創痍だった。

 二人で交代交代に教えたつもりだけど…沢渡君に進歩があったのかどうか……

 図書館を出て元気よく帰っていった彼を見送ると私は橘君に視線を向けた。…その後ろにいた元カノさんの顔を見てギクッとした。


(激おこじゃないですか…)


「じ、じゃ、色々と有難うね…? また学校で…」


 私は美人の睨みにビビってしまい、橘君に今日のお礼とお詫びをすると彼の返事を待たずにその場から逃走していったのである。


「おい田端!?」


 橘君の引き止める声なんて聞こえないんだから!


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