もしも彼と同じ年なら【3】

どうしても同じクラスの亮介との関わり合いが多い。

ーーーーーーーーーーーーー


 新学期に入ったのだが、私は一旦髪の色を戻した。

 理由は受験だ。

 化粧はともかく、カラーリングは維持が大変で私の懐事情も厳しいため、大学生になるまでは封印することにしたのだ。


「後は化粧だな」

「新学期早々うるさいんですけど」


 黒髪に戻して登校してきた私にそう声を掛けてきた橘君をキッと睨みつけておいた。


 二学期に入ったと同時に、三年の受験組はセンター入試の申込みも始まり、周りもいよいよ受験・就活に向けて本腰を入れ始めた。

 …なのだが10月にある文化祭に皆少々浮足立っているようだ。



「はーい! 執事・メイド喫茶を提案します!」

「執事・メイド喫茶…?」


 クラスの女子の提案に皆「えぇ?」 と言いたげな顔をしていた。ありがちでつまらないと思っているのだろうか。

 メイド服なら着たいから私は構わないぞ。

 私は話し合いの進行を黙って聞いていたのだが、提案した女子は更に捻った提案をした。


「ただの執事・メイド喫茶じゃなくて〜…男女逆転執事・メイド喫茶にするの!」

『はぁ!?』


 それに反論したのは男子だ。

 逆転つまり…メイド服を着るのは男子ということか…


 それは…誰得なの?


 男子は口々にブーイングを放っていた。

 それもそうか。だって私達にとって高校最後の文化祭なんだもん。楽しい思い出にしたいはずなのに苦行を強いられるなんて…ねぇ?

 女装が好きならいいだろうけど、男が皆女装が好きなわけないもんね。


「ねぇねぇ田端さんも賛成してくれるよね?」

「え? あー…」


 提案した女子が机までやって来て同意を求められたが、私は返答に困った。

 そんな…なんで私に振ってくるのさ……

 ……返事に困ったけど正直な意見を言うことにした。


「…私、メイド服着た男見ても楽しくないと思うんだけど……いっそ執事喫茶にして女子は男装しない?」

「そうだそうだ! 田端の言うとおりだ!!」

「もうそれでいい!」


 男子がすごく食いついてきてその勢いに私は引いた。

 藁にもすがる思いなのか君達。もうちょっと戦う姿勢を見せたらどうなんだ。


「えー? だって面白くない?」

「男の女装なんてウケ狙いすぎて売上激減すると思うよ? …それに最後の文化祭だし楽しくしたいじゃない」


 一応フォローはしたよ?

 したけど結局男女逆転執事・メイド喫茶になった。

 おかしいな。このクラス男子のほうが多いのに。多数決でどう見ても反対派が多かったのに。

 賛成派の女子の勢いに押され、男子達は涙をのんだ。

 かわいそうに。


「…もしかしたら女装楽しいかもよ」

「………」

「ドンマイ」


 中でもわかりやすく凹んでいる橘君の横を通り過ぎざまに慰めの言葉をかけておいてあげた。橘君は死んだ目を私に向けてきたが、そんな目で見ても私は何もしてあげられないよ。

 ごつい男のメイド服姿……笑ってはいけないと思うけども実際に見たら笑う自信しかない。




 波乱の予感しかない文化祭の前に私達には中間テストが待っていた。学生の本分は勉強。受験生の私は力を抜くわけには行かない。

 そして今日は夏休み散々グレて大変だった弟を唐揚げで釣って、図書館にやって来た。勉強せずとも今までいい点数を取れていた弟に勉強の習慣を付けてあげようと思ったんだ。

 テスト前なのに勉強しようとする気配すらなかったから、こりゃいかんなと思って世話を焼いただけなんだけどね。


「取り敢えずこれ問いてみな。あんたはやればそれだけできる子なんだから自棄にならないで努力しなさいね」

「………」


 2個下の弟は少々不満げだったが、私が一昨年受けた2学期中間テストの問題用紙を睨みつけるとシャーペンを動かして解き始めた。

 それを確認すると私も自分の勉強をしようと準備を始めた。 


「あれっアヤちゃん先輩?」

「あ、田端先輩」


 私もテキストを開いて自分の勉強をしていたのだが、しばらくして意外な人物に声を掛けられた。


「……沢渡君に……ヒロ…本橋さん?」

「田端先輩こんにちは。弟さんと勉強ですか?」

「うんそう。ふたりも?」

「はい。そうなんですけど、皆考えること同じみたいで…」

「良かったらここ座りなよ。…和真、私の隣に移動しておいで」


 席がいっぱいで困っていたふたりに4人がけ席の2席を提供し、私達はそれぞれ勉強を始めた。

 なんだか二人は勉強が難航しているようで大丈夫かなと様子を伺っていたのだけど……気になって声を掛けた。

 ちょっと先輩風吹かせて教えようとした過去の自分を叱り飛ばしたくなった。



★☆★



「はぁ…」


 中間テスト初日の帰り。

 私はテキストを死んだ目で眺めながら電車で下校していた。


「田端」

「ん? あ、橘君。最近良く会うね」

「最寄り駅同じだからな。……今日のテストの出来が悪かったのか?」


 橘君の質問に私は首をゆるゆると振った。

 私の脳裏に先日の図書館での出来事が頭によぎった。


「違うよ…そうじゃない…」

「だけど朝から元気がなかったじゃないか」

「逆転メイド喫茶に決まった時の君の比じゃないよ」

「……こっちは心配してるのに憎まれ口を…」

「他人のことよりまずは自分のことですぜ兄さん」


 ……私は今まで培ってきた自信を打ち砕かれた気がした。

 どんなに教えても理解してくれない。

 説明の途中で質問されて、それが頻発するものだからこっちが訳わからなくなる。

 今まで勉強してきた私の努力はなんだったんだ? とあの日から自分に問いかけ続けている。


 傍で渋い顔をしてこっちを見てくる橘君を放っておいて私はテキストに目を向けた。

 …なんだけど目が滑る。全然頭に入ってこないわ。

 

「そういえば…お前の弟、大分落ち着いたか?」

「ん? あぁ…そう言えば最近夜遊びが減ったんだよね。親とも和解してさ。門限を22時になって……なんで弟だけ。…私は20時なのに…」


 ギリィ…と唇をかみしめて思い出しイラをした。

 両親に異議申し立てをしてみたが、聞き分けなさいといなされた。

 確かに私は受験生だから遅くまで遊び回る事はないけど…なんか納得いかない!


「16歳と18歳ならどう見ても18歳の私のほうが大人なのにどうして弟のほうが門限長いの? ひどい男女差別だと思わない!?」

「心配してのことだろう。ゼミ通いで遅くなるならまだしも…22時までうろつく用事もないだろう?」


 なら弟も20時でいいじゃないか、その辺の女子よりも綺麗な顔をしているんだから!


「大学生になったら絶対もっと門限伸ばしてもらうんだ!」

「実家から通うのか?」

「一人暮らしは許可してもらえなかったから」

「そうか……俺は進学したら一人暮らしすることに決めてるんだ」

「いいなぁ。自分だけの城が出来るのか〜」


 男はいいなぁ。ある程度放任されるから。

 物件探しはいつ頃するのかとか大学のサークルには入るのかとか雑談をしていると、あっという間に駅に到着したので私は彼に別れを告げて帰路についた。


 雑談してたら少しスッキリした気がする。

 翌日のテストは理系科目だったけどなかなかいい感じに解けたと思う。



 中間テストが終わり、テスト返却が始まった頃、文化祭の準備が始まった。

 女子の執事服はもちろんだが、男子の特注のメイド服をまとめて注文するために採寸したんだけど、男子は死んだ目をして採寸を受けていた。

 テストの後も地獄が続くって辛いよね。

 どんまい。


 私も男装するんだから宝塚みたいにイケメンに見える化粧の研究でもしようかな。

 それに私は調理メインで担当する予定なので、カフェメニューの試作品も作ってクラスメイトの意見をもらわねば。


「…モエモエオムライスは必要だろうか?」


 ぼそっと私がそう呟くと、たまたま近くにいた橘君の肩がビクリと動いた気がした。

 後日カフェメニュー表の草案にモエモエオムライス(名前を書くサービス付き)が加えられていた。

 ……これ私のせいかな?

 


 ………とりあえず、男の仕草の研究でもして雰囲気イケメンを目指そうかな!


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