もしもあやめが男なら【8】

 テスト期間が終了し、早くも生徒たちは文化祭モードに切り替わっていた。

 そこ、現実逃避とか言わない。

 沢渡はイベント事では本気を出すタイプなのでクラスの中心となって文化祭の出し物の準備をしていた。…テストでも本気出せよ。


 何の因果なのか本橋と同じ制作班で、俺は文化祭の顔である看板作りに着手していた。ランダムで決まった班なんだけどね。

 なんとなくこの間からあいつと気まずい為、なるべく接触しないようにしている。

 接触を避けるのはそこまで難しくはない。なぜなら全部同じ作業というわけではないから。木材を切ったり、釘で打ち付けたりする力仕事は男子がメインで請け負うことになっている。

 その間女子は別行動だ。


「大志、ちょっと…俺の肩に負担くるから江嶋と代わって…」


 看板の木材を運搬する際、二人で木材を担いでいたんだけど俺よりも13cm背の高い大志とだとどうしてもこっちに重みが…肩に木材が食い込む。

 妬みとかじゃないから。大志がデカすぎるだけだから。

 

 この文化祭中に起こるイベントは二つ。

 1つ目が文化祭準備中にヒロインが階段から転落するんだけども、それをキャッチして救うのが攻略対象。その助けたお相手が攻略相手となるのだ。

 その攻略対象と文化祭デートするのが2つ目のイベントなんだが、大方相手は久松だと踏んでいる。


 それにしても階段から落ちるってあいつどれだけドジなんだか……



「イッテ!」

「どうした敦」

「トゲ刺さった。抜けるかな」


 軍手しとけばよかった。考え事してたら木材のトゲが指に刺さってしまった。トゲは深く指に食い込んでいたので手じゃ取れそうにない。

 俺は保健室でピンセットでも借りようと思い、同じ班の奴らに後は任せて保健室に行った。


「せんせーピンセット貸して下さーい」

「ピンセット? どうした」

「トゲが深く刺さった」


 保健室に入るとそこには塩顔イケメンがいた。

 うん、白衣が眩しいです。

 そう、この人こそ難易度MAXの攻略対象で乙女ゲーム唯一の大人キャラの養護教諭・眞田達彦だ。


 以前にも言ったと思うが、過去の恋愛で何回も女性に不貞され裏切られたこの人は女性不信な上に男性としての自信がないキャラだ。

 こんなにイケメンなのに世の中おかしい。


「こりゃ痛そうだな。ピンセット何処かな」


 器具置場の中からピンセットを探し出し、眞田先生がトゲを抜き取ってくれた。

 軽く消毒してもらって手当は終了である。


 あー痛かった。


 治療後の指をじっと見ていた俺だったが、視線を感じて顔を上げると眞田先生がこっちを見ていたので首を傾げた。


「…なんすか?」

「いやお前、昔飼ってた柴犬に似てるなぁと思って」

「………先生、眼科行ったほうがいいですよ」


 そんな事初めて言われたんだけど。あまり余所の子供にそういう事言わんほうがいいですよ。

 それに俺、人間だから。


「あ、その不信そうな目も似てるぞ。おやつお預けを五回繰り返した時と同じ目をしてる」

「先生、その犬に嫌われませんでした?」


 保健室を利用したことなかったけど先生こういう人だったんだ。まぁゲーム内でもちょっとサド気質なところがあった気もするけど。

 とりあえず手当の件だけ礼を告げて俺は看板製作に戻ろうと階段に向かった時、俺はとある光景を目にしてしまった。


 階段の踊り場に倒れ込む二人の男女。


 辺りに人気はないが、いつ誰が来るかもわからないそこで二人は重なり合っていた。

 言葉にすればヤラシイ響きだけど、彼らは実際に重なり合っていたのだ。

 つまり、大志と本橋がキスをしていたのだ。


 俺は足が棒になったように固まっていた。


 え、どういうことなの。こんなイベント…ゲーム初期に風紀副委員長…つまり橘先輩と事故チューはあるけど大志とはないはずなんだけど…


 二人は慌てて離れてお互い謝り合っていた。

 邪魔になるだろうから俺は別の階段から登ろうかなと思って踵を返したんだけど、そこには同じく目撃者がいた。

 クールビューティな顔を泣きそうに歪めた大志の彼女の真優ちゃんの姿が。


「……真優ちゃん?」

「! 敦、え、お前見て」

「ばか! 大志! 真優ちゃんに見られてんぞお前! 早く弁解してこい!」


 大志が俺に気づいたその時には真優ちゃんはその場から走り去っていた。お前は俺より彼女の事心配しろっての!


 俺の指摘に大志は慌てて立ち上がると、本橋にもう一度謝罪して階段を駆け降りていった。


 その場に残された俺と本橋。

 うわぁ気まずい。


「ちが…あっくんちがうの」

「別に疑ってないし。大志は浮気するタマじゃないの知ってる」

「わ、私、階段踏み外したのを助けてもらって」 


 本橋はなんだか泣きそうな顔をしていた。

 攻略対象の大志はイケメンだ。イケメンとチュー出来たらラッキーと思うものじゃないんだろうか?

 俺なら可愛い女子とキス出来たら喜ぶと思うんだけどね。


「…怪我はない?」

「だ、大丈夫…」

「痛いところあったら保健室いけよ。じゃ俺看板作りがあるから」


 他の奴らに任せっきりなのも申し訳ないし、俺もそろそろ戻らないといけない。

 そう思って元橋の横を通り過ぎて階段を登ろうとしたんだけど本橋に腕を掴まれた。


「あっくん待って! …あの、教えてほしいことがあるの」

「何だよ」

「…あの子、隣のクラスの林道さんとあっくんて…」

「林道? あいつは俺の弟のこと狙ってるだけだけど」


 俺に近づいてくる女の子は大体和真か大志狙いだからな。今更自惚れません。

 …別に気にしてないもんね。


 一人で勝手にいじけていた俺だったが、目の前の本橋がしかめっ面になっているのに後ずさりした。

 そんな顔しても美少女だけど、ちょっと怖いよ。


「…あっくんを利用してるってわけ…」

「……いや、大丈夫そういうの慣れてるし、あいつには一切協力しないって言ってるし…」

「それでも! あっくんに失礼じゃないの!」

「お、おい。なんでお前が怒ってんだよ。お前のことじゃないじゃん」


 こういうのは流すに限るんだって。

 一々腹立ててたら疲れるし、女子は面倒くさいんだって。下手に対応したら女子から総スカン食らうんだって(経験者)

 やんわりと流すに限る。


「私、あの子と話してくる!」

「おいやめろって。俺そういうの求めてないし」

「でも!」

「お前そういう事してたら久松に疑われるぞ?」


 林道に怒鳴り込みに行きそうな勢いの本橋の腕を掴んで止める。

 面倒なことになるから本当にやめて下さい。

 大体、そんなことしたら誤解されるぞ。お前は今あいつのこと攻略してんだから。

 モブとは言え他の男と仲良くするのはまずいんじゃないの?


 そのつもりで言ったんだけど、本橋の目は限界まで見開かれた。

 おいどうした。目が落っこちそうだぞ本橋。

 

「…あっくん、それどういう意味?」

「ん? 久松といい感じなんだろ? 一緒にいるとこよく見かけるし」

「違う、久松くんはそんな関係じゃなくて、友達なの」

「ふうん? でもあいつはお前のこと好きみたいよ」


 宣戦布告みたいなことされたしね。

 

 キーンコーンカーンコーン…

 そんなこんなしてるとチャイムが鳴った。

 自分の腕時計を確認すると結構な時間が経っていた。俺は今まで何していたの。


「うわ、やべもう時間じゃん。俺、他の奴らに制作任せっきりにしちまったわ」

「…あっくんの馬鹿ぁ!」

スパーン!

「へぶっ!?」


 見事なスイングで本橋のビンタが俺の無防備な頬に炸裂した。なんにも構えていなかったので俺はよろける。女子からのビンタ結構痛い。

 叩いてきた本橋は涙目で俺を睨みつけていた。

 ……この場合、俺が涙目なんですけど。


 訳が分からず呆然としていると、本橋は階段を駆け上がって走り去っていった。


「!? 俺なんで叩かれたの!?」


 俺は頬を抑えて本橋に問いかけたが、あいつからは何も返答をもらえなかった。


 本当に何なの!?

 モブでも傷付くのよ!? もうちょっと優しく扱ってくれよ!



「…大丈夫か。田端」


 呆然と踊り場に立ちすくむ俺に声を掛ける人物が。

 その人は何処と無く疲れた様子であるが、それを気遣う余裕のない俺は今の現場を見られていたことに何故か焦った。


「!? 副委員長! 見てたんスか」

「見るつもりはなかったがな…それと俺はもう風紀委員を引退したから正式には副委員長じゃなくなった」

「あ、そうなんスか」


 風紀副委員長もとい橘先輩は階段を降りてきた。

今丁度帰りなのだろうか鞄を持っている。 


「よく事情は知らんが、拗れると仲直りが大変だから、早めに謝っておけよ」

「いや、俺と本橋はただのクラスメイトなんで誤解ですよ! ていうかあいつが意味分かんないんですよ。久松といい感じだから勘違い産まぬように、俺と仲良くしないほうがいいって言っただけなのにビンタしてきて!」

「そうか」


 自分が無実であることを弁解したけど、橘先輩は関与する気が一切ないらしい。反応が薄い。あっさりしすぎでしょ。

 ちょっとあんた面倒見がいいキャラじゃないの!?

 かわいい後輩が困っているのを見捨てるっていうのか!


 ……ていうかこの人も攻略対象じゃん。

 実際の所、本橋とはどうなのだろうか。


「橘先輩、つかぬ事をお尋ねしますが…本橋のことどう思います?」

「…本橋とは先程の女子のことか? …さぁ、関わりがあまりないからどうとも…」

「えぇ!? 先輩ならあいつとキスくらいしたことあるでしょ!?」

「……お前、俺を何だと思ってるんだ。そんな事する奴はただの強制わいせつ犯だろ」


 そういう意味で言ったんじゃないけど……

 え、イベントは? チューイベントがあったじゃないの。丁度体育祭の後あたりに。

 俺もその現場見てないからなんとも言えないんだけどさ。

 なんだバグか?


「えーでもほら、可愛いなぁとか思いません?」

「確かに可愛らしい子だが…俺は受験生だからそういうのはしばらく遠慮したいんだ」

「…そうなんスか…」


 真面目か!

 いや受験生だから他のことに気を取られたくないと考えるのはおかしくないか。

 俺、この人ならヒロインとくっついていいと思うんだけどなぁ。

 久松と比較するのは先輩に失礼ってものだけど。


 下校時間だからお前も早く帰れよと橘先輩に言われたので、俺は先輩に挨拶をして自分の教室に戻ったのであった。


 その後しばらく本橋には目が合う度にツンとそっぽ向かれたけど、意味がわからないのでとりあえず放置しておいた。


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夫婦喧嘩は犬も食わない。

夫婦でも恋人でもないけど。

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