死という概念のある世界 9

 尻餅をつくユイに向かって、頭を潰されたゴブリンが倒れかかる。

 頭をかち割られたゴブリンにのし掛かられているユイが「ひゃああああああっ!? どけて、どけてよーっ!」と騒ぎ始める。

 ゴブリンは絶命しているが、焦ってどけられないようだ。あれはトラウマになる。

 慌ててゴブリンをどかせようと手を伸ばすが、それより早く、アリスが血塗れのゴブリンをむんずと掴んで退けた。


「ユイ、ゴブリンはもう倒したから大丈夫だよ?」

 なにをそんなに慌ててるの? と言いたげなアリスに、人型の魔物を殺すという嫌悪感は持ち合わせていないらしい。この子、意外に図太いっ!


「……ありがとう。アリスは……その、人型の魔物を殺すことに抵抗は……ないの?」

 アリスに引き起こされながら、ユイが躊躇いがちに問い掛ける。それに対して、アリスはパチクリと目を瞬いた。


「人型っていっても、デフォルメされた魔物だよ?」

「デフォルメ? 凄くリアルだけど……?」

「あぁ、ユイは設定を変えてないんだ」

「設定? って、もしかして!」

 ユイが虚空に視線を向けて、指を走らせる。


「見つけたっ! グロテスク表現のオン/オフ。これらをオフにすれば……出来たわ。うん、たしかにこれなら、攻撃することに躊躇わないわね」

 ユイはそう言って、絶命しているゴブリンを剣でプスプスと突き刺した。

 ……凄く、エグいです。

 魔物を殺すことに慣れた俺でもちょっと引くレベルだ。さっきまで攻撃するのも躊躇ってたのに、なんで急に平気になったんだ?


「ユイ……大丈夫なのか?」

「え? あぁそうね、もう平気よ。設定を変えたら……なんて言ったら良いのかしら? 見た目はそう変わらないんだけど、なんか認識が変わったのよね」

「なるほど分からん」

「良いから良いから。気を取り直して、狩りを再開しましょう」

 剣先についた血をゴブリンの服で拭いながら、ユイは柔らかな笑みを浮かべる。

 もう平気という言葉は事実だったようで、その後のユイはなんの躊躇いもなくゴブリンを斬り伏せていった。

 お陰で薬草も十分に確保できたけど……ブラウンガルムより倒しやすいわね! と、嬉々としてゴブリンを切り殺していくユイの姿に、わりとドン引きである。

 プレイヤー一族、やっぱり謎すぎる。



「戦いに慣れてくると、アルがどれだけ凄いか分かるわね」

 森から帰還してティーネの家へと向かう道すがら、隣を歩くユイがしみじみと呟いた。


「俺的にはユイやアリスが凄いと思うんだけど?」

 主にメンタル面で、とは声に出さずに突っ込む。


「あたし達もがんばってはいるけど、アルは以上だと思うわ。まったく追いつける気がしないもの。NPCってことを抜きに考えても、バグキャラレベルだと思うわ」

「……良く分からんが、なんか酷いことを言われてる気がする」

「褒めてるのよ。あたし達も強くなったはずなのに、まったく追いつく気がしないもの」

「経験や技量はそう簡単に埋まらないからなぁ」

 俺は身体能力が下がっているから、その辺りが強く見えない理由だろう。早さとかは大差ないのに、技術だけがまるで違うからな。


「技量も凄いと思うけど、知識がおかしいのよ」

「……ポーションのことか?」

「それもあるけど、このあいだ教えてくれたスキルのことよ」

「あぁ……使えるようになったか?」

「なったわよ!」

 ユイがなぜかツンツンしている。


「……なったのなら、なんでそんな怒ってるんだ?」

「怒ってないわよっ。ただ、初めてスキルを使えるようになったわ。この調子でロストスキルも見つけてみせるわよ! って思ってたのに……思ってたのにっ!」

 ぐぬぬと、拳を握り締めて震えている。


「……なにがあったんだ?」

 俺はアリスに問い掛けた。

「アルくんが教えてくれたのが、中級のロストスキルだったんだって。それで、盛大にテロップが流れて、物凄く目立ったらしいよ」

「……なるほど分からん」

「うぅん。いきなりで喜び損ねたって、拗ねてるだけだから気にしなくて良いよ」

「……なるほど」

 それならなんとなく分かる。

 期待に期待を重ねてダメだとショックが大きいように、まったく期待してないときに結果が出ると微妙な気分になったりするもんな。


「取り敢えず……もう教えない方が良いか?」

「まさか、教えてくれるなら喜んで教えてもらうわよ!」

「そ、そうか」

 復活早いな――と、ユイに手を握られながら苦笑いを浮かべる。


「お願い、教えて。あたしに出来る限りのお礼をするから!」

「分かった、分かった。暇なときに教えてやる」

「えへ、ありがとう!」

 こういうところは意外に素直だよな……と俺は苦笑いを浮かべた。

 それに気付いたのか、ユイは恥ずかしそうに頬を染めた。


「ところで、ユイはその剣の使い心地はどうだ?」

「初期装備よりはマシってところね。あたしもアネットに作ってもらえば良かったわ」

「性能を上げたいなら、魔石で強化してもらうか?」

「……魔石で強化?」

「そういう技術があるんだ。アリスの分も頼むつもりだから、よかったら一緒にどうだ?」

「へぇ……面白そうね。魔石で強化っていうくらいだから、魔物から手に入る魔石を持ち込めば良いのかしら? 魔石の種類で違いはないの?」

「ある。けど、最初はブラウンガルムやゴブリンの小さい魔石で十分だ」

 属性のある魔石なら属性がつくし、より強化するなら大きな魔石が必要――などがあるけど、こだわるのはもっと強い武器や防具を手に入れてからで十分だ。


「その小さい魔石でどれくらい強くなるの?」

「剣なら、切れ味や耐久性の向上が確実に体感できるレベルだな」

「……それ、物凄くない?」

「うぅん。当たり前の技術だったはず、なんだけどな」

 そんなことを話ながら日が沈みかけた街の中を歩いていると、ユイの向こう側を歩くアリスがひょこっと顔を出した。


「アルくん、アルくん、魔石での強化って防具も出来るの?」

「ああ、もちろん可能だ」

「そうなんだ。じゃあじゃあ、しばらくはこの防具を使えるのかなぁ?」

「もちろん、当然だろ?」

 武器や防具なんて、早々に変えるものじゃない。もちろん、折れたりボロボロになったら別だけど、普通に使ってたら、革の防具でも半年や一年は保つと教えてやる。


「へぇ……そんなに使えるんだ。じゃあ……せっかくだしアバターを買ってみようかな?」

「うん? なんの話だ?」

「ふふっ、後でのお楽しみだよ~」

 アリスはイタズラっぽく笑って、虚空に指を躍らせ始めた。


「アリス、歩きながらは危ないわよ?」

「ユイをフォローしてるから大丈夫。……大丈夫だよね?」

「あたしは最低限しか課金してないから知らないわよ」

「お小遣いなら上げるよ? 私のために付き合ってくれてるんだし」

「あたしが好きで付き合ってるんだから、そんな気遣いはいらないわよ」

 ユイが肩をすくめる。よく分からないけど、姉妹でありながらユイとアリスには経済的な格差があるようだ。種族も違うし、なにか色々と事情がありそうだ。



 ティーネの家の玄関をノックすると、ミレーヌさんが出迎えてくれた。今日は体調が良いのかなと思ったんだけど……あまり顔色はよくない。


「こんにちは、ミレーヌさん。今日は起き上がって大丈夫なんですか?」

「今日はあまり寝ていたくなくて。心配してくれてありがとうございます」

 ミレーヌさんは上品に微笑むけど……大丈夫とも、元気とも言ってない。俺はちらりとアリスに視線を向けた。


「ミレーヌさん、あまり顔色がよくないですよ。部屋まで送りますから、少し寝た方が良いです。よければ、治癒魔術も使いますから」

「……そう、ですね。アリステーゼさん、いつもありがとうございます。それじゃお言葉に甘えますね。あまりお構いも出来ませんけど、どうぞ上がってください」

 アリスは治癒魔術を施すために、ユイと一緒にミレーヌさんを部屋へと連れて行く。それを見届けた俺は勝手知ったるなんとやら、ティーネの工房へと向かった。

 森の状況を考えても、薬草の栽培は急務だ。

 ティーネに、家の裏手に畑を作らせてもらえないか相談してみよう。

 

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