死という概念のある世界 7

 朝迎えに来たアリスと共に森で狩りをして、ブラウンガルムや薬草をティーネのもとへと持ち込むのが最近の日課となっていた。


 そして、ティーネが調合や解体をしているあいだ、ミレーヌさんのお見舞いをする。

 ティーネのポーションに加えてアリスの治癒魔術もあり、最近のミレーヌさんはわりと顔色が良いように思える。病自体を治す効果はなくても、体力的な面では効果があるからだろう。


「アルベルトさん達のお陰で、お母さんも少しずつ元気になってきました。これを期に、高品質なポーションを研究したいと思うんです」

「高品質なポーション?」

 病気を治すポーションじゃなくて? と問い掛ける。するとティーネは出来ればそうしたいんですけどと前置きを一つ。店を建てたときの借金が残っていることを打ち明けた。

 その借金をなんとかしないと、この家に住み続けることも出来ないらしい。


「もうすぐ、生産ギルドが主催のコンテストがこの街であるんです。高品質のポーションを発表できたら高く売れるはずなので、挑戦してみようと思って……」

 協力して欲しい――と、ティーネだけでなくアリスまでもが上目遣いを向けてくる。アリスはすっかり、ティーネに同情的だ。

 けど、助けてあげたいのは俺も同じだから異論はない。


「中級のポーションは作らないのか?」

「アルベルトさんに教えてもらった断片的な知識だと、いまの私じゃ再現できそうにないんです。そもそも、素材がとても高価なので……」

「なるほど……済まないな、役に立てなくて」

「いえいえ、そんなことはありません。教えてもらった手法が、初級にも応用できそうなんです。だから、高品質のポーションを作ろうと思ったんです」

「……なるほど」

 中級や、上級で必須となる手法も、初級では使われないことが多い。それらの技術を応用して初級ポーションを作れば、品質を上げることは出来そうだ。


「ただ……実験で試作するには、薬草がたくさん必要なんです。完成品で支払うことになりますけど……もう少し入荷、お願いできませんか?」

「そうだなぁ……」

 ここで頷くのは簡単だ。というか、ティーネにアリスが味方している時点で、押し切られるのは目に見えている。

 ただ――


「どうせなら、薬草を栽培してみたらどうだ?」

 稀少な薬草は栽培した方が入手が楽になるし、森に生えてるような薬草もついでに育てればそれほど手間は掛からない。

 冒険者ではないティーネには、そっちの方が向いているはずだと提案する。


「栽培……前に言ってましたよね。私に出来るでしょうか?」

「協力するから大丈夫だ。……だよな?」

 俺はアリスに視線を向ける。


「うん、私も協力するよ~。それに、ストレージに腐葉土を入れてあるから、いますぐにでも菜園を作れるよ」

 ……なんで腐葉土なんて持ち歩いてるんだ? って、そうか。俺が入れておいてくれって言ってそのままだった。


「アリス……その、悪かった」

「え、なにが?」

「いや、土をずっと持ち運ばせて悪かったなって」

「あはは、大丈夫だよ。ストレージは課金で最大まで広げてあるから、畑を作るくらいの土なら余裕で収納できるよぉ」

 なんか可愛らしく言ってるけど、畑を作るほどの土を余裕で収納できるほど大容量なアイテムボックスなんて聞いたことがない。アリスは相変わらず妙なところで突き抜けているな。

 でも、今回はそのおかげで助かった。


「聞いての通りだけど、ティーネは薬草の栽培をしてみるか? やる気があるなら、俺が栽培の仕方を教えてやるけど」

「……嬉しいですけど、そんなに甘えて良いんでしょうか?」

 ティーネは躊躇うような素振りを見せた。迷惑を掛けてないか不安なんだろう。

 まだ十歳程度なのに、本当にしっかりしてる。


「優秀な生産者と親しくなるのは、冒険者にとって大きな利点なんだ。だから、見込みがありそうなティーネに協力するのは自分のためでもある」

 もちろん、その気がないのなら無理に教えないけど、どうする? と問い掛けると、ティーネは嬉しそうに微笑んで、ぜひ教えてくださいと頭を下げた。



 薬草の栽培は決まったが、肝心の薬草や菜園が完成していない。ひとまずストレージの土をティーネの家の裏に積み上げ、菜園に必要なあれこれを準備することになった。

 そんなわけで、魔石を残してそのほかをギルドで換金。

 ちょうどその頃、アネットから武器防具が出来たという連絡がアリスに届いたので、俺達は装備を受け取りに鍛冶屋に向かった。


「おぉ、お前達。アネットに会いに来たのか?」

 鍛冶屋でアネットを探していると、鍛冶屋の親父さんが声を掛けてきた。

「そうですけど、どこにいるか知ってますか?」

「ああ、アネットなら奥の工房にいるぜ」

「奥の工房、ですか?」

「ああ。弟子にだけ使わせているスペースだ」

 いつの間にか弟子になっている。どうやらアネットは俺達のために作った装備の出来映えを親父さんに認められて弟子入りしたらしい。


「いまは他の客の対応をしてるが、すぐに終わるはずだから行ってみな」

 ということで、奥の工房へと向かう。基本的には手前と変わりがないが、奥の工房の方がどことなく設備が整っているようだ。

 その部屋の片隅で、アネットは冒険者らしき連中と話している。


「あの親父さん、弟子にはしないみたいなことを言ってたのに……アネットって、ホントに才能があったんだな。それとも、プレイヤーっていうのはみんな才能があるのか?」

「ん~このゲームって、リアルの能力が影響するみたいなんだよね。だから、アネットさんはリアルでも器用なんだと思う」

 アリスやユイも生産が得意なのかと思ったけど、そういう訳ではないらしい。と、そんな話をしていると、冒険者と話を終えたアネットがやって来た。


「待たせたね、二人とも」

「気にするな……というか、仕事が増えたようでなによりだ」

「あぁ、あんた達のお陰だよ。あんた達が注文してくれたから、少し話題になったんだよ」

「……ん? 話題ってどういうことだ?」

 注文しただけで、話題になるようなことなんてなかったはずだ。


「初日にブラウンガルムをたくさん狩ったことで話題になってるって言っただろ?」

「あぁ……なんか言ってたな」

「それで、あんた達に追従しようとした連中が、あんたらのやり方を真似ようとしてるんだよ。で、装備もその一環って訳だ」

「ふぅん?」

 有名な冒険者の装備を、他の冒険者が真似るのは珍しくない。

 真似るのなら、他に有名な冒険者がいるだろうと思わなくもないけど……駆け出しの冒険者なら、俺達と同じような防具を選んで損はないだろう。


「それより、あんたらの武器と防具が出来たんだ。防具は細かい調整がいるかもしれないし、ここで確認してくれないかい?」

「ああ、それはもちろん」

 俺はアリスの杖とそれぞれの防具を確認する。


「どうだい、ご期待には添えたかい?」

「ああ、十分だ。初めてでこれだけ作れるなんて思ってなかった」

 もちろん、一流の職人が作る一品には遠く及ばないけど、出会ったときには見習いですらなかったことを考えると、相当に素質があると思う。

 だが――と、俺はアリスのぴったりな胸当てを見て首を傾げた。

 

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