死という概念のある世界 1

 翌日、俺が宿の食堂で朝食を取っていると、向かいの席に誰かが座った。

「アルくん、いい朝だねっ」

「アリスか。ずいぶん早いけど、今日は一人なのか?」

 言いながら周囲を見回すが、ユイの姿が見当たらない。


「ユイは学校に行ったから、夕方まではログイン出来ないと思う」

「……ふぅん?」

 冒険者なのに学校? とは思ったけど、この街にも剣術学校みたいなのはある。二十歳前後になって学校に通うのは珍しいけど、追及はしないでおく。


「それで、アリスは学校に行かなくて大丈夫なのか?」

「えっと……うん」

 アリスはわずかに視線を落とした。なにかあるのだろうかと心配になる。だけど次の瞬間には視線を上げ、キラキラとした深緑の瞳で俺を見つめてくる。


「ねぇねぇアルくん。今日はどうしよっか?」

「どうする……とは?」

「ティーネちゃんを助けるには、やっぱり森が良いのかな? でも、いまの私だと足手まといだよね? まずは一角ウサギで攻撃を当てる練習をした方が良いのかな?」

 アリスはテーブルから身を乗り出して詰め寄ってくる。ブラウスの胸元から、その控えめな膨らみがちらりと見えた。


「落ち着けっ」

「あうっ」

 俺にデコピンを喰らったアリスが、椅子に座り直っておでこを押さえる。


「う~。アルくん、酷いよぉ。女の子には優しくしなきゃダメなんだよ?」

「優しくした結果だ」

 巨乳なら胸元が空いていても谷間しか見えないけど、控えめな胸で同じことをすると危ないぞと、公衆の面前で指摘しなかった気遣いを返せといいたい。


「ティーネの支援だけど、昨日採取した薬草の調合がまだ終わってないはずだ。だから、今のうちに戦力の増強を考えた方が良いと思う」

「えっと……それは一角ウサギで戦闘訓練ってこと?」

「いや、それより装備を調えた方が良いと思う。いくら丈夫な服を着てるとはいえ、防具もなしじゃ心許ないからな」

 色んな意味で――とは声に出さずに付け加える。


「えっと……それは、昨日の稼ぎを使って武器防具を買うってこと?」

「急所だけでも、ブラウンガルムのキバを防げるくらいの防具を付けた方がいい。

 アリスは杖を使ってるので、武器に関しては急いで買い換える必要はない。けど、いずれは必要になるので、早めに買い換えて慣れておいた方が良いだろうと付け加えた。


「そっか……そうだよね。それじゃあ……アルくん、ついてきてくれる?」

 アリスが上目遣いで、甘えるような視線を向けてくる。

「俺も防具を買うつもりだから構わないが、ユイがいるときの方が良いだろ?」

「あーっと、そうだよね。ちょっと待ってね」

 アリスは虚空に指を踊らせ始めた。


「……なにしてるんだ?」

「ユイに連絡中だからちょっと待って。そーしん――っと。お待たせ。えっと、ごめんね、アルくん。なんの話だっけ?」

「いや、なにをしてるのかって」

「あぁ、ユイに連絡をしてたんだよ。返事は……来た来た。あ、ユイはもう昨日のうちに装備を買い揃えちゃったんだって」

「そう、なんだ」

 どうやって連絡を取ったのか気になるけど、ストレージを持ってるくらいだし、他にも特殊な能力を持っているんだろう。そう思って追及は我慢する。

 この程度でいちいち混乱してたら、アリスの相手は出来そうにない。


「とにかく、ユイは待たなくて良いってことだな」

「うん。だから、ご飯を食べたら連れて行って。ということで、先にご飯食べちゃおう。この身体、お腹ペコペコなんだよね。――すみませ~ん」

 アリスは相変わらずよく分からないことを言って、ウェイトレスに朝食を注文した。



「うわぁ~、見て見てアルくん。なんだか変わった家がたくさん並んでるよ~っ!」

 立ち並ぶ工房を前にはしゃぐアリスが、俺の腕を引っ張りながらピンクゴールドの髪を揺らしている。凄まじく目立っているが、まれにみる美少女なうえにエルフなので今更だ。

 そうとでも思わないと視線に耐えられない。


「この辺りは色々な工房が建ち並んでる職人街だ。金属の武器防具を扱う店や、革の防具を扱う店、他にも洋裁店から魔導具を扱う店まで、色々な店があるから覚えておくと良い」

「へぇ、服飾のお店まであるんだ。リアルのデザインを持ち込んだら作ってくれるのかな?」

「リアルって言うのがなにかは知らないけど、オーダーメイドは可能だと思う。ただ、既製品に比べて割高だと思うぞ」

「そっかぁ……あ、でも、課金アバターがあったなぁ」

 アリスが考え込んでしまう。


「オシャレも良いけど、いまは武器防具だろ?」

「あ、そうだった。鍛冶屋さん、だったよね?」

「いや、既製品を売ってる店に向かってる。オーダーメイドは割高になるし、いまから作ってもらったら時間が掛かるからな」

「そっか……ちょっと残念」

 アリスは残念と言いながらもどことなく楽しげだ。


「あぁ、見えてきた。あれが武器防具を扱う店だ」

「どこどこ? えっと……あそこ? 店の前に武器や防具が並んでないよ?」

「そんなことしたら盗まれるだろうが」

 お前はなにを言ってるんだと思わずツッコミを入れる。


「あ、そっか。治安が違うもんね。でも、どうして職人街にあるの? 量産品を扱うなら、もっと冒険者ギルドに近い場所とかの方が良いんじゃないの?」

「え? さぁ……そんなことは考えたことがなかったな」

 妙なことを気にするなと思いながら、俺とアリスは店の中に足を踏み入れた。

 店の中には武器や防具が並んでいるはずなんだけど……店内にはわずかな武器や、あまり需要のなさそうな防具が残っているだけで、全体的にがらんとしていた。


「売り切れってどういうことだよ」

 店員を責めるような男の声が聞こえて、俺とアリスは顔を見合わせた。


「ですから、昨日急に多くのお客様がいらっしゃって、めぼしい武器や防具はすべて売れてしまったんです。申し訳ありませんが、入荷には少し時間が掛かると思います」

「少しって、どれくらいだ?」

 この店に並ぶだけの装備が売れてしまうというのは珍しい。

 戦争の兆しもないのに、一体どうしてと思っていたら、アリスが「昨日、サーバーがオープンしたから、プレイヤーが買っていったんじゃないかな?」と答えた。


「……プレイヤーが買って売り切れだと? だが、NPCの売る装備だぞ?」

「この世界、凄くリアルな仕様だから、品薄になることもあるんじゃないかな?」

 男の問い掛けに、アリスが答える。

 俺に話しかけてきたときも思ったけど、アリスはかなり社交性が高いみたいだ。俺だったら、店員に噛みついてる奴に話しかけようなんて思わない。

 だが、男は不機嫌なだけで悪人ではなかったようで、「そっかぁ」と肩を落とした。


「なるほど……じゃあ、昨日のうちに買ったやつが勝ち組って訳か。なぁあんた、入荷を待つ意外に装備を入手する方法はないのか?」

 男が店員に問い掛ける。


「鍛冶屋に行けばオーダーメイドは請け負ってくれると思います。ただ、割高になることに加え、完成するまでの期間もそれなりにかかると思います」

「……そうか。分かった。なら、しばらくは初期装備で我慢する。商品が入荷する時期を教えてくれ。その頃にまたくるからよ」

 男は店員と商品の予約について話し始めた。その話を聞くと、既に予約がいくつも入っている状態で、早くても数日は掛かるようだ。


「アルくん、どうする? 私達も予約する?」

「いや……どうせ時間が掛かるなら、鍛冶屋でオーダーできないか聞いてみよう」

「……大丈夫なの?」

 お金の心配しているのか、アリスが不安そうな視線を向けてくる。だけど、少し無理をすればなんとでもなる。問題は、この忙しそうな状況で職人を確保できるか、だな。

 

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