異世界の常識、非常識 5

「あ、ありました。あれが、私の探していた薬草ですっ!」

 薬草の捜索を再開した俺達はほどなく、木の根元に群生している初級ポーションの原料、リーフェルを見つけた。


「見える範囲に魔物はいないみたいだし、採取しておいで」

「ありがとうございます。急いで採取してきますね」

 ティーネは木の根元に駆け寄り、一株ずつ丁寧に採取していく。


「少し残しておけばまた増えるから、根こそぎにはしないようにな」

「あ、はい。分かりました!」

 お母さんのためと言っていたからたくさん欲しいはずだけど、ティーネは素直に頷いて、丁寧に薬草を採取する。

 それを見ていたアリスが、こてりと首を傾げた。


「ねぇねぇ、根っこごと持って帰れば、家で薬草を栽培できるんじゃないの?」

「――出来るぞ」

「――出来ないんです」

 肯定した俺の声に、否定したティーネの声が被さる。

 そして「出来るんですか!?」と、ティーネが驚いた顔で振り返った。


「薬草は魔力素子(マナ)の豊富な場所でしか栽培できないから、そのままじゃ街で栽培することは出来ない。でも、魔力の結晶である魔石を砕いて土に混ぜると栽培できるようになるんだ」

「ふわぁ……そうなんですねっ!」

 ティーネがキラキラと目を輝かせる。

 わりと一般的な知識だった気がするけど、なんでティーネは知らないんだろう?


「ふぅん、栄養とかの問題じゃないんだね」

「……栄養って、なんの話だ?」

 アリスの呟きを聞いて、俺は小首をかしげた。

「森の土は腐葉土だし、街の土はどっちかっていうと枯れてるでしょ? だから、薬草は栄養がたくさん必要なのかもって思ったんだけど、違うんだなって」

 アリスはなにやら納得しているが、俺は土に栄養がどうとかなんて聞いたことがない。


「植物を栽培するのは、森の土の方が良いのか?」

「え? どっちかって言えばそうだと思うけど……知らない?」

「いや、聞いたことがない」

 もちろん、踏み固められた土が畑に向いてないくらいは知ってるけど、きちんと耕せばどこの土でも大差ないと思ってた。

 興味深いけど、いまは確認のしようがない。機会があれば、今度実験してみよう――という訳で、ティーネが薬草採取をする傍ら、アリスには腐葉土をストレージに入れてもらった。



 その後、街へと帰還した俺達は、全員でティーネの家まで押しかけることになった。アリスがティーネのことを心配していて、俺やユイもそれに同調した結果だ。

 ティーネの家は、小さなお店と家が一体化した建物だった。


「へぇ、家がポーションを売るお店になってるのか」

「はい。……といっても、お父さんが死んじゃったから、いまは私が森で採取した薬草でポーションを作って、少し売ってるだけなんですけど」

「ティーネがポーションを作るのか?」

「はい。お父さんが亡くなる前に教えてくれたんです」

 ティーネは少し寂しそうに、だけど誇らしげに小さな胸を張った。


「教えてもらったって……ティーネちゃん、何歳なの?」

「今年十一歳になりました」

「それなのに、ポーションの作り方を習ったなんて凄いんだね~」

「それほどでも、ないです」

 ティーネは否定するが、その頬が少し赤らんでいる。


「そ、それじゃ私、工房でポーションを作ってきますね。みなさんはどうしますか?」

「えっと、それ……私にも見せてもらっても良いかな?」

「もちろん、構いませんよ」

 という訳で、俺達はゾロゾロと工房へと上がり込んだ。こぢんまりとした工房には、所狭しとポーションを作るための道具が揃っている。


「それじゃ、さっそくポーションを作るので、その辺でも見ててもらえますか?」

 ティーネはそう言って、持ち帰った薬草を水で洗い流して切り刻み、すり鉢ですりつぶし始めた。その手際はつたないところもあるけど、十一歳の女の子にしてはかなりのものだ。


「あっちは調合台で、こっちは実験用の器具か。ティーネのお父さんは、ポーションをただ作るだけじゃなくて、色々と研究もしてたみたいだな」

「はい。お父さんはもともと兵士だったんだけどアルケミストになって、お母さんの病気を治すために、色々と研究してたみたいです」

「病気を治すポーション、か」

 軽い風邪程度であれば、体力を回復するポーションで効果があることが分かっている。

 だけど、病を治すポーションというと、俺の知識にも存在しない。ただ、俺が知らないだけで、実在する可能性は否定できない。

 なんて考えていると、ユイがなにか言いたげに視線を向けてきた。


「……なんだよ?」

「なに……っていうか、病気ならお医者様に見てもらって、薬をもらう、とかじゃないの?」

「薬剤師は存在するけど、ポーションと似たり寄ったりだな。そもそも効果のない高額の薬を売りつけてくるやつがほとんどだ」

 中には本当に病気を治すような本物が存在するかもしれないけど、少なくとも俺は聞いたことがない。それを伝えると、ユイはそっかぁと気まずそうな顔をした。


「ねぇねぇ、アルくんはポーションの知識もあるの?」

 アリスが気まずい空気を吹き飛ばすように尋ねてくる。


「そうだな……聞きかじった程度の知識なら色々とあるぞ」

 例によって、どうして知識があるかは……覚えてないのだけど。戦闘技術や魔術と同様に、ポーションの知識もある程度は知っているという自覚があった。


「へぇ、アルくんって物知りなんだね」

「ホントに。あなたがいれば色々なスキルを習得出来そうね。中級や上級のロストも知ってたりして」

「それは……」

「ま、さすがにそれはないか。でも、序盤にこんなキャラと出会えるって、もしかしてかなりラッキーよね。ロスト以外のスキルですら、教えてもらうのは一苦労だそうだもの」

 ユイがなにやら笑っている。

 というか、移動中に手ほどきをした攻撃スキルは中級、たぶんそのロストである可能性が高いんだけど……まあ良いか。もし本当にそうなら、そのうちなにか言ってくるだろう。


「ねぇ、アル。もし良かったら……」

 ユイが上目遣いを向けてきた。どこか甘えるような視線に少し身構える。

 だけど――

「あなたのステータスを見せてくれないかしら」

 望まれたのは、予想外で理解不可能な内容だった。


「ステータス?」

「あれ? これが見られるのってプレイヤーだけなのかしら? ステータスオープンって言っても、ウィンドウが開いたりしない?」

「なんだそれ? 解析系の魔術かなにかか?」

「えっと、似たようなモノかしら? 自分の能力を見ることが出来るの」

「ふむ……ステータス、オープン」

 魔力を放出しながら、自分の能力を表示するイメージを作る。すると半透明の領域が現れ、そこに文字が浮かび上がった。

 これがステータスウィンドウ、なのか?


「なんか出たぞ」

「え、ホントに?」

 ダメ元だったのか、ユイが目を丸くする。


「あたしからは見えないけど、なんて書いてある?」

「ええっと……自分の名前と、年齢……あれ?」

 アルベルト 十七歳という表示に俺は目を瞬いた。

 俺の記憶では、自分は二十歳だったはずだ。それなのに表示には十七歳とある。


「どうかしたの?」

「いや、俺って何歳くらいに見える?」

「え、アリスと同い年くらいかしら」

 ユイの言葉に、アリスがコクコクと頷く。

「ちなみに、アリスの年齢は?」

「私は十七歳だよ」

「ほむ……」

 エルフなのに、アリスは見た目通りの年齢なんだな。というか、俺もステータスウィンドウとやらの表示通り、十七歳くらいに見えるってことは……考えられる可能性は二つだ。

 俺の認識が間違っているか、若返っているか。

 普通に考えたら前者だけど……戦闘技術を初めとした知識は間違っていない。それに身体が若返ったのだとすれば、身体が重く感じるのにも説明がつく。


「えっと……どうかしたの?」

「いや、なんでもない。名前と年齢の他は……女神の加護lv1って書いてあるな」

「女神の加護? やっぱり、重要なキャラなのかしら。……ちなみに、どんな効果?」

「さぁ? それしか書いてないから分からない」

「そっか。じゃあ、アルくんに、加護を受ける心当たりは?」

「特にないなぁ」

 というか、思い出的な記憶がない。結局、どういうことか分からないなと三人で首を傾げていると、ティーネがふうっと息を吐いた。


「後は抽出されるのを待つだけです。今のうちに、お母さんの様子を見てきますね」

「あ、それじゃ私もついていって良いかな? 治癒魔術、効果あるか分からないけど……でも、私に出来ることがあるのなら、協力したいの」

「お願いして良いですか?」

「うん、もちろんだよっ」

 という訳で、ティーネとアリスが奥の部屋へと消えていった。


「アリスはずいぶんと感情移入してるみたいだな」

 悪いことじゃないけど……ちょっと心配だ。


「……アリスにとっては他人事じゃないから、でしょうね」

 ユイがぽつりと呟いた。

「他人事じゃない?」

「ごめんなさい、いまのは忘れて」

 誤魔化すような音色。気にならなかったと言えば嘘になる。けど、そこまで踏み込むべきじゃないと思った俺は、分かったといって軽く受け流した。


「……ありがと。とにかく、この様子だとアリスはティーネのことを助けたいって言い出すと思うんだけど、なにか良い案はないかしら?」

「それは……どの程度深入りするつもりかによるな」

 いまは援助がせいぜいでも、一流の冒険者になれば平民一家の人生くらいどうとでも出来るようになる。もちろん、お互いが望めばという条件はつくが。


「うぅん。いつまで面倒を見られるか分からないし、自立を促すような方法が良いわね」

 へぇ……ただ助けたいって言うだけじゃなくて、ちゃんと自分達に出来ることを考えているんだな。魔物には考えなしに突っ込んでいったくせに。


「なによ?」

「いや、ユイは意外と優しいんだなって思って」

「べ、別にそんなんじゃないわ。ただ、アリスが悲しまないようにしたいだけよ」

「それはつまり、優しいってことじゃないのか?」

「うっ、うううるさいわね。そんなことより、ティーネを救う方法を教えなさいよ!」

 透けるように白い肌をほのかに赤く染めつつ、ユイがぶっきらぼうに言い放つ。俺は思わず苦笑いを浮かべながら、ティーネの助けになるあれこれを思い浮かべた。


「そうだな……自立を促すなら、ポーションの素材を持ち込んで、完成したポーションを買うとか、なにか他の仕事を割り振ってやる、とかかな」

「他の仕事ってどんなの?」

 豊かな胸を強調するように、身を乗り出してくる。アリスのためだって言ってるけど、ユイもわりとティーネの心配してるよな。


「そうだな……薬草の栽培でも良いし……魔物の解体を任せる、とか?」

「解体って……あんな小さい子に出来るの?」

「出来なければ教えれば良いだけだけど……せっかくポーションが作れるんだから、そっちを伸ばす手伝いをしてやった方が良いんじゃないかな?」

「たしかに、そうよね。後で話してみましょう」

 

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