制裁

 母は公孫瓚に支えられながら歩き出し、村人達は道を開ける。彼女は都尉の前まで来ると公孫瓚に身体を預けつつゆっくりと跪いて拱手した。

「……我が息子の不徳と致すところは私の不徳。この劉尚和、その罪をお受け致しましょう。ですが、我が息子・備はまだ齢十五にも至っておりません。どうか、私の首でご寛恕願えないでしょうか」

 何を言っているのか劉備には理解出来なかった。母はまるで差し出すように頭を下げる。そんな母を劉備は見ていられなかった。己のせいだ、己のせいなのに何故。劉備は一歩踏み出しては拘束から逃げ出そうと強く身をよじり、己の手を拘束していた兵士二人を後ろへ吹っ飛ばした。

「母上ッ! 全ての罪は俺にある! だから母上は――」

「黙れ! 今私は都尉様とお話をしている。口を挟むんじゃないよ」

 漆黒の覚悟が灯った瞳で強く睨まれ、劉備はその場に留まった。殺気にも近いその瞳に恐れたのだ。吹っ飛ばした兵士に再び捕らえられ、今度は三人増え、五人の兵士によって腕を掴まれては地面に叩きつけられるように押しつけられた。そして槍が首の上を交差するように劉備の動きを止める。

「私はこのように病の身です。価値などないでしょうが、我が息子はああ見えても前漢の中山靖王劉勝の末裔。庶人と言えど皇族を殺しては都尉様の身に傷がつきます。ですが、私は皇族でも何でもございません。私が息子の代わりに罰を受けます。ですから、どうかお許し頂けないでしょうか」

 この通りです――と頭を下げる母。劉備は悔しかった、情けなかった。守るどころか、守られている事が。もっとやり方があったのではないかと。都尉は「確かに」と母親の告げた事を受け入れようとしていた。

「劉尚和と言ったか。貴様の言い分を受け入れよう。貴様は息子の代わりに斬首だ。よいな」

「ご寛恕感謝致します」

 そんな事、あってたまるか。顔を上げ安堵する母に劉備は怒った。いや、己の情けなさに、くだらなさに怒りを覚えた。唇を噛み締め、劉備は槍で己の身体を押さえつけている兵士達へ蹴りを二発打ち込み、彼らの身体を吹っ飛ばす。そして拘束されたまま己の腕を捻り上げて拘束している兵士へ、右肘を使って鳩尾へ攻撃を打ち込んだ。

「んな事許されるかッ!」

 劉備は立ち上がり、槍を拾えば都尉の元へ。兵士が立ち塞がるも劉備の敵ではない。槍一本で打ち払い、都尉に迫り刃を向けた。

「取り消せ。母上が斬首されるくらいなら俺が死ぬ」

「我々も皇族には手が出せん。呪うなら自分の行いを恥じるのだな」

 我々はただ命じられた事をしているのみだ。そう言われ、何も言い返せなかった。命じたのがたとえ董卓だとしても、董卓に盗みをさせられていたとしても、母のために盗みを働いたのは劉備だ。盗みをしないという選択肢もあった。それでも母を助けたくて盗みをしたのは紛れもなく劉備である。道を選び、それを手に取ったのは劉備なのだ。

「……だが私とて鬼ではない。私が黙っていればいいだけの話。貴様の母親を助けてやってもいい。貴様次第だがな」

「条件は」

「金だ。金を持って来い。全て私が回収しよう。……ああ、そう言えば盗んだ金があったな」

 賄賂か。劉備は槍を下ろした。それを与えれば母の命は助かる。劉備は「わかった」と静かに頷いた。どうせ処分に困っていたものだ、失う事は痛くない。この件が終われば貂蝉や王允に洛陽の医者を紹介して貰えるのだから。

「ちょ、備――」

「すぐに助けます、母上」

 劉備はそれだけ伝え、公孫瓚に母を見ているように頼めば踵を返して家の方へ駆け出した。隠している金があれば母親が助かる。助けられる。悩んでいる暇もなかった。悩むより身体が勝手に動いた。盗んだ金を返さなければとか、罪悪感に苛まれる事もあったが母親の命に比べたら後回ししてもいいものだ。

 家が見えてきた。だが様子がおかしかった。家の前に役人が二人立っていた。まさか、家まで調べられているのだろうか――とそこで劉備は嫌な予感に辿り着く。

 先ほどの都尉は董卓の仕業だ。確証がある訳ではないが、今このタイミングで都尉が来たのは不自然過ぎる。来るならばもっと前に来ているはずだ。何故今、来たのか――考えられる理由としては恐らく、呂布だ。もし、法正の言う通り呂布が全て董卓に話したとしたら。法正の言う「今」が過ぎ去り、貂蝉や憲英によって策が成され、事が進んだとしたら。これは彼からの制裁なのかもしれない。

「なら、こうしてはおれん」

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