第9話:決着と、また次の問題

「この小僧が! 儂には大物貴族が付いているのだ! 王都の貴族だ! 貴様のような小僧、すぐに潰せるのだからな!」


 おっと、それは聞き捨てならないな。

 詳しく教えていただこう。


「お、王都の貴族……ですか?」

「ふん! 今更怯えておるのか? そうだ、王都の法衣貴族だ! どうせ変わらんからな、教えてやる」


 お、よしよし。

 誰が後ろ盾なんだ?


「それはな! ゴリオン子爵だ!」


 はい?

 子爵って……下級貴族じゃないか。


 ——— 


『基本的に貴族位は騎士爵、準男爵、男爵、子爵の下級貴族と、伯爵以上の上級貴族に分かれます』

『なるほど』

『そして、さらにその上に王族である公家公爵があり、王家となるのです』

『つまり、正式にいうとうちは貴族じゃないのか』

『そうですな』


 ——— 


 マシューからの講義を思い出す。

 確かに下級貴族では子爵は上位だが、上級貴族とは大きく権力も財産も違う。

 いまいち脅しに欠けるな……

 そんな事を思いながら縄をミスリルの細剣で切ろうとする。


 ——チャリッ


 だが、一瞬抜いた瞬間に音が出てしまった。


「ん? なんだ今の音」


 流石は裏稼業。小さな音にも敏感である。

 が、どうもアブラモフ代表は気にせずに近づいてくる。


「さあ、無駄話は終わりだ! お前ら、この小僧を連れて行くぞ!」


 後ろから数人、ガタイのいい男が出てきた。

 と、思ったら。


「おっと旦那。報酬がまだですぜ」


 そう言ってヘッドがアブラモフ代表に話しかける。

 どうもこの瞬間に音の件は忘れたのだろう。


「ちっ! 分かった分かった! これでいいだろ!」


 そう言って数枚の金貨を渡している。


「毎度あり。じゃあガキ、あばよ」


 そう言ってヘッドが地下牢から出て行く。

 だが、この間に俺は縄から脱出することが出来た。


「さあ、連れて行け!」


 そうアブラモフ代表が言うと同時に、俺は魔法を発動した。


「【リリース】!」


 その瞬間、手元にミスリルの細剣が現れ、そのまま抜き打ちで男たちの手首と足の筋を切る。


「ぐわっ!?」「いてぇ!!」

「な、なんだと!?」


 アブラモフ代表は驚いたようだ。尻餅をついている。

 五歳の少年が、一瞬で剣を抜き、部下を斬ったこと。

 さらに、その剣がこれまで見えていなかったこと。

 どれも信じられないという顔をしている。


「な、なんだ!? どうした旦那!?」


 どうやら裏稼業のヘッドも気付いたらしく、部屋に飛び込んでくる。

 と同時に剣を抜いていたようだ。

 手には厚みのある剣を握っている。


 とはいえ、流石に後ろに立っているとは思わなかったらしい。

 俺が首筋に剣を当てると、硬直していた。

 

「なっ! ガキ、お前……」

「さっきからガキガキうるさいな。動くなよ。動けば——斬る」

「なんて日だ、畜生が」


 そのまま剣を首に少し食い込ませる。薄ら首筋に赤い線が入った。

 彼は視線を彷徨わせている。

 恐らくどうにかして逃げるなり、打開策を考えているのだろうがそうはいかん。


「さあ、剣を捨てろ。5秒数えてやるからその前にな。5,4,3……」

「わ、分かった! ほら、捨てたぜ!」


 そう言うと、この男は剣を地面に捨てたようだ。

 それを部屋の端まで蹴り飛ばしておく。


 しかし、さっきからアブラモフ代表が静かだな……

 そう思いながらそちらに目を向けると。


「グエッ!」


 そんな声を立てて、裏稼業のヘッドが倒れた。心臓を一突きされ、死んでいるようだ。

 ついでに、床に倒れていた男たちもそれぞれ一撃で殺されているようだ。


「なっ……! お前は……」


 違和感のあったアブラモフ代表。

 彼はアブラモフ代表の顔をしながらも、筋肉質で、厚みのある短剣を2本手に持っている男だった。



 =*= =*= =*=


 レオンが地下牢で謎の男と対峙した頃。


「まったく……どこに居られるのだ!」

「ガイン隊長……あんまり焦っても仕方ないですよ」

「とはいえ、私の責任だ……! 早く見つけなければ……」

「でもですねぇ……」


 そんな会話をするガインと隊員。


「俺からすると、レオン様が簡単に負けるとは思えませんけどね」

「俺も思う」「俺も」


 数人の隊員からも同じ反応が見られる。

 何故か。


「大体、俺たちを百人相手にして負け無しですよ? 普通の五歳じゃないんですから……」

「ありゃあ、血筋だな」「でもハリー様はそこまでではないな」「いや、レオン様がおかしい」

「お前達は……」


 皆、百人斬りで負けた側である。

 それだけに、レオンの強さを身に染みて感じていた。


「とにかくだ! 我らは殿下より捜索命令を出されているのだ! あらゆる情報を手に入れ、早急に解決するぞ!」

『了解!』


 素直に返事する隊員たち。

 だが内心では……


『(ガイン隊長が騒ぐから、邪魔だったんだろうなあ……)』


 という意見で一致していたのだった。


 =*= =*= =*=


「お前は……誰だ? 変装か?」

「俺か? 変装じゃねぇよ、自前の顔だ。イゴーリの弟、デミトリ・アブラモフだ」


 弟なのか。

 道理で非常に似ており、少しの違和感でしかなかった。

 恐らく彼は、影武者なのだろう。

 そして、兄のために恐らく”そういう仕事”をしていたのではないか。


「成る程……兄の方は危険を察知したのかな?」

「ふん、アニキにはそんな頭はない。俺が進言した」


 明らかに場数を踏んでいることが分かる。

 さっき誘拐犯のヘッドを始末した方法も一撃で、ためらいもなかった。


「ふむ……しかし、外れくじを引いたな。俺に手を出した時点で、兄の方の運命は決まったものだ。破滅しかないよ」

「だろうな。しかし……お前さんも凄いな。一見ガキに見えるから油断して余計なこと喋っちまった。しかも、この瞬間に口調まで変わってやがる」

「ふふっ、誰も見ているものはいないからな。それに良いことを聞けたから機嫌も良いんだよ。何なら見逃してやろうか? それか俺の部下にしようか?」

「ここで引き抜きの交渉をするたぁ、正気じゃないが悪くはねぇ。だがよ、俺にも意地ってのがあるのよ」

「ふむ……決裂やむなしか」

「そういうこった」


 お互い、喋ることを喋ったためか、それ以上は喋らなかった。

 ただひたすら構え、相手の隙を窺う。


「(【身体強化】)」


 魔法を掛ける。

 お互い睨み合いを続けていたが、どちらかの汗だろうか。どこかの水滴の音だろうか。

 何かが引き金となったのだろう。同じタイミングで、剣を振るう。


「おりゃあああっ!!」

「はあああああっ!!」


 一合、二合、三合。

 お互い斬り結ぶ。

 俺の振るうミスリルの細剣は、魔力を通すことで十分な耐久力を持たせることが出来た。


「ふっ、ふっ、ふっ」

「ふーっ、ふーっ」


 息をつく。

 初めての命のやりとり。

 それは思った以上に精神をすり減らし、疲れに繋がる。


「ど、どうした。へたばったか」

「ふっ……そっちこそ」


 ——ガキィッ!!


 またお互いに斬り結び、離れる。

 どうもお互い、身体に傷を作っているようだ。

 俺は左腕に、彼は頬に。


 しばらく経ったところで、お互いが離れ口を開く。


「ここまで楽しいのは久しぶりだ……もっと楽しみてぇが……」

「そうだな……そろそろ、終わりにしようか……デミトリ・アブラモフよ」


 そう俺が彼の名を呼んだ瞬間、彼は驚いた顔になった。


「ははっ……俺の名を呼んでくれるたぁ、嬉しいじゃねぇか。誰もがアニキの影武者としか思ってくれねぇのに…………もっと、早くに会いたかったぜ」

「…………」


 なんとなく、彼の寂しさを感じてしまった。


「なあ、名前……教えてくれよ」

「俺か? ……俺は、レオンハルト・フォン・ライプニッツ。ライプニッツ公爵家第二公子だ」

「ははっ! 領主様の息子かよ! ……ああ、残念だなぁ……」


 そう呟きながら、彼は剣を構える。

 その瞬間、先ほどの寂しそうな顔は消え、殺気をありありと叩きつけてきながら笑顔を見せる。


「じゃあ、レオンハルト! どっちが先に、あの世に行くか勝負だ! 恨みっこ無しだぜ!」

「ああ、受けて立とうじゃないか」


 俺もデミトリに笑顔を向けながら、そう宣言する。

 そして、ありったけの殺気を剣に込めながら、弓を引くような形で細剣を構える。


「行くぜえええ!!」

「来い!!」


 踏み込んでくるデミトリ。

 俺はそれを正面から受ける。



 ——一瞬お互いがすれ違い、離れた。


 =*= =*= =*=


 そろそろ日付が変わろうとする頃。


「ガイン隊長!」

「なんだ?」

「情報が入りました」

「分かった!」


 ガインは一旦小隊を引き上げ、分隊に分けてから交代で情報収集に当たらせていた。

 というのも、「そろそろ休ませてくれ」という部下の無言の圧力があったからである。


 そうしていたところにもたらされた情報。

 少しでも良いので、捜索の進展になればいい……そう思いながら報告を持ってきた部下のところに行く。


「隊長」

「セベリノか。どうだった?」

「実は、西の裏路地の辺りで、人の出入りが多く見られたとの情報が上がっています」

「分かった、ならば俺の第1分隊が動く。セベリノ、お前は装備を調えて追いかけてこい。第2分隊は休んでおけ。一人は殿下に報告を入れろ」

「了解です」


 軍のベテラン兵であるセベリノ・アルマンサは、現在ガインの元で分隊長を務める下士官だ。

 特に、熱しやすいガインを諫め、兵士たちとの橋渡し、兵士の訓練などを行える非常に有能な人物である。

 その彼が持ってきた情報に、ガインはすぐに行動することに決めた。


「第1分隊、整列!」


 かけ声と共に分隊が並ぶ。


「これより、セベリノ分隊長の報告にあった西の裏通りに向かう! 絶対とは言えないが、レオン様がそこに居られる可能性が高いと思っている! かつ、戦闘の可能性もあるため、十分意識して動くように。良いな!」

『はっ!!』

「出るぞ!」


 ガインのかけ声と共に、分隊が出発する。

 これが吉と出るか、凶と出るか。

 今は神のみぞ知る。


 =*= =*= =*=


 ——ザンッ!


 お互い一瞬のすれ違いだった。


「ぐっ……!」


 右の腕が熱く感じる。

 恐らく、かなり斬られたのだろう。


「ちっ……」


 後ろからは舌打ちが聞こえた。


 ——ドサッ


 それと同時に、何か倒れる音と、そして鉄分の独特の匂い。


 後ろを振り返ると、デミトリが倒れていた。

 首元から血を出しており、長くないのは明らかだ。


「デミトリ……」

「レオン、ハルト……流石だった、ぜ」

「お前……」

「俺は……本気で……殺そうと、した……気に、すんな……そういうとこ……まだ、ガキだ、な」


 そう言いながらデミトリは笑顔だった。


「否定出来んな……」

「だろ……? まあ、ためらい、なく斬ってんだから……それは、及第、点にして……おいてやるぜ……あばよ、レオン……あの世で、待ってる…………ぜ」


 そう言うと、彼は目を閉じ、息を引き取った。

 俺はそれを見ながら、目を伏せ黙祷を捧げるのだった。


 ——さらばだ、デミトリ。



 * * *


 怪我をしているので、何か良い魔法がないか探す。


「【ヘルプ:治療】」

《お探しの情報は見つかりませんでした》


 だと思った。


「【ヘルプ:修復】」


 さあどうだ?


 =========================================

 $ユーザ 【ヘルプ:修復】

 《お探しの条件に以下の内容がヒットしました》

 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 [1]対象物を検査・修復する

 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 [2]対象物の情報を検査・修復する

 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 [3]ユーザ情報を検査・修復する

 =========================================


 ……なんか微妙。

 仕方ないので、白属性魔法である【キュア】を使う。

 

 =========================================

 $ユーザ 【ヘルプ:キュア】

 ・キュア

  白属性魔法。自分の細胞活性化を行い、治癒力の

  上昇、解毒作用上昇を行う。

  ただし、十分な魔力や体力が必要である。

  老化には影響しない。

 =========================================


 はい、ありがとうヘルプさん。

 結局これは、あくまで治癒力上昇なので、すぐに怪我が良くなるわけではないし、細胞活性化なので、その分エネルギーを使う。

 まあ、老化に影響がないのはいいが、腹が減っている場合は十分な魔力がないと、いまいち効果がないという訳だ。


 だが、背に腹は代えられないので、右肩と左腕の怪我が少しでも早く治癒するように魔力を使う。

 有り難いことに魔力は沢山あるからな。


 さて、そろそろこの地下からも出て行かなければいけない。

 牢の扉は開いたままなので、細剣を抜いたまま警戒しつつ動く。

 ちなみに隣の牢には何もいなかった。


 

 そのまま上に上がろうとすると……


『な、何で騎士が!』

『失礼、実はある人物を捜索しておりまして。少しご協力頂きたいのですが』

『し、知らない! あんたらに協力なんかするか!』


 上の階から声が聞こえる。

 どうも騎士が来ているようだ。

 上にいる連中は、恐らく俺がいることを知っているため、必死で押し戻そうとしているのだろう。


『では、協力は結構です。領主の命により、強制捜索します』

『なっ! ふざけんな! おいお前ら、蹴散らすぞ!』

『おう!』


 どうも上では騎士たちとここの連中で、戦闘になっているらしい。

 一気に階段を駆け上がり、階上に姿を現すことにした。


「やあ、お迎えご苦労様」

「レオン様! ご無事で!?」


 そう声を掛けてきたのはガインだった。


「すぐにお逃げください! ここは我々が!」

「いや、その必要はない」


 そう声を掛けながら、後ろ手に引っ張っていた物を彼らの前にさらけ出す。


「なっ!!」「お、お頭!」「そんなっ!」


 それはデミトリに殺された彼らのヘッドの死体。


「悪いが、こう見えて僕は怒っているんだ。とっとと降伏しないなら——同じ運命を辿ってもらうぞ?」


 声に殺気を滲ませながら言い放つ。

 すると、途端に彼らは武器を捨て、諦めた表情で降伏した。


「レ、レオン様……これは、レオン様が……?」


 ガインも驚いたのだろう。

 おずおずとこちらに聞いてくる。


「後で話すよ。今はまず、戻って報告しなきゃ……直ちに連中を拘束、捕らえよ! 地下には数体、主犯の死体がある! それも回収するんだ! ガインと他に二名、僕の護衛に付け! いいな!?」

『はっ!』


 一応これでも公子である以上、命令権はあるのだ。

 小隊に命令をし、その場を離れる。

 俺の後を、ガインと数名の騎士が付いてきた。


「ああ、こんなところだったのか」


 西の裏通り。

 いくら善政を敷くと有名な父でも、この西の裏通りには手を焼いていた。

 所謂裏稼業の連中がおり、それもルール無用の連中がいたのだ。


 これで少しは、この辺りの治安も良くなってほしいものだがな……



 * * *


「レオン!」「良かった……」


 領主邸に戻ると、両親が出迎えてくれた。

 父と母から抱きしめられ、やっと帰ってこれたことに安堵する。


「ふええっ、無事で良かったよぅ、レオン様ぁ〜」


 泣きじゃくりながらミリィも出迎えてくれた。


「この馬鹿が……! よく無事に戻ったな……」


 フォルク師匠は師匠らしく、背中を強くバンバンと叩いてきた。

 だが、顔をくしゃくしゃに歪めているところからすると、泣くのを我慢しているっぽい。


 そうやって出迎えてくれた家の皆に声を掛けていると、頭の後ろに柔らかく温かい物が。

 ノエリアさんがまたもや後ろから抱きしめてきた。


「…………良かったぁ」

「ノエリアさん、ただいま戻りましたよ」


 ノエリアさんは泣いているのか、なんか頭が湿っぽく感じる。

 そう言いながら、俺は身体を離してノエリアさんを正面に見る。


「ノエリアさん、心配掛けてごめんなさい」

「うぅん……もっと気を付けなきゃいけなかったのはぁ、私の方だからぁ……」


 そう言ってまた涙を溜めて抱きしめられる。

 仕方ないので、一回だけぎゅっと力を入れてから、背中に手を回して軽く叩き、離してもらう。


「あら〜♪ いいわね〜」

「母上……」


 結果。しばらく俺とノエリアさんは母からからかわれることになるのだった。


 * * *


「さて、報告を聞こうか」

「ええ」


 既に日付は変わっており、本当は寝たいところだが父への報告は行わなければいけない。


「実行犯は、西の方で裏稼業をしていた連中です。ヘッドは死亡し、死体についてはガインの小隊が回収しています」

「そうらしいな。ガインからも報告を受けている。……お前がやったのか?」

「それは……」


 そうして俺は、地下牢での出来事を話した。

 だが全ての真実は話せないので、適度に話していく。


 ミスリルの細剣は、地下牢で相手の不意を突き、剣を奪ったことにした。

 そして、依頼主であるアブラモフ代表の話。


 実は来ていたのは、代表の弟であるデミトリであること。

 デミトリが実行犯のヘッドを殺したこと。

 ——そして、デミトリとの戦いの末、デミトリを俺が殺したこと。


 じっと話を聞いていた父は、しばらく目をつぶっていたが、元の顔に戻りこう言った。


「そうか、状況は分かった。そして……お前の戦いについてもな。色々言いたいことはあるが……」

「はい」


 そりゃそうだ。

 年端もいかない子供が人を殺したとか。

 しかも明らかに格上と思わしき相手と正面から戦ったとか。

 親として色々言いたいことがあって当然だ。


「だが、何より、無事で良かった。良く……良くやったな」


 そう言いながら、頭を撫でてくれる。

 それはいつもと変わらない父の手。

 ただ子供を守り、子供を想う、父親の手だった。



 * * *


 次の日。


「しまった……寝過ごした」


 夜明けと共に、騎士団の2個小隊がアブラモフ代表を拘束するために出発することが昨日……いや、今日の0時頃に決まっていた。

 本当はそれに俺も参加するつもりだったのだが……


「完全に10時近いな」


 思い切り朝寝坊である。

 だが、昨日は結局2時頃に寝ることになったわけで。寝過ごしても文句は言われまい。


「さて、と……」


 軽くストレッチをしてからベルを鳴らす。

 すぐにミリィが部屋に来た。


「おはようミリィ」

「おはようございます、レオン様。よく休まれましたか?」

「ああ」

「それは良かったです。では洗顔とお着替えを……」


 ミリィに促されて顔を洗い、服を着る。

 食堂に下りると、マシューが待ってくれていた。


「おはようございます、レオン様。本日の顔色はよろしいようですな」

「おはようマシュー。流石にしっかり寝たからね」

「ようございました。さて、こちらを……」


 準備された朝食を摂る。

 当然ながら両親や兄姉は既に食事は済んでいるので、今日は一人だ。


 食後、マシューに紅茶を入れてもらいながら尋ねる。


「そういえば、騎士団はアブラモフを捕らえられたかな?」

「おお、そうですな。報告を頂いておりますぞ。こちらです」


 そう言って、マシューから一枚の紙を渡される。


「ふん、ふん。そうか、良かった」

「ええ、左様ですな」


 結局、道具ギルド代表イゴーリ・アブラモフは捕らえられ、王都に移送されるようだ。

 今回の場合、知らなかったとはいえ王族の誘拐指示や、他ギルドへの権利強奪未遂など大きな犯罪であるため、王都で判断されるようだ。


 恐らく極刑は逃れられない、あるいは“病死”にされるのは確定と考えられるそうだ。


 朝食の後、今回手に入れた剣のメンテナンスをする。

 ミスリルの細剣なので鋭さや強度は変わらないが、何人か斬っているので拭き上げて血液など綺麗に取る。

 細剣を鞘に収め、部屋の剣置きに置いてから、隣の”何も置かれていない”ところから何かを掴む。


「【リリース】」


 現れたそれはデミトリの双剣。

 実はデミトリを倒した後、この双剣だけは回収していた。

 別に友人だったわけではない。でも、初めて命のやりとりをし、認め合えた相手。


 なんとなく、この剣を持っておきたいと思っていた。

 それに、この剣は鉄ではないようだ。

 今は何の鉱物か調べていないが、恐らくかなり硬度のある金属、あるいは合金だろう。

 これも血液などを拭き取り、また剣置きに立てかけてから魔法を掛ける。


「【ヒドゥン:デミトリの双剣】」


 すると、デミトリの双剣が見えなくなった。

 これを見つけたり、触れられるのは俺だけ。

 コマンド【ヒドゥン】は隠しファイルを作るためのものだ。

 これを使えば、対象の不可視化が出来る。


「さて……」


 なんとなく、デミトリに黙祷を捧げた俺は、ミスリルの細剣を腰に差し、魔導具ギルドに向かうのだった。


 * * *


 今日は一旦魔導具ギルドを臨時休業にするらしく、明日からの作業の準備だけをして早めに帰ってきた。

 夕食までの間、マシューに紅茶を入れてもらう。


 なんとなく、マシューは俺に言いたいことがありそうだ。


「さて……なんかありそうだね、マシュー?」

「ほほ、お気づきでしたか」


 そう軽く笑ってから、マシューは今度は封筒を一つ取り出す。


「こちらを」

「ああ、ありがとう…………ん? この封は……」

「大至急でこちらに届いたものでございます」


 マシューから渡された封筒。

 それは非常に高品質な紙であると同時に、非常に特徴ある封がされていた。


 それは、竜の紋章。この国では特別な物である。

 そして、竜の紋章はライプニッツ家の紋でもある。

 うちの紋章は王冠を被った一頭が、翼を広げた状態で、剣先を下にして剣を掴んでいるものだ。


 だがこの紋章はというと。

 二頭の竜が頭に王冠を被り、向かい合って剣と杖をお互いに交差させた形状。


 そう。この紋章は——


「イシュタリア王家の紋章……か」


 封を開き、中の手紙を出すと、そこにはこう書かれていた。


『此度の件につき、ライプニッツ公爵家第二公子、レオンハルト・フォン・ライプニッツを王城へ召喚する——第45代イシュタリア王国国王 ウィルヘルム・アダマス・カッセル・イシュタリア』

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