終戦直後 東京陣営

 神奈川との戦いを勝利で収めた東京陣営には、勝利後に凱旋インタビューや東京都庁直々の報奨金授与などがあり、神奈川陣営と比べて忙しかった。

 無論、神奈川陣営にもインタビューなどはあったが、東京陣営はその比ではない量が押しかけて来て、元々口数の少ないさかいが困り果てていたが、そこは経験を積んでいる遠藤えんどうがフォローし、なんとかその場を収めた。

「あぁ、疲れたぁ……」

 いち早くソファに倒れた常盤ときわの隣に、さりげなく座る成瀬なるせ

 労をねぎらうように頭に置かれた手に気付き、仰いだ彼の頬が照れて紅潮しているのが見えると、改めて彼の膝を枕に寝る。

 膝枕で改めて見る自分の彼女のほくそ笑んだ顔が可愛くて、思わず逸らした視線の先に遠藤がいて、思いっきりドヤ顔でからかわれた。

「え、遠藤、先輩……」

「君から話しかけてくるなんて、珍しいじゃないか」

 堺は視線で促す。

 そこには一人不貞腐れて、チームの輪から外れているエリザベートがいた。

 未だ神奈川陣営をおびき出すための餌にされたことに対して、立腹中である。

 堺が放つ無言の圧に押されて、遠藤は渋々謝りに行く。

 最初は顔も向けないエリザベートだが、遠藤の誠意が伝わったのか徐々に遠藤へと向いてくれて、最後には遠藤がパシリとして飲み物やタオルなどの注文を受けて応じていた。

 どうやら一日、遠藤は彼女の奴隷らしい。

 だがどんな形であれ一先ずは収まってくれて、堺を含めた全員が安堵した。

「ドン・キホーテ」

 常盤と成瀬の様子をずっと遠くから眺めていた狂戦士は、ゆっくりと常盤の指示に従って歩み寄る。

 常盤が手を伸ばすと触れたい箇所がわかったのか、これまたゆっくり膝を畳んで座り込み、黙って頬を撫でられた。

「ありがと、ドン・キホーテ。私達のために戦ってくれて、本当に、ありがと」

「……俺からもありがとう、ドン・キホーテ。玲央れおを、みんなを護ってくれて」

 今回の戦いにおいて、最も勝利に貢献したと言えるだろう騎士は、二人の言葉を静かに受け止める。

 この戦いにおいて姫と見初めた人とそのつがいたる人の言葉は、彼にとって勲章に近いのかもしれない。

 そう思えば、彼の願いは叶ったのだろう。

 彼の妄想は異世界に転生して、現実に叶えたのだ。

 そう思えば、貴重な光景を目にしているのかもしれない。

「コータ」

 ならば彼女にとっての褒賞とはなんだろう。

 この気高く美しい聖女は、一体何を欲していたのだろうか。

 そしてそれは今の自分が、与えられるようなものであるのだろうか。

「お疲れ様でした。そしてありがとうございました。我が同胞の不始末を、あなたに押し付ける形になってしまって申し訳なかったですが」

「気にしない。ただ……」

「なんでしょう」

 堺には、彼女に上げられる褒賞など思いつかない。

 しかしどうしても、言葉にしたいことがあった。

 言ったところで彼女も、彼女のために戦った青髭も、報われるとは思えなかった。

 しかし伝えなければと思ったのは、堺の身勝手かもしれない。

 初めて出た、彼の欲かもしれなかった。

「俺にとっての、太陽、は……あの子、だと、思う。そして、あの人にとっての太陽、は、あなただったのだと、俺は、思う。自分の太陽のため、だったら、人は、あそこまで落ちてしまえるのだと、知った。そのせいで、太陽から届かなくなっていく、それでも……」

「意外と詩人ですね、コータは」

 初めて、ジャンヌが笑みを見せる。

 堺なりに、ジャンヌをなんとか励まそうとした健気さが、彼女に伝わった瞬間だった。

「そうですね。ジルが――彼が私のために戦おうとしていた事は理解しているつもりです。ですが、私達が崇拝し、信じていた主に対して背反することは許されません。命を賭して救った祖国で悪行を繰り返した彼に、主は裁きを下した。それだけのことです」

「ジャンヌ」

「コータ。あなたにとっての太陽が失われた時、きっとジルと同じように心が病んでしまうかもしれません。悪へと落ちるか。力を失って朽ち果てるか。だからどうか、あなたのためにも護ってあげてください。あなたにとっての太陽を。この時代にはもう、魔女と呼ばれて焼かれる女性はいないですから」

 これもジャンヌなりの励ましだったのかもしれない。

 命を育む太陽の輝きが眩く感じられれば感じられるほど、失ったときの絶望感はあまりにも大きく、人を簡単に闇へと引きずり込んでいく。

 実際に堺も彼女を失ったとき、どうなるかなんてわからない。

 しかし少なくとも聖女からの言葉を受け取った今は、闇に落ちることなどない。

 国を救った聖女の輝きは、異世界を渡り歩いてもなお健在だった。

 だからこそ、青髭も救おうとしていたのかもしれない。

 むしろそんな人でなかったら、異形の悪魔になってまで、彼女を救おうなどとは思わなかっただろう。

 それだけ眩い光だったからこそ、二十歳にもならない少女に人々はついていったのだろう。

 だからこそしっかりと、彼女の言葉を受け止める。

 その証として、彼女と硬い握手を交わし、堺もまた彼女に対して初めて笑みを見せた。

「堺くん。そこに彼女がいたよ。行ってあげたらどうだい?」

 パシリから戻って来た遠藤が言う。

 一瞥を向けた全員から行ってこいと促され、堺は向かった。

 堺の姿を見つけた太陽は、嬉しそうに笑って駆け寄って、抱き着いて来る。

 彼女の胸の鼓動が、疼く熱が温かく、命の感触を伴って、青年の体にうずまった。

「お帰り! 光汰!」

 お帰り。

 孤児院で言われたこともあったが、彼女が言うとまるで違うものに聞こえる。

 言葉に熱が、心が籠められていたからだ。

 何より、太陽が発した熱だからだ。

 故に堺もまた、自分が放てる精一杯の熱で応える。

「ただいま、日向ひなた

 このとき背後で様子を窺っていた常盤が短い悲鳴を上げ、からかいに行こうとした遠藤をエリザベートが押さえ込み、成瀬はガッツポーズを決めて、ジャンヌは優しく微笑んでいた。

「主よ、どうか二人に主の御加護があらんことを」

 聖女は祈る。

 きっと彼女が祈れば、どんな神でも聞き入れてくれることだろう。

 故にこの時初めて唇を重ねた二人には、幸せな未来が待っているに違いない。

 その答え合わせはまだできないけれど、きっと、きっと――

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