第24話 姿を偽る


「さて、色々話したいことがあるのですが……ん?」


 アルベールがかしこまって話そうとしたところで、廊下から足音が聞こえた。

 その足音は光の部屋の前で止まっとようだ。そしてコンッコンッとノックされた。


「何?」


 ノックをした人へ光が問いかける。母か父だろう。健から聞いたか、学校から聞いたのか、この怪我のことを知られて問い詰めに来たのだろうと思い、ベッドから起き上がって身構えた。

 しかし返ってきた声は両親ではなかった。


「俺だ。とりあえず入るから」


 声の主は弟の健だった。

 ガチャッと光の部屋の扉を開けて小さなポーチを持った制服姿の健が入ってきた。健は入ってすぐに部屋の扉を閉じた。

 今までに健が光の部屋にこうしてやってきたことはほぼない。小さい頃――幼稚園のころまではあったが、小学生にもなると健は光よりも全ての面で上回り共に遊ぶこともなくなっていた。


 健は部屋をキョロキョロしたのち、ベッドに座る光の顔をまじまじと見つめた。

 健の見透かしたような目に見つめられて。光は慌てて目を反らした。


「その顔で下にでてきたら困る。顔そのままにして」


 目を反らしたとき、丁度アザとなっている左頬が健の方を向いていた。

 健が姿勢を低くし、ゆっくりとガーゼを取る。

 光は訳もわからないまま、されるがままに動かないでいた。

 健は持ってきたポーチを開けて何かチューブを取り出した。それを自身の手に取り、光の赤黒くなっている頬に塗る。


「動かないで」


 何をやっているのか気になって健の方に顔を向けようとしたら、健に止められた。

 健は真剣な顔で塗っているようだ。

 少しでも力が加わると痛むのだが、健は丁寧に痛くないように塗る。


「何これ?」


「黙って。これで赤いの消すの」


「……」


 端から見ればどちらが兄なのかわからない。

 健にされるがまま、動かず喋らずにしているしかなかった。


 塗りおえたのか、再びポーチを探り今度はスティックを取り出した。

 そのスティックを再び顔につけていく。

 少し経つとポーチから別のケースを取り出した。ケースを開けると肌色の固形物が見えた。

 健はスポンジでそれをとると光の顔につけていく。


「これでよし。コンシーラーで色が目立つ所は消して、ファンデーションを重ねれば消せる。やり方わかったでしょ。全部あげるから使って」


 全て終わったのか使ったものを全部ポーチに入れて光の横に置いて立ち上がる。


「ねぇ、ちょっと待って。なんでこんなの持ってて使えるの?なんで俺にこんなことするの?」


 立ち去ろうとする健を光が止めた。

 健は光を見ることなく答えた。


「言わない」


 健に対して疑問を抱いたが、光は問い詰めなかった。

 健も問い詰められないとわかっていたのかそのまま光の部屋から去って行った。

 健が去る際、アルベールでもなく健でもない声でクスッと笑う声が聞こえた気がした。



「凄いですね、弟さんの技術力。アザが目立たなくなってます」


 謎の声にアルベールは気づいてないようだ。きっと気のせいだったのだろうと思い、光も触れなかった。

 ずっと黙って様子を見ていたアルベールが光の顔を見るなり感心していた。

 ベッドから離れて机の引き出しから鏡を取り出して確認する。赤黒くなっていた頬が見事に消されていた。


「うわっ、すご。あいつなんでこんなうまいんだ?」


「これ、化粧品ですよね?普段から使っているんでしょうか?」


 健が置いていったポーチはガチャガチャで見たことのあるような作りがあまいものだ。中に入っている化粧品は綺麗だが、何度か使っているようだった。


「普段から化粧?そんな趣味があったのか?健に?」


 ニュースでは男性も化粧するとやっていた。健は流行に遅れないタイプだとは思っていたが、それだろうか。


 2人で頭を抱えていると、下の階から夕食の時間だから降りてきてという内容の母の声が聞こえた。


 化粧と健のすごさに驚きながら、とりあえず夕食へ向かった。



 家族揃っての夕食。

 学校はどうか、勉強は、進路はと両親は相変わらず健の話ばかりだ。光には話を振らない。それはいつも通りなので気にとめなかった。健も何事もなかったように会話している。食事中、両親は光の怪我に触れることも気づくこともなかった。

 光はそのままひっそりと夕食を終えて部屋に戻った。



「何にも言われなかったわ。ほんとすごい、これ」


 部屋に戻ってまた鏡で確認する。

 様々な角度から見ていると、アルベールが苦笑いしているのが鏡にうつった。


「明日からは自分で出来るようにしないとですね」


「早起きしなきゃだね」


 鏡を置いて、学習机のイスに腰掛けた。

 アルベールはふわっと飛んで、机の上に正座して座った。


「光君。よろしいですか?」


 かしこまったアルベールを見て、光の背筋もピンと伸びた。


「うん、どうぞ」


 黒い髪から覗く赤い目を見つめ、しっかりとアルベールと向かい合う。

 アルベールは一度深い呼吸をしてから重い口を開いて語り始めた。

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