一呼吸をつけたとき

第13話 深い愛

 毎日授業を終えると屋上で花の世話をする。

 初日以降はスマホは身につけることにした。

 すると花の世話をし始めてすぐに通知がきた。


「どした?」


「誰か近くにいるみたい」


 屋上へやってくる扉は1つだけ。

 その扉へ目をやると、ほんの少し扉を開けて覗いている人がいるように見えた。


「あいつか!」


 竜之介は急いで走って扉を開けた。

 するとそこには驚いて尻もちをついた女子生徒がいた。


「え、えーっと……お邪魔しました!」


 女子生徒は走って逃げようとしたが、そのスピードより竜之介の動きが速かった。女子生徒の腕を泥がついている軍手で掴んだ。


「逃がさねえぞ」


「ひいっ!すみません、すみません!」


 周りから見たら、竜之介がにらみつけて脅しているようにしか見えない光景だった。

 光はゆっくりそこへ近づき、竜之介の後ろから女子生徒をのぞき見た。


「彼女は見ていただけです!その汚い手を退けなさい!」


「うおっ!?」


 捕まれた腕に降り立った小さな人――王であろう人物は、手に持った傘で竜之介の手を叩いた。

 竜之介は慌てて手を離すと、小さな王は女子生徒の前に立った。


「ありがとう、ヒリス」


「気にすることなくてよ。あんな暴力男、相手にしないほうがいいのでは?」


「暴力男とはなんだ!?俺は話をしたくて止めただけだぞ?」


「やり方がやり方ですの!そんな汚い手で葵に触らないで!」


 葵と呼ばれた女子生徒は立ち上がり、制服を整え、乱れた長い髪を耳にかけた。


「ヒリス、覗いてたのも悪かったの。ごめんなさい、覗いてしまって。契約者の方がいるので気になって見てました」


 葵は頭を下げて謝罪した。


「こっちも手荒で悪かった……その色は1年か?」


 この学校では上履きの爪先の色で学年が別れている。光たちは緑だが、葵は赤だった。


「はい。私、1年の田島たじまあおいです。彼女はヒリス」


 黒いゴスロリのような服に映える金髪ツインテールの王はヒリスと言うらしい。頭を下げることなくそっぽを向いている。


「ごめんなさい、ヒリスはこういう性格で……」


「いいって。俺は新島竜之介、2年だ。んでクラシス……どこいった?」


 雑草をとっていたクラシスの姿が見えない。


「クラシス!?クラシス様ですの!?」


 そっぽ向いてたヒリスの目が輝き、竜之介の足の間を走り抜けて屋上へ走って行った。

 竜之介、光、葵もヒリスの後をついて行く。


 ヒリスは傘を振ると、傘の先からキラキラした光の粒が道を示す。


「見つけましたわ!」


 光の粒に従い進むと、プランターの裏にできる限り小さくなっていた。


「クラシス様ー!!」


「ばれた!」


 ヒリスは視界にクラシスを捉え、飛びつくように跳ねた。クラシスはそれを避けて竜之介に助けを求めた。

 ヒリスはクラシスにかわされたが、体制を整えて再びクラシスを追う。


「アルベール!」


 クラシスは立っていたアルベールの後ろに隠れた。もちろん体格はクラシスの方が大きいため、全身隠れることはできない。ヒリスには見えているが、アルベールの前に急ブレーキをかけて止まった。


「誰かと思えば、兄殺しのアルベールじゃないですか。クラシス様を渡してくださいます?」


「そう言われても……」


 兄殺しという言葉が気になった光だったが、3人の王をそのまま見ていた。


「頼む、アルベール。あいつをどっかにやってくれ!」


「クラシス様を渡してください!」


「えー……」


 同盟関係のクラシスを助けたいが、攻撃をしたら争いになるかもしれない。

 クラシスを渡してしまったら、クラシスに恨まれる。

 何もできないアルベールは目で光に助けを求めた。



「争いはやめて、話そうよ」


 光はアルベールの求めに応じて、アルベールとクラシスをすくい、クラシスは竜之介に渡した。

 葵もヒリスを持ち上げた。


「竜之介ー!なんで助けてくれないんだ!竜之介!」


「わり、なんか面白そうな雰囲気だったからさ」


 クラシスは竜之介の制服の胸ポケットに潜り込んだ。


「とりあえず座るか」


 竜之介に促されて、屋上にある机を囲むように椅子に座った。

 クラシスはポケットから顔を覗かせることがあるが、ほぼ出てこない。


「改めて、俺が新島竜之介。んでポケットにいるのがクラシス」


「僕は早瀬光。彼はアルベール」


「アルベールです。よろしくお願いします」


 アルベールは机に降りて軽く頭を下げた。


「私は田島葵で、彼女がヒリス」


「ヒリスですわ」


 ヒリスは竜之介のポケットを見つめている。



「で、なんでヒリスがクラシス追ってるわけ?」


「クラシス様は私の王子様ですの!」


 竜之介の問いにヒリスは目を輝かせて答えた。アルベールは苦笑いしている。


「あんまり答えになってないんだけど……国を攻める訳じゃないのか?」


「あら?ならあなたが死にます?クラシス様がいないと意味ないので」


 ヒリスは竜之介に傘の先を向けた。 


「ヒリス!それは失礼でしょ!」


 葵はヒリスの傘を奪いとった。


「ごめんなさい、ヒリスは彼のことが大好きなのよね?」


「そ、そんな大好きだなんて」


 ヒリスは耳まで顔を真っ赤にして両手で顔を隠した。


「俺は好きじゃないって言ってるだろ」


 クラシスはポケットから顔をだしてつぶやいた。


「何があったんだ、クラシス」


「そうよ、ヒリス。何があったの?」


 クラシスは何も答えない。ヒリスも自分の世界に入っているのか何も答えない。


「僕が言ってもよければ、お話ししますがどうですか、クラシス」


「かまわない」


「頼むぜ、アルベール」


「クラシスから聞いたお話ですと、小さいときに川で溺れかけてたヒリスを助けたそうです。その後何度か結婚しようとヒリスの方から言われたと言ってました。全て断ったようですけど。段々その手段が過激になってきているみたいですね」


 アルベールは苦笑いして話した。


「まあ!素敵な恋!ヒリス、応援してるね!」


「クラシス、変なやつに絡まれたな……」


 この片思いは男女で受け取り方が異なるようだ。葵は楽しそうな顔をしているが、竜之介は哀れんだ顔をしている。


「なんでクラシス様が兄殺しと一緒なんですの?」


「そうだ、その……兄殺しってのは……?」


 ヒリスの問いに竜之介が乗った。アルベールの表情が変わる。


「アルベール、言いたくなきゃ言わなくていいぞ。お前のせいじゃない。俺はアルベールの仲間だからな!」


 クラシスが真面目な顔をしてアルベールに声をかけた。アルベールは胸に片手を当てて精一杯の笑顔を作って光の顔を見た。


「光君、話せるときがきたら話します。待っててくれますか……?」


「うん」


「ありがとう」


 空気が暗くなったが、すぐにヒリスがクラシスに向かって飛んだ。


「クラシス様!ヒリスと一緒になりましょう!」


「くんじゃねぇ!!!」


 沈んだ空気がすぐに明るくなった。


「とりあえずは攻める意思はないってことでいいな?」


「はい。どんな人なのか気になっただけですので。それに私たちは攻撃できるようなスキルもないので」


「それだと生き残るのも大変なんじゃ?」


 ポケットから出たクラシスとヒリスでまるで鬼ごっこしているが、それを無視して話しだした。


「なので私たち、同盟を結べる方を探してたんです」


「俺たちも結んだしな」


「私たち、情報収集と回復が得意です!同盟に入れてもらえませんか?」


 葵の提案に竜之介は光の顔を見た。

 難しい話は苦手な竜之介。クラシスはひたすら逃げ回っている。 

 光はアルベールを見た。


「僕は悪くないと思いますが、その、クラシスはどうかわからないです」


「クラシス、同盟結びたいってさ。どうするる?」


 竜之介はクラシスをつまんで、鬼ごっこから救出した。一安心したクラシスだが、ヒリスに追われるとなると頭を悩ませた。


「ヒリスは同盟結ぶのいいよね?」


「クラシス様と同盟!素晴らしいですわ!それはもう結婚も同然……」


「結婚はしねえ!!」


「で、どうなんだクラシス」


 ヒリスは目を輝かせている。クラシスは悩んで悩み続け、答えをだした。


「結婚はしないが、同盟は結ぶ!じゃないと永遠と追いかけられてやつれそう……アルベールも一緒の同盟にな!アルベール、いいか?」


「僕はいいと思います」


「2人だけの同盟でないことは残念ですが、あとで2人だけの結婚という同盟も結びましょうね、クラシス様」


「それは断る」


 奇妙な関係のヒリスを加えた同盟が結ばれることになった。

 防御タイプの光、攻撃タイプの竜之介、回復と情報収集ができる葵のバランスがとれた同盟なんじゃないかと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る