第6話 邂逅、三人目の少女

れい、首尾はどうだ」

「よう、晃陽こうよう。相変わらず女子の扱いが上手いな」

「何のことだ」


 晃陽は、明るいクラス委員長と、スポーツ少女を連れ、きょとんとした顔。


「まぁ、いいけどよ」


 黎は、苦笑いで南校舎二階の教室を指差す。


「一応、氷月ひづき先生と手分けして、全部の教室に揚げ物を置いたぞ」

「まぁ、教室が少し油臭くなっただけだったね」


 トイレに行っていたらしい氷月がやってきて言った。そして、新たに加わった女子生徒二人をチラリと見て、何かを納得したように微笑する。月菜つきな香美奈かみなは、不安気に顔を見合わせる。


「向こうの階段から、女子が上がってこなかったか」


 晃陽の質問に、黎が「さぁな、氷月先生は」と、話を振る。


「そういえばチラッと見たね。ここの制服ではないように思えたが」


 チラッと見ただけにしては、大した観察眼だった。晃陽が鼻息荒く詰め寄る。


「本当だな。よし、黎、二人で追い込むぞ、お前は東階段から―――って、おい」

「他校の生徒なら、入れる教室は俺たちの部室しかねぇだろ?」


 とっとと三階に上がっていく黎を急いで追う晃陽。


 二色南中学校は教室に入るのに網膜スキャンか、IDの入力が必須である。

 人が開けたドアに滑り込むのでなければ、行ける場所は限られてくる。


 理屈としては正しいが、晃陽は釈然としない気分で、図書室の隣、『芸部部室』とA4の紙に汚い字で書かれた図書準備室へ入る黎を追った。


「一人で行くな黎。まずは俺が結界を―――っと」


 勢いよく走り込んだら、入り口近くで立ち止まっていた黎の背にぶつかりそうになった。


「どうしたんだ、黎」

「いや……」

「ん?」


 晃陽は一歳年上の親友より10㎝も低い。

 背伸びをして黎の肩越しから“先客”を見た。


「お前は……誰だ」


 氷月の言う通り、二色南とは微妙に違う制服を身に纏った少女が、少し怖がっているような表情で立っていた。


※※


 初対面の印象は、おとなしそうな少女だった。


「春から、この学校に転校することになってる、暁井明あけい・あかりです」


 小柄で細身だが、月菜とは違い肌は白く、繊細な印象を抱かせる。


「今日はお母さ……母親と学校の説明を受けに来たんですけど、ちょっとトイレに行こうと思ったら……ええと」

「なにか、あったのかい」


 氷月が、話し辛そうにしている近い未来の転校生に、優しく声をかける。


「廊下で何かにつまづいて、壊しちゃって」

「なにか?」

「ええと、誰かの工作?みたいな」

「……晃陽、お前、職員室の前に何か置いてきてたよな」


 黎にそう訊かれた晃陽は、ハッとしたように青ざめた顔で叫んだ。


「なんてことをしてくれた。それは妖を閉じ込めるためのやしろだ」

「え!? 何、ご、ごめんな、さい?」


 突然の剣幕にたどたどしく謝罪する。月菜と香美奈はその光景に小さく同時に溜息を吐いた。


「え、でも、あんな小学生の工作みたいな割り箸工作で―――」

「小学生とは何だ。あれはな、あらゆる宗教の真言や呪文を唱えながら、さる高名な神社の材木を使って作った霊験あらたかなものだ」

「あらゆる宗教を使っちゃったらダメなんじゃないかな」

「え?」

「なんだか、ありがたみが無くならない? あと、神社から貰った割り箸勝手に使ったら家の人に怒られるかも」

「なっ……」


 ちゃらんぽらんなところはあるが、締めるところはしっかり締める両親のことを出されて動揺する晃陽。


「それと、あなたはなんでそんなに腕が真っ黒なの?」

「……退魔の呪文を刻んできたんだ」

「ああ、あのときの意味不明な大声はあなただったんだね。怒られると思って逃げちゃった私もよくないけど。ご愁傷様だね」

「何がだ」

「墨って、洗濯しても取れないんだよ」

「なん……だと……」


 帰ったら叱られることが確定し愕然の晃陽を無視して、暁井明は年長者たちに向き直った。


「来年度から、よろしくお願いします。先生、先輩」

「あ、ああ」

「よろしく」


 黎と氷月が応じると、明は女子の方にも目を向けた。


「二人は、あの変な人と同い年?」


 変な人呼ばわりされた変な奴は、「社を見てくる」と言い残し数秒前に飛び出していった。


「そうよ。浅井香美奈です。よろしくね、暁井さん」

「藤岡月菜だっ。暁井さんはソフトボールやるか?」

「運動はちょっと……」

「暁井明ィ!」


 女子同士の会話が始まりそうだったところに、うるさいのが帰ってきた。その手にはヘンテコな工作の残骸がある。


「貴様、これで妖が逃げたらどうしてくれる」

「逃げてくれるんならいいんじゃないか」

「む……」


 真っ当な突っ込みが入り、晃陽が口ごもった隙を狙い、黎が明に紹介する。


「この変なのはと言って」

「訓読みするな。東雲晃陽しののめ・こうようだ」

「ご大層な名前の癖に、頭の中身は見たとおりのやつだ」

「うるさいぞ、黎」

「そうみたいですね」

「おい」

「おお、毒舌だね暁井さん」


 黎が感服したように言う。初対面の印象は当てにならないと学ぶ晃陽だった。

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