第4話 探索、二色南中学校

『シノノメ・レポート #53 作成者:調停員 東雲晃陽しののめこうよう


 日本時間2030年3月31日。

 AM11:00:00

 天候・霧雨


 “世界”からの交信は、未だ無し。


 二色町(通称・黄昏たそがれの街)に越して二年が過ぎようとしている。今回も“謎”が現れた。何度目だろう。まったく、この街の闇は濃い。夜は妙にざわざわとして、寝覚めが良いのは結構なことだが、疲れが取れているとは言い難い。


 とはいえ、それも、今日で終わりだろう。


 ついに“影”の尻尾を掴んだ。ロッカーに給食のおかずを詰め込むなど、俺に対する警告のつもりか。なんとも子供っぽい稚気ちきだ。


 面白い。受けて立とう。何、いざとなれば―――』


「『黄昏の街』ってなんだ。この町の誰もそんな風に呼んでねぇぞ」

「わっ! 勝手に見るなよ、れい

「だったらCTのホログラムモニターに向かって一人でブツブツ喋りながら黒歴史ノートを更新すんのはやめろ」

「何が黒歴史だ。もう一つの“世界”に向けた大事なレポートだ」

「分かった分かった。精々、三年後にベッドの上でのたうち回っていればいいさ」


 顔立ちと同じくらい涼やかな声で言った黎に、晃陽は「むぅ」と、唸る。


「あと、『子供っぽい稚気』って、意味が被ってて気持ち悪いな」

「え、そうなのか」

「その場の雰囲気でよく知らない頭良さそうな言葉を使うなよ。頭悪く見えんぞ」


 実際、その手のオカルティックな知識以外はまるでダメだったので、黎の評価は間違っていない。だから、また晃陽は「むむぅ」と、唸るしかない。


「あと、『何度目だろう』とか書いてるけど、ちゃんとナンバリングしてるだろうが。分かるだろ」

「くっ、また細かいことを……」

「文芸部だからな。俺の校正は厳しいぞ」

「しかしな黎、今日は部活どころじゃないだろう」

「これまで散々お前の妄想オカルト劇場に引きずり回された身としては、あんまり同意したくねぇけど、今回のは度が過ぎてるな」


 晃陽と、二色南中学校の正門前に並び立った黎が、真剣な面持ちで頷く。


「嫌な天気だな」

 黎がぼそりと言う。


 空の曇天から、夏に撒かれるミストシャワーのような細かな雨粒が下りてきている。ようやく満開へと向かっている正門の桜を、しとしとと濡らしていた。


「黎も分かるか、この町の空に満ちる瘴気が」

「それは知らない」


 黎が、にべもなく晃陽の戯言ざれごとを叩き落としたところで、氷月がやってきた。


「ようこそ、二色南のゴースト・バスターズ君」


 芝居がかった口調も、変に似合ってしまう教師が門を開けてくれた。部活の名目で、休日の校舎に入れてもらう算段である。


「氷月先生、大丈夫か」

「お前ほどではないと思うぞ」

「うるさいぞ、黎」


 文芸部コンビの漫才に飴玉を含んだような笑みを浮かべて、「大丈夫だよ」と、氷月が言った。


「で、どうするつもりだい?」

「黎、例のものは持ってきたか」

「……ああ」


 二人はそれぞれ、かばんの中から“例のもの”=スーパーで買ってきた半額の半額引きの揚げ物を取り出した。


「これを各教室に仕掛け、“奴”を釣る」

「ほお」

「まぁ、やるだけやってみるか」


 何ともアホな作戦であったが、休日の校舎に入り込むスリルというのも手伝ってか、黎も意外と乗り気だった。


「南校舎の教室から、順に行くぞ」


 二色南中学校は南・中・北と三つの三階建て校舎でできており、南校舎一階は職員室と保健室があった。


「そこは飛ばそう」

「それでいいのか“調停員”さんよ」


 どんな使命や任務があろうと、教師に怒られるのは避けねばならぬ。かくして、少々格好の悪い怪奇探索が始まった。

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