第5話

「そういや春樹、鈴木のおっさんのところにはまだ行ってるんか」

「ああ、行ってるで」

「あんなおっさんのどこがおもしろいんや」

「性格がくそ悪いとことか、EDで女抱けへんくせに女好きなとことか、もう自分の賞味期限は切れてると口では言ってるけど、いまだにじたばたしてるとことかさ。つきあってみると、あれはあれでけっこうおもろいおっさんやで」

「聞いてる分には、あんまりおもろそうやないけどな」

「まぁ、そこが問題かもしれへんけど」

「問題なぁ。ほんで春樹も、まだ小説なんてもん書いてるんか」

「小説になってるんかどうかはわからへんけど、しこしこ書いてるで」

「なんかマスターベーションみたいな言い方やな」

「似たようなもんかもしれへん。まだ俺の場合はな」

「ほんで今は何書いてんのや」

「青木ってやつが専務を殺す場面」

「ほう。出世したやんか」

「誰が」

「だって青木ってやつは、この前、主任をくびり殺したやつやろ。それが今度は専務なんやからずいぶん出世したやんか」

「ためいきつく気にもならへんわ」

「俺って、そんなにためになることしゃべってるんかな」

「本気で言ってないよな」

「いや。俺はいつも本気やで」

「その本気、ちょっとは友だちのために使おうとか思わへんわけ」

「友だちってたとえば誰」

「たとえへんかて、俺のことに決まってるやろ。俺は友だちやないんか」

「さぁ、どうやろ」

「首を傾げるな。真治の人間関係ってどうなってんねん」

「そんなもんシンプルやで。世界の中心にかすみと俺が居って、辺境に春樹が居る。後はかぁちゃんが世界の終り寸前で持ちこたえとるちゅうくらいやな」

「なるほど。確かにシンプルやな。せやけどシンプル過ぎて悲しうならへんか」

「なんで?」

「何のために生きてんねん」

「そりゃかすみを愛すためやろ」

「ようそんな言葉しらふで言えるな」

「さすがに学校に来て酒食らってるとまずいやないか」

「そりゃまずいやろな」

「で、何を俺にしろって」

「もう、ええ。真司と話してると頭痛がルート計算を解くくらいひどくなってまうわ」

「なるほど。その比喩からすると、春樹の小説もどきを俺に読めってか」

「気づいてんなら、そんくらいのことしたりぃや。そんくらいしたかて罰はあたらへんやろ」

「なら春樹、ベストセラー小説を書け。ほんなら俺も読んだるわ」

「ベストセラー小説なんてもんは、それを書こうとして書けるもんやあらへん」

「ふん。意外に理屈屋なんやな」

「あほくさ。俺、焼きそばパンでも買いにいくわ」

「あっ、俺の分も頼む」

「なんで俺が真治の分まで買わなあかんのんや」

「友だちやろ。そんくらいしたりぃな」

「こんな時だけ俺たちは友だち同士になるんやな」

「なっ、俺は情がこまやかやろ」

「完全に言葉の使い方を間違ってるで、それ」

「まるで春樹の小説もどきみたいにか」

「やかまし。一個でいいんやな」

「そこは二個やろ、普通」

「俺の分と真治の分でか」

「いや、俺の分とかすみの分や」

「その辺の壁に頭ぶつけて死んどき。ほな、売店行ってくるわ」

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