第32話 (第6話解説付き)

―――――


 公用車はゆっくりと速度を下げて行った。

 カーブを曲がると工事現場が見えてくる。

 雨で法面が崩れた箇所を幾つもの無人作業機が修復していた。


「ステーションユニットを交換するぞ」

 ああそうかと僕は理解する。工事現場のエネルギー補充作業を兼ねて、現地訪問を行っているということか。確かにこれは現地に移動しなければ出来ない。このサイズの作業機械に対して空中送電するのはエネルギーロスが多すぎる。


 牽いてきたステーションユニットを公用車から切り離して固定した。代わりに残量が空になった古いユニットを回収する。

 設置されたステーションに、電池残量の少ない順でキャリアーが寄ってくる。どこか昆虫の群れを思わせる動き。作業時間短縮のためか、接続しての充電はしない。バッテリーパックを丸ごと交換していく。


 因みにキャリアーとは、僕達が使う万能型小型作業ロボットのことだ。サイズは一メートル×二メートル。高さは五十センチ。通常タイプは八輪のタイヤ移動。拡張性が高く、パーツを変更することで様々な仕事に対応できる。本来はパーツを載せるための土台部分を「キャリアー」と呼ぶのだが、いつの間にかそれがこの機械の一般的な呼び名となっている。

 キャリアー自体に大規模な土木作業を行う能力はない。その用途には重量が完全に不足しているからだ。細部の修正作業や通行人対策、そして大型の専用機に対するメンテナンス作業を行う役割だ。


 自身の充電を終えたキャリアーが一台、専用機の充電作業のサポートに戻って行った。

「よし、制服を脱いで作業着に着替えろ」

 ええ? 班長がまたしても意味の分からない指示を出してきた。

「限界区域内に立ち入る場合は、制服着用が規則ですよね」

 だからわざわざ着替えたのに。

「そいつは原則さ。泥で汚れる作業だ。制服を着ている意味が無い」

 一種のハラスメントなのだろうか。渋々と僕は公用車の後方で着替えを始めた。当たり前だが、脱ぐのも相当に面倒くさい。それに比較すると、作業用のツナギ服はまったくもって軽快の一言だった。


「次はメンテナンス業務だ。そこの工具箱を持っていけ」

 僕は言われるままに車外に出た。

「左方向に擱座してるキャリアーがあるだろう。あれを引っ張り出す」

 左手に、轍にはまり込んで動けなくなっている一台が見えた。

「車軸に草が絡んでいるようだ。まずはそれを取り除く」

 僕はゴーグルをかけた。視界に被って、問題がある箇所が表示される。

「この程度で動けなくなるものなんですね」

「草ってのは意外に頑丈なんだよ。斜面や泥土の上じゃ、引きちぎるような出力は確保できないしな」

 ふうん。イメージとは違うんだ、と僕は思った。

これもその後に学んだことだが、屋外現場での機械はある意味、酷くひ弱い。

「これを使うんですか?」

 工具箱から小型の刃物を取り出すと、防刃手袋着用の指示が出た。

「そうだ。下側から引っ掻いて草を切り落とせ。キャリアーは動作停止しているし、車輪もロック済みだ。それでも地球の重力で動きだしたり、転倒することはあるからな。下敷きになるようなドジは踏むなよ」

 やれやれ。僕はかがみこんで不器用に刃物を動かした。

 絡まった草がちぎれて落ちる。


 こういった、仕事をした経験の無い人も多いだろうから、説明しておく。

 前述のように、キャリアーのような作業機械は素人が抱くイメージ程万能ではない。クリーンルームでの作業のように、基本的にアクシデントが無い環境下では機械の優秀性は圧倒的だ。しかし、こういった屋外作業においては話が変わってくる。動作の柔軟性と、どんな工具でも使用できるというアドバンテージは馬鹿に出来ない。総合的に見て、職員が行った方が効率的な作業は意外に多いのだ。


**************

【解説:アーキテクチャ】

 人間は現実という情け無用の超ハードモードゲームに適応した存在であり、そのチューニングはデタラメで計算不可能な世界に対し設定されている。

 それに比べ機械、プログラムやAIを含めたそれらは、数値で表現可能な、仮想的でキレイな世界に対して最適化された存在である。それは致し方ない。機械を作ったのは人間であり、現実世界などという複雑極まりないものを生のまま取り扱うことはできず、それよりずっと簡略化したモデルを「世界そのもの」とせざるを得なかったのだから。

 人間と機械のどちらが優れているかという判断は難しいが、現実世界の存在でありながらそれを単純な数値に変換して把握する人間と、本質的に仮想的な存在である数値しか扱えないまま、それを現実世界にあてはめていくAIという方向性の違いが、なんらかの軋轢を生んでいくような気がする。

**************


「草を取り除いたら、車輪の摩擦をキープする」

「どうやればいいんですか?」

「タイヤの周辺に乾いた土と小石を撒くのさ。それだけで十分違う」

 僕はせっせと言われた通りに周辺の小石を集めた。

 いきなり前言を翻すようでアレだが、逆に表現すれば車体の下に手を伸ばせることや、小石と土を簡単に集められることが唯一のアドバンテージというのもなんだかすっきりしないところではある。

「終わったら、後ろから押せ」

「それは、班長がやった方が効率的に思えるんですけど」

「何事も経験だ。教育だよ」

 キャリアーが起動した。付近に僕の存在を感知して警告メッセージを発する。班長がそれを強制解除。


「動き出し時には注意しろ。車輪が弾いた小石が飛ぶことがある。バランスにも注意だ。怪我するなよ」

 だったら手作業なんて指示しなければいいのに。しかし口には出さず、僕は力いっぱいキャリアーを押した。やがて、車輪が地面を掴んだ感覚が手に伝わり、キャリアーは轍から脱出した。僕はほっと息をつく。

「よし、上出来だ。次はそいつのバッテリーを交換しろ」

「もう自走できますよ。ステーションユニットに向かわせた方が」

「戦時や被災地じゃ整備系のユニットは不足する。いざという時のために、手作業が出来るよう訓練しておくのは重要なんだよ」

 僕は公用車に積んでいるバッテリーパックの運搬を指示された。車内に戻ってそれを手にすると、物凄く重い。思わず情けない声が出た。

「これを素手で?」

「当然だ。さっき言ったろ。十分な装備が無い状態の想定だからな。そこの端子部分に土をつけるなよ。故障する」

 地方公務員の仕事は肉体労働だという噂は聞いていたが、さすがにここまでとは思わなかった。


 キャリアーまでバッテリーを運ぶだけで、僕は早々に音を上げそうになった。古いバッテリーを取り外して交換。ここから公用車まで持ち帰るのが辛い。動けるようになったキャリアーを使って公用車の近くまで運搬したいと申し出たが、訓練を主張する班長は許可してくれない。

 班長はその後も細々とした指示を出して僕に作業を継続させた。どれも非常時を想定したという手作業だ。イジメか。


 一時間弱が経過して、やっと一通りの作業を終えた。

「よし、シャワー浴びて良いぞ」

 班長の許可を素直にありがたいと思った。慣れない作業で肉体的にも精神的にも疲れている。気が付けば泥まみれだ。僕は公用車に設置された簡易シャワーに向かう。

緩んだ気分の背後から、追加の一言がかけられた。

「終わったら、また制服着用だからな」

 反射的に不満の呻きが出てしまう。二度手間もいいところだ。だが、半ばからかうような、そして残る半分は諭すような口調で班長は言う。

「これも訓練なんだぜ。道路整備に定期訪問、不法居住者の確保。仕事は色々だし、スケジュール通りに進む訳でもない。何かあれば数日車内で過ごすことだってある。慣れてもらう必要があるんだよ」

 本当なのかなぁ、と僕は疑う。やっぱりハラスメントの一種かも知れない。


 後になって考えれば、確かに教育の意味はあったと思う。実際、災害対策などにおいては手持ちの機材だけでの緊急対応を要求される。そんな時は公用車がそのまま職員の簡易宿泊施設として扱われることも多い。車内生活に不慣れな者は体調管理面で不安が出るので、公用車に慣れたこと、そして機器が不足する状況を訓練しておいたことは、後々になってから僕を大いに助けてくれた。

 しかし、班長の教育手法が良かったか、という点についての感想は複雑だ。

 今でも確信している。班長は僕が混乱し、苦労するのを見て楽しんでいたのだ。

絶対に。

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