第13話 シフト作成とお弁当

 会議に参加するのは総勢で30人くらいだった。内訳は、各店舗の代表者と工場の代表者と、あとはマネージャーと部長である。会議の前に、新顔のあいさつということで、わたしと原川さん、他に初めて会議に参加する人たちが何人か、自己紹介させられた。


 そのあと、各店舗の売り上げ報告が続き、今月何かしら起こった問題を報告していく。わたしは、受け付けたクレームには事欠かなかったけれど、それらを一から十まで話していると時間がいくらあっても足りなくなってしまうので、手短に報告した。他店舗のそれらを聞くと、今度は、工場や会社に対する要望を挙げる時間となる。これは一人一人ではなくて、挙手制で行われたわけだが、わたしは工場にはいつも助けてもらっているし、会社には何かを要求できるほど貢献していないので、黙っていたが、隣に座っていた原川さんは手を挙げた。


「あのー、シフトのことなんですけどぉ。作るのもっと早くしてもらえませんかぁ?」



 原川さんがそう発言すると、場がざわついた。


「次の月のシフトが決まるのが、その月が始まる五日前じゃあ、休みの日の計画が全然立てられないんですけどぉ」


 確かにその通りで、わたしはまだ二回しか経験してないのだけれど、シフトができあがるのがちょっと遅いんじゃないかと思った。初めは、それは働いたことがないからそう感じるだけであって、どこもそういうもんかもとも思ったけど、店の人から聞いたところによると、


「いや、他と比べてもずっと遅いよ」


 とのことだった。


 シフト作成はマネージャーの仕事である。


「いや、それはその、アレだよ……みんなの要望をまとめていると、なかなか決めることができないというかね。これでも精一杯やっているんだよ。みんなが我がまま言わなければね、もっと早く決めることもできんだけどねぇ」


 マネージャーが言い訳めいたことを言い出したところ、ただのざわつきが、明確な不満の声になって上がり出した。


「そうは言っても遅すぎますよ。うち子どもがいるから、子ども関連のイベントに出られるのか、出られないのか、前々から分かる場合は旦那に都合つけさせたりできますけど、直前まで分からないと困るんです」


「うちもです。それで何度か子どもに泣かれてるんですから」


「前のマネージャーは、もっと早かったですよ。要望を聞くのもいいですけど、みんなの要望を聞いてたら決まるものも決まらないじゃないですか」


「わたしたちの働く環境を整備するのがマネージャーの仕事じゃないんですか? だったら、シフト作りが一番大事な仕事のハズでしょ?」


「シフトが来るのが遅かったせいで、デートをキャンセルしなくちゃいけなくなったことありますよ。これからもそんなことがあって、振られたら、マネージャー、責任取ってくれるんですか?」


「店舗見回りに来る時間を、シフト作成に使ったらどうですか?」


 口々に訴えられて、マネージャーは、大いに慌てた様子を見せた。


「では、これからは、次の月が始まる少なくとも二週間前までにはシフトを作るようにしよう」


 落ち着いた声でそう答えたのは、マネージャーではなく、部長だった。部長は50代前半くらいの男性で、この上に社長がいるわけだけれど、実質的に経営に関することは、部長が取り仕切っているということだった。その部長が確約してくれたので、不満の声は静まった。


「できるな、マネージャー?」


 野太い声で部長が言うと、マネージャーは、はいっ、と背筋を伸ばした。


 そのあとは、翌月の仕事内容の確認をして、会議は終わりを告げた。時間は11時半を回っており、一人一人に会社が取ってくれた弁当が振る舞われた。定番の幕の内だ。


「わたし、幕の内って嫌いなんだよね。食べられるおかずがほとんどないんだもん」


 そう言うと、原川さんは、


「部長! これから会議のときは、一人一人好きなお弁当にしてもらえませんか?」


 発言した。わたしは、心の底から感心した。さっきのシフトのことといい、このお弁当のことといい、思ってはいてもなかなか言えないことで、事実これまで誰も言ってなかったことなのに、それをいとも簡単に原川さんは言ってしまうのだった。


「事前に食べたい弁当を聞くのは面倒じゃないのか?」


 部長が言うと、


「食べることって人間の基本ですよね。それを面倒くさがっちゃいけないと思います」


 すかさず原川さんは答えた。


 50代のおじさま相手に、よくもまあ、説教じみたことを言えるもんだと、わたしの原川さんに対する感心はさらに増した。


 部長はううむと唸ったあと、その場にいる他の人に訊いたところ、賛同の声を多数得たので、次回からはそのようにすることを、約束してくれた。


 お弁当を食べ終わったあと、わたしは、原川さんの車で店まで送ってもらった。色々と原川さんに対する見方が変わり、見習いたいところも認めたけれど、


「ねえねえ、仕事に戻る前にまだ時間あるでしょ、ちょっとお茶してかない? この前、美味しいケーキ屋さん見つけたんだぁ」


 見習ってはいけないところも改めて確かめた。

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