第27話 姉の看病

 ある日の休日、俺はキッチンでおかゆを作っていた。風邪を引いた姉貴のためだ。

 朝から様子がおかしかったので、念のために体温を測らせると三十八度五分。すぐに寝かせた。

 結局、朝食は俺が代わりに作り、今、おかゆの調理に取りかかっている。

 滅多に体調を崩さない姉貴が風邪を引いたのは正直意外ではあったが、休日なのが幸いだった。平日は学校があるからな。

 ただ、今日一日姉貴が動けないとなると家事をするのは俺しかいない。萌絵は危なっかしくて任せられん。

 おかゆが出来てから俺は姉貴の部屋に向かい、ドアをノックして呼びかけた。


「姉貴、起きてるか」


 返事はない。まだ眠っているのだろうか。

 俺は「入るぞ」と言ってからドアを開け……思わずその場で固まった。

 目の前にいたのは下着姿の姉貴だった。体のラインはキュッと引き締まり、くびれは綺麗な曲線を描いている。そして胸の……げふんげふん。気を取り直そう。

 

「悪い、邪魔したな」


 俺は姉貴に背を向け部屋を離れようと歩を進めたが、すぐさま肩を掴まれた。


「雄輝、手に持ってるものは何?」

「おかゆだけど、取り込み中みたいだからまた後で来るわ」

「別に取り込んでないわよ。それより、なんで私の方を向いてくれないの?」


 あんたが服着てねぇからだよ。


「質問に答える前に服を着てくれ。目のやり場に困る」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、替えのパジャマがないのよ」

「替え? てか、何で脱いだ」

「汗をかいたから着替えようと思って……」


 下着姿だったのはそれが原因か。


「じゃあ、替えは俺が持ってくるから、姉貴はおかゆ食べててくれ」

 

 俺は姉貴の顔にだけ視線を向け、ゆっくりとトレーを渡した。さすがに背を向けまま渡すのは無理だ。


「雄輝、そんなに見つめられたら恥ずかしいわ」

「勘違いすんじゃねぇ。今自分がどんな格好してるか分かってるだろ」


 言葉の意味を理解したのか、姉貴は自分の体に視線を向けた。そして俺を見て言う。


「これくらいどうってことないわ。少し寒いけど」


 だろうな、と俺は一人納得して部屋を離れた。そして替えのパジャマを用意している途中でふと、後ろから誰かに背中を突かれた。もう分かってるけどな。


「何の用だ萌絵」

「お兄ちゃん、よく見ずに分かったね。声も出してないのに」


 消去法でいくとお前しかいないんだよ。


「俺は今忙しいんだ。用があるなら後にしてくれ」

「お姉ちゃんの看病でしょ。私も手伝うよ」

「別にいいよ。俺一人で……」


 いや待て。まだ姉貴は下着姿だろうし……ちょうどいい、萌絵に頼もう。


「分かった。じゃあ、このパジャマを姉貴に渡してくれるか」

「急な手のひら返しだね」


 やかましい。


「とにかくほら、早く渡しに行ってくれ。姉貴が待ってるから」


 萌絵は「は~い」と素っ気なく返し、軽快なステップで姉貴の部屋に向かっていった。これくらいならヘマすることはないだろう。

 それから五分ほど経ち、萌絵が腕を組みながら戻って来た。


「ねぇ、お姉ちゃん下着だったけど、あれ何でなの?」

「汗かいたから脱いだらしい。つーか、直接訊いてねぇのかよ」

「いや、しんどそうだったら訊きづらかった」


 ああなるほど……って、マジか。まあ、風邪引いてる状態で服脱いでたからな。

 さすがに放っておくわけにもいかないので、俺は早足で姉貴の部屋に向かい、容体を見ることにした。

 ドアは開きっぱなしになっており、俺は「邪魔するぞ」と言ってから部屋に入った。姉貴はベッドでうつ伏せになっていて表情は窺えない。おかゆは全部平らげてるから食欲はあるようだ。

 

「……雄輝?」

「姉貴、大丈夫か」


 姉貴はロボットのようにゆっくと顔を俺に向け、かすれた声で言った。


「これが……大丈夫に……見える?」


 見えないな。むしろ俺が風邪引いたときより容体が深刻だ。


「姉貴、今日治らなかったら病院行こう。俺のときよりヤバいぞ」

「病院は嫌。待つのやだもん」

 

 まさか姉貴が駄々をこねるとは……確かに病院の待ち時間長いけど。


「それに、長時間順番が来るのを待って、相手がヤブ医者だったらどうするのよ。適当な診断されて体に合わない薬を処方したら、副作用が出る可能性だってある。もしそうなったら本末転倒じゃない。知ってる? 病院で処方される薬は風邪を治すんじゃなくて、症状を緩和するだけなの。だから自然治癒ちゆで……」 


「分かった。分かったよ。病院行くのはやめよう」


 ここまで喋れる余裕があるなら、ゆっくり休めばどうにかなるだろ。

 

「ごめんね。手間かけさせて」

「姉貴には借りがあるからな。これくらいどうってことねぇよ」

「おかゆ……美味しかった」

「そりゃどうも」


 褒められるとなんか恥ずいな。俺は表情を見られないよう、姉貴から顔をそらした。


「それじゃ、トレー洗ってくるわ。早く元気になってくれよ」

「それは愛の告白?」

「違うわ!!」


 んなわけねぇだろ。どんな解釈したらそうなる。

 

「ふふ、冗談よ」

「冗談でもマジでやめてくれ。じゃあな」


 翌日、姉貴の風邪はすっかり治り、代わりに萌絵が風邪を引いた。

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