第25話 久しぶりの部活

 あのキスから一週間経ち、俺はようやく萌絵と普段通り接することができるようになった。

 それまでの間、姉貴から「萌絵と何があったの?」と執拗しつように訊かれたが、俺は『喧嘩した』の一点張りでどうにか凌いだ。我ながらよくやったと思う。

 これで少し安心した……のもつかの間、俺はまた面倒なことに巻き込まれてしまった。

 

「部活?」

「うん、雄輝ここ最近部活に来てないでしょ? 先輩たちも『久しぶりに話したい』って言ってたし、一応部誌の作成にも協力してもらうことになってるからね」

 

 最後に関してはほとんど強制だけどな。確かに美優の言う通り部活には長い間行っていない。そもそも部活に入っていること自体忘れていた。


「早い話、今日部活に来いってことだな」

「結論だけ言うとね」


 正直乗り気にはなれんが、特に用事もないし、たまには息抜きするのもいいか。


 時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に放課後。俺は昇降口の前で萌絵に部活に参加することを伝えた。すると、萌絵は低い声で「なんで?」と返して来た。地味に怖い。


「美優に頼まれたんだよ。別に断る理由もなかったしな」


 俺がそう言うと、萌絵は渋面を作ってブツブツと何かを呟いた。声が小さすぎて聞こえんが、どうせ愚痴でも言っているのだろう。


「そういうことだから、今日は一人で帰ってくれ。小学生じゃないんだから一人で帰るぐらいどうってことないだろ」


 萌絵は表情を変えず、不承不承といった様子で足早にその場を去っていった。今日はすんなり言うこと聞いたな。それじゃあ部室に行くか。四階まで上がらなきゃならんのがネックだが……。

 しかし、部活に参加するなんていつぶりだろうか。俺の記憶では、前回行ってから最低でも一ヶ月は経っている。

 五分ほどかけ階段を上がりきると、右手に部室が見えた。ドアの近くまで行くと、俺に気付いた先輩たちが、部室の窓から手を振ってきた。俺は会釈だけしてドアを開ける。


「関君久し振り。……妹さんは来てないのかな?」

「妹はさっき帰りました。なんか外せない用があるみたいで……」


 ま、そんな用ないけどな。ただ、あいつを部室ここに連れてきたら、先輩たちに気を使わせてしまうだろう。それだけは避けたかった。

 吉田先輩は少し残念そうだったが、すぐに開き直り、俺が椅子に腰掛けてから言った。


「そういえば、竹内さんから聞いたんだけど関君、部誌の作成手伝ってくれるんだよね」

「え? ええ……まぁ」

「本当にありがとうね。去年は三人だけでかなりドタバタしちゃったから、関君が加わるのは心強いわ」


 おのれ美優め、人の許可なしに勝手に話進めやがって。確かに手伝うとは言ったけど……。


「分からないことがあったらなんでも訊いてね。初めてだから大変だと思うけど、関君なら大丈夫!」


 そう言って俺に期待の眼差し(?)を向ける吉田先輩の顔を、まともに見ることができなかった。


「あ、そうだ。関君に少しお願いがあるんだけど、いいかな」


 面倒なことでなければ、という言葉をどうにか呑み込み、俺は「はい」と返す。


「これ、私の作品なんだけど、読んで意見をくれないかな。関君は適格なアドバイスをくれるって高木君言ってたし」


 美優の小説見た時だな。気持ちは嬉しいが買い被りすぎだ。俺はそこまで有能じゃない。

 俺は吉田先輩から原稿を受け取り、ゆっくりと読み進めていく。

 ジャンルはミステリーだが、吉田先輩の場合、学校の怪奇現象や日常で起こった不思議な謎を解いていく、いわゆる『青春ミステリー』ものだった。さすがに高校生向けの部誌でグロテスクなシーンは書けねぇよな。


「ど、どう? おかしいところあった?」

「特にないですね。説明はくどくないし、地の文とセリフがほどよいバランスで読みやすかったです。このまま出しても問題ないと思いますよ」


 吉田先輩はホッと胸をなで下ろし、笑顔になって言った。


「よかったぁ、関君ってよく見てるよね。ただ褒めるだけじゃなくて、どこがどうよかったのかをちゃんと言ってくれるからすごく参考になる」


 俺はただ率直な感想を言っただけだが……。まあ役に立てたようで何より。

 吉田先輩に原稿を返した後、俺は美優のもとに向かい、小声で訊いた。


「美優、お前アレはどうなった? そのままではさすがに出せんぞ」


 先輩たちに悟られないよう、敢えて言葉を濁したが、美優ならおそらく分かったはずだ。


「それは私も言おうと思ってたんだけど、やっぱり一から書きなおすことにした」


 それが一番いい。アレは部誌で出すもんじゃない。


「二人とも、何話してるの?」

「いえ、こちらの話です」


 吉田先輩の鋭い視線に俺は少しビビったが、平静を装い自分の席に戻った。

 その後、文芸部四人はラノベの話ですっかり盛り上がり、気がついた時には六時をとうに過ぎていた。

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