第19話 人見知り

 学校に着いてから俺は美優に朝の事を愚痴っていた。いつもはそんなことしないのだが、今まで溜まった鬱憤をどうにかして晴らしたかったのだ。美優からしたら迷惑極まりないだろうが、意外にも「それ聞いて安心した」と返して来た。


「何に安心したんだ」

「萌絵ちゃん、部室にいる時ずっと黙ってるでしょ? 高木先輩と吉田先輩が話しかけてもそっぽ向くし、もしかして家でもあんな感じのかなと思ってさ……。萌絵ちゃん、家では元気なんだね」


 そう、家では無駄に元気なのだ。なのに、学校では人が変わったかのように無口になる。いつからそうなったかは忘れたが、俺としてはその方がいい。部活でもハイテンションで来られたら先輩たちも困るだろう。


「雄輝、萌絵ちゃんって何組か知ってる?」

「萌絵? 確か……三組だったと思う。もしかして今から行くのか」

「ううん。それは昼休み。雄輝も行く? 気になるでしょ? 実の妹がクラスでどう過ごしてるのか」


 いや、あまり気にならない。それに、兄妹とはいえ人の詮索をするのは好きじゃない。その事を伝えると、美優はガシッと俺の肩を掴んできた。


「そう言わずにさ、一緒に行こうよ。隣にいるだけでいいから」


 美優はそう言って得意の上目遣いで俺を見てきた。はぁ……、こいつには適わんな。

 

 時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に昼休み。俺と美優はさっさと弁当を平らげ、一年の教室がある二階に下りた。

 廊下を歩いてすぐ、一年三組の教室が見えた。俺たちは身を屈めて教室に近づく。


はたから見れば俺たち完全に怪しい奴だよな」

「静かに!」


 そして、後ろのドアのガラスから教室を覗き込むと、教室中央の、一番前の席で一人黙々と弁当を食べている女子生徒がいた。黒のセミロングに小学生並みの上背、間違いなく萌絵だ。

 別の女子生徒が萌絵に話しかけている。声は聞こえないが、多分誘ってるんだろうな。手招きしてるし。

 だが、萌絵は首を横に振り、女子生徒は残念そうにしながら席に戻っていった。


「萌絵ちゃん、なんで断ったんだろ」

「一人の方が楽なんじゃねぇか? あいつ人見知りだから」


 まあ、俺と姉貴も人と交流するのは得意ではないが、萌絵はそれが顕著に表れてる。家族以外の人間に心を開こうとしない。……美優を除いては。

 ふと、周りが騒がしくなった。顔を横に向けると、廊下を歩いている生徒が、訝しげな表情で俺と美優を見ていた。視線が俺に集中しているのは気のせいだろうか。

 

「美優、そろそろ教室に戻ろう。俺たち見られてる」


 美優は状況を察した後、無言で頷き一年三組の教室を後にした。

 クラスの教室に戻った俺はいつも通り勉強、美優は前の席からじっと俺を見つめている。


「美優、気が散るから向こう向いててくれ」

「萌絵ちゃんの人見知り、どうしたら直るんだろ」


 無視かい。


「人見知りの生徒なんてザラにいるぜ。無理に直す必要はないだろ」

「でも、萌絵ちゃんの人見知り結構深刻だよ。吉田先輩なんか、萌絵ちゃんが全然話してくれないから『私、嫌われてるのかな』って落ち込んでた」


 それを言われたところで俺には何もできない。ただ、あいつの人見知りが深刻なのは事実だ。このまま放っておくわけにもいくまい。


 放課後、部室に行くとすでに萌絵がいた。相変わらず窓から外を眺めている。


「萌絵ちゃん、何見てるの?」

「……外」


 漠然としすぎだ。そんなの見たら分かる。


「外を見るのもいいけど、ずっとは退屈じゃない?」


 萌絵は「全然」と言って椅子から立ち上がり、俺に近づいて袖を引っ張ってきた。


「なんだ萌絵、いきなり」

「一緒に帰ろ」


 まだ来たばっかりだぞ。もしかしてこいつ、俺が来るのを待ってたのか?


「もう帰るの? 来たばっかりなのに」

「うん。お兄ちゃん行こう」


 萌絵は俺の腕を取り、目で「早く帰ろう」と訴えてきた。帰ってもいいが、それでは部室が美優一人になってしまう。


「もう少し居よう。別に急ぐ用事もないしな」

「え?」


 予想通りの反応。理由を言うと、「じゃあ、みゆみゆと三人で帰ろう」と返して来た。どんだけ居るの嫌なんだよ。


「悪いけど俺は残るよ。お前は先に帰っててくれ」


 家で騒がれるよりも、部室に残った方が落ち着いて勉強できる。本人には言わんがな。

 結局、萌絵は帰らず、頬を膨らませて不機嫌そうに部室に戻っていった。どうやら俺と一緒でないとダメらしい。

 

 部室に入って十分ほど経ち、吉田先輩が入って来た。先輩は真っ先に萌絵のところに行き、「もーえちゃん」と微笑みかける。が、萌絵は目を逸らして鞄で顔を隠した。……こりゃ、思ってたより重度だな。


「おい、萌絵! 返事ぐらいしろ」

「雄輝君、別に良いよ。私は来てくれただけでも嬉しいから」


 心広すぎません? 美優は話してくれなくて落ち込んでたとか言ってたが、そんな様子は微塵も見せない。

 吉田先輩は微笑んだまま椅子に座る。それから数秒、下からつき上げるような揺れが起きた。


「これ、地震か?」

「多分……とりあえず下隠れとこ」


 美優はそう言って机の下に隠れ、身の安全を確保した。俺もそれにならう。揺れはすぐに収まった。


「雄輝、大丈夫だった?」

「ああ、先輩は……」


 俺は自分の目を疑った。なんと、萌絵が吉田先輩に抱きついている。これには美優も驚いていた。

 吉田先輩は萌絵の頭を撫で、澄んだ声で訊く。


「大丈夫? けがしてない?」

「……うん。大丈夫」


 萌絵は頬を赤らめ恥ずかしそうにしていたが、決してその場を離れようとしなかった。

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