第9話 お弁当

 時が過ぎるのは早いものであっという間に月曜日。俺は寝惚け眼の状態で朝食を食べていた。


「お兄ちゃん、眠そう。おはようのチューしてあげよっか?」


 一気に目が覚めた。萌絵、目の前には姉貴がいるんだから発言には気を付けろ。ほら、姉貴の手が震えてる。

 

「萌絵、冗談でもそういうことは言うんじゃありません」

「ごめんなさーい」

 

 そういう姉貴も一昨日さらっと俺にキスしてたけどな。今でもその感触をはっきり覚えている。

 朝食を食べ終え、俺はさっさと学校に向かう。横から萌絵が俺の腕にしがみつき、姉貴が嫉妬深い顔でそれを見ている。普通に怖い……。

 教室に入ると美優が腕を大きく広げて俺に抱き着こうとしてきた。俺は鞄を持ったまま身をかがめて避ける。


「雄輝! なんで避けるの!?」


 抱き着かれる方の気持ちになってみろ。お前がイチャついてくるから、俺はこの学校に在籍している一年から三年の男子生徒ほぼ全員に目を付けられてんだ。確か先週だったか。下駄箱の中に脅しの手紙がいくつも入ってたな。……まあそれは置いとこう。俺は避けながら美優に話を振る。


「そういや美優、風邪は完全に治ったのか?」

「もちろん! もう元気百倍だよ!」


 アン○ンマンかよ。まあ、元気になったんならよかった。

 美優から逃げ続けること十分。ホームルーム開始のチャイムが鳴り、俺は汗を拭って席に座った。朝から運動させんな。

 そして昼休み。鞄を開けると肝心の弁当がないことに気付いた。俺としたことがこんなしょうもないミスをするとは。……しゃあねぇ。購買部で昼飯買うか。


「雄輝、お弁当持ってきてないの?」

「持ってくるの忘れた。購買部でパン買ってくる」

「あそこすごく混むよ。よかったら私のお弁当半分あげるけど」


 気持ちは嬉しいがそれはマズいだろ。ほかの生徒がいる中で女の子の弁当を男女二人で仲良く食べるとか。カップルじゃあるまいし。美優は弁当箱を開き「あ」と声を上げた。


「お箸一人分しかないや。……ま、いっか。二人で交互に使おう」


 それ間接キスじゃん。ふと周りを見ると、男子だけでなく女子からも視線が向けられている。


「美優、俺に構わなくてもいい。一人でゆっくり食べてくれ」

「ホントにいいの? 購買部は最低でも十分は待たなきゃ買えないって、友達から聞いたことあるよ」

「大丈夫だ。待つのは慣れてる」


 本音を言うと、貧乏性の俺は学食や購買部で余計な金を使いたくない。だが、今の状況下ではそうも言ってられん。俺は鞄から財布を取り出し購買部に向かった。



「……すげぇな」


 美優の言う通り購買部の前では人が混んでいて、とてもじゃないが踏み込めない。例えるなら通勤ラッシュの満員電車並み。無理に突入したら間違いなく潰される。

 結局、俺はパンを買うのを早々に諦めて教室に戻ることにした。腹は減っているが昼飯食べないくらいで死にはしない。


「雄輝、パン買えた?」

「いいや。あの行列じゃ待ってる間に昼休みが終わる」

「だから言ったのに……量は少ないけど私のあげる。お箸はまだ使ってないから大丈夫だよ」


 美優はそう言って弁当箱と箸を俺に差し出した。弁当箱には白ご飯、玉子焼き、ウインナー、プチトマトが入っている。

 俺が箸を取ると再び俺に視線が向けられた。女子は『二人ラブラブだね~』と、この状況を楽しんでるようだ。


 一方の男子は『関、爆発しろ』とアイコンタクトで送って来た。リア充じゃなくて俺だけなのか。

 それはともかく口つけても洗えば大丈夫か。俺はウインナーを箸で掴んで口に運ぼうとした。その時、廊下から大きな足音が聞こえ、教室のドアが勢いよく開かれた。教室にいた生徒全員がドアに視線を向ける。


「あ、姉貴。どうした突然」

「こ、これ……」


 姉貴の手には風呂敷に包まれた弁当箱。わざわざ持ってきてくれたのか。

 俺は箸を置いて席を立ち、姉貴のもとに向かった。


「姉貴、息切れしてるけど大丈夫か?」


 姉貴は無言で頷く。ならいいんだが。


「私のことは気にしないで。はい、お弁当……」


 俺が弁当を受け取ると姉貴は重い足取りで教室を去っていった。つーか、俺の弁当箱姉貴が持ってたのかよ。席に戻ると美優が戸惑った表情で俺を見ている。


「えーと、美優……気持ちだけ受け取っとく」

「よ、良かったね。じゃあ、私の要らないね」


 それからしばらく俺と美優は無言になった。これはこれで辛いな。何か話題を……。


「「あの」」


 同時に声が上がった。俺が美優に先を促す。


「お弁当はいつも誰が作ってるの? 由奈先輩?」

「ああ。両親は専ら仕事だから。たまに俺も手伝うけど……」

「さすが先輩だなぁ。私も見習お」


 姉貴はスキルは高いが性格に難ありだからな。見習うのはやめとけ。

 そんなことを思いながら、俺はご飯を口に頬張った。

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