第二話

何時間か経ってようやく手術室からドクターが出てきた。


「生きたいという意思があれば、やはり奇跡が起こるものなんですね。ご主人さんは『死にたくない』とつぶやいておられましたよ。手術は成功です」


治療の甲斐もあり一命は取り留めたのだが脳卒中だったため、もしかしたらマヒや失語症などの後遺症が出る可能性があるとの説明があった。数日後、一般病棟に移された武田は、五体は満足に動くし、脳の活動にも支障がないと、後遺症が出ていないことを確信した。


「雅美、迷惑をかけたな、すまん」


「よかったわ、大事に至らなくて。北原君も心配してお見舞いに来ていたのよ。彼はほとんど寝ずにあなたの仕事のカバーをしてくれていたらしいわ。あら、仕事の話は今しないほうがいいわね。ごめんなさい」


「そうか、さすが副社長。しばらくあいつに社長をやってもらうかな。俺はゴミ棄て専門だ、ははは」


退院して、パートに出ている雅美のいない家でゆっくり静養していると『ピンポーン』と玄関チャイムが鳴り「宅急便です」と荷物が届いた。武田のお客さんからの退院祝いの果物だった。


梱包を開けていると今度は『プルプルプル、プルプルプル』と電話が鳴り出す。「うちは興味も関心もないですから……」セールスの電話だった。


『ギ、ガーーッ』とファックスが流れてきたようだ。今度は何の音だっけな。『ブブブブブ』とバイブレーション設定になっている携帯電話をカバンから取り出すと、北原から「仕事の書類をファックスで送ったので至急見てほしい」とのこと。静養している意味が無いように思われてくる。


武田はこめかみと耳の後ろの首筋をマッサージしながらファックスで送られてきた書類に目を通している。文章に集中しようとしたとき、ふと


『プッ、ポッ、パッ、ポッ』


電話のプッシュ音らしき音が聞こえてきた。


「ん、雅美のやつ、新しい機械でも入れたのか?」周りを見回してもそれらしきものは何も無い。


ラジオの音や音楽、時報などは窓越しの道路の車から聞こえてくる事も考えられるが、あんなに遅く、しかも消え入るようなプッシュ音回線など何に使われているのというのだろうか。もう一度あたりを見回し、空気を入れ替えるためにも窓を開けて外を確かめてみた。新鮮な空気が入ってくる。


バルコニーにかかった洗濯物を取り込むのを忘れていて作業しているうちに、もうプッシュ音のことなど忘れてしまっていた。


1週間後の夜。


昼寝をしていたから夜に眠れなかった武田は、となりで寝ようとしている雅美の布団にもぐりこみ、甘えようとしていた。耳元に軽くキスをする。雅美は眠たそうに布団をかぶろうとする。


「なぁーいいだろう、雅美」


「何いってんのよ。安静にしてなきゃダメでしょ。あー眠い。おやすみなさーい」


ふてくされながら自分の布団にもどり、静まった寝室で武田にはどこからともなく聞こえてきたのであった。


『ピッ、ポッ、ポッ、パッ、ポッ』


「あれ、まただ。雅美、いま機械音と言うか電子音が聞こえてこなかった?」


「…………」 


もう寝入っているらしい。


「空耳かなー、疲れてもないのになんだろう」


うなじあたりから背中にかけて毛が逆立つような悪寒が走り、鳥肌がたった。「妖怪座敷わらしのいたずらか」と携帯電話を持った座敷わらしを思い浮かべたらおかしくて、さっきまでの不安感がやわらいだ。武田は明日の出社のために早く寝ようと努めたのだった。


つづく

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