advent.07

 勇者一行は青々と広がるだだっ広い草原のど真ん中を歩いていた。

「もー、ヤダ! 歩けなーい!」

「うるせえ! だいたいお前奇術師らしからぬ、ほうきに乗って一番楽してるじゃないか!」

「奇術師はほうき乗っちゃいけないの?」

「そうじゃないけど……」

「だいたいミナに口答えするなんて何様なの?」

「そういうお前は何様気取りなんだ!」

「……ふあ」

 青い空も青い草原も、ひと目見たらなんと気持ちいい場所なのだろうと誰もが思うだろう。カズトたちも最後の町を出て草原に差し掛かった頃は晴れ晴れとした気持ちで草の上を歩いていた。

 しかし彼らはこの草原を歩き始めてからすでに三度も日が沈むところを見ている。新たな町を見つけるどころか、四日と変わらない地平線を見続けていれば、どうにも飽きてしまうのは必然とも言うべきだろう。

 飽きもせず繰り返すリオとミナのくだらない攻防を横目に、カズトはさもつまらなそうにあくびをした。

「眠いのよ。それぐらい察せば?」

「なんでわざわざ察ないといけないんだ!? そんなに眠いなら寝ればいいだろ!」

 売り言葉に買い言葉。リオの返事を聞くとミナはわざとらしく盛大に溜め息をついてみせた。そのあからさまな態度で彼がイライラしていくのが目に見てわかる。

「クズリオは本っ当にクズね! キミは歩きながら寝れるっていうの?」

「はあっ?! そんな芸当、大道芸人でもねーのにできるわけねーだろ! それにボクはクズじゃない、リオだ!」

「そういうバカっぽいところがクズリオがクズリオたる理由なのよ。それと同じで、箒に乗りながら寝るなんてもってのほか! 少しは考えて物言いなさいクズリオの分際で」

「ぐっ……んなもん知るかよ! っつーかクズリオじゃねえっつってんだよ! いい加減にしろよクソガキ!」

 ごく当たり前な正論を返されて言葉につまるリオ。今回もミナに軍配が上げるようだ。

 ただ、ミナに限ってはほうきで移動しながら寝てることもある。と知っているレンカはミナのプライドのために黙っておくことにした。


「あー……ケンカすんなよ。そんなに気が立ってんなら、そろそろ休憩するか」

「うん、するー! さすがレンカ、空気読めるね!」

「空気読める、ってかお前がわがまま言ってるから呆れたんだろ!」

「クズリオがやかましいからでしょ」

「……どっちもかな」

「え、ちょっとレンカちゃん!」

「…………ふあ」

 再びつまらなそうにカズトはあくびをした。




「……レンカ」

 平原のど真ん中ではあるが、カズトたちは途中で見つけた大きな岩を背にして休憩を取ることにした。

 どうした、と荷物を下ろしたレンカはいつものように受け答え、岩の傍の地面に座ったカズトの方を見る。

「はらへった」

「……口を開いたらいつもそれかよ」

「腰を下ろしたらいつも、だな」

「そこであげ足取らないでくれるか? つーか腰を下ろさなくても常に腹ァ空かせてんだろうが」

 間、髪入れずに答えたカズトに、わかってはいたけど、と溜め息をついた。それでも一応の受け答えとして希望だけ尋ねてみる。

「んで、何食いたいの?」

「ブタの丸焼き」

「ここが草原ど真ん中ってことを踏まえて物言えよクズ勇者」

 ガン、と音がするほどカズトの頭を軽く小突く。まともな答えを期待した自分がバカだったと言わんばかりの応答の速さだった。その衝撃に耐えかねてカズトはその場にうずくまったが、特にきづかうこともせずレンカはその場からはなれて食事の準備に取りかかった。

「今、ぜんぜん軽い音じゃなかったよな」

「カズト、大丈夫? 頭かち割れちゃった?」

「……暴力まな板女め」

「ぜんぜん平気そー」

 二人の言葉だけの心配を傍目はために、カズトは頭を振って顔を上げた。その表情は、痛みなど感じなかったようにいつも通りの無愛想だ。実際のところ痛みはなかったそうだ。

「なーんかヒマだし、レンカのとこ行こ!」

「レンカちゃんの邪魔はするなよ?」

「だれかさんみたいに大声でうるさくないから大丈夫ー」

「だれかさんってだれだろうなぁ?」

「自分で考えなさいよ、だれかさん!」

 明らかにリオへ向かってウインクを飛ばすと、ミナは逃げるようにレンカの向かった方へと向かった。




 レンカとミナが離れた位置で料理をしている間、男性陣は岩に背中を預けながらそれぞれの時間を過ごしていた。何も考えていないのか首を上に向けてのんびりと空を眺めているカズト、岩に寄りかかりながら自分の銃をていねいに整備をしているリオ。スープでも温めているのだろうか、あたりには食欲をそそる野菜とコンソメの匂いが広がっている。

「はあ、なんだかんだ言ってもレンカちゃんは優しいな。いい匂いだ、おなかがすいてくるよ」

「あれはただのおせっかいな暴力女だ」

「お前はなにもわかっていないな。そのおせっかいなところがレンカちゃんのいいところだろ!」

「はあ」

 嫌な予感がした。

「もちろん彼女の魅力はそれだけじゃない。心の底から他人を思いやることのできる素直な優しさと強さ、粗雑な言葉遣いに隠れた繊細な女性らしさ、才色兼備とはまさに彼女のことだろう! こんなに素敵な女性はなかなか見かけない」

 ややこしくなりそうだと直感したカズトは早々に生返事で会話を切り上げたにも関わらず、リオは聞いてもいない熱弁をふるった。

 手も口も動かしつつ好意を寄せる女性の魅力を延々と語りだすロマンチストに、もはやかける言葉も見当たらない。カズトはふだんあまり動かすことのない眉根を寄せて、うんざりという言葉を顔で表した。そしてもちろん彼の全ての言葉を無視することにした。


「おい、聞いているのか?!」

「……」

 相変わらずしゃべり続けていたリオの呼びかけを無視して、カズトは草原の向こうを見つめていた。

「……丸焼き、食えるかもなぁ」

「は?」

 そう呟いたのはリオの呼びかけに答えたわけではない。彼がカズトの言葉の意味を問いただそうとした時、その答えは違う形で返ってきた。

 次の瞬間、獣の咆哮がひびき渡った。

「っ? この鳴き声は……」

 声のした方を見ると、そこにはイノシシに似た大きなモンスターが一匹鋭い二つの目で二人を睨んでいた。荒々しく鼻から息を吐いていることから、すでに敵の戦闘態勢は整っているようだ。

「モンスター……。なるほど、うまそうな匂いにつられてやってきたか」

 『グラスボア』。それは2メートルをこえるほど大きな体を持つイノシシのモンスターだ。広い草原や高地などに棲息し、その巨体と狙いを定めたら突っ込んでくる攻撃から暴れん坊の呼び名で冒険者の間では有名だった。

 町の外で料理をして食事をとろうとすると、食べ物の匂いにつられてまれにこういった遭遇エンカウントが起きることがある。とくに匂いに敏感な獣型の魔物が寄ってくることが多い。


 リオは整備中の銃をそのまま端に寄せると、腰のポーチから小さな黒い玉をいくつか取り出す。彼がプチボムと呼び愛用している威力の低い爆弾だが、カズトがそれを言葉で制した。

「なんだよ」

「煙を使うと不味くなる」

「は? 不味くなるって……お前まさか本当に」

「ブタの丸焼きだ。こんなに都合いいこともなかなかないだろ」

「…………」

 呆れて言葉が出てこない。普段から口数の少ないカズトが口を開いたかと思えば、この突然の来訪者モンスターをとっ捕まえて食べるというのだ。

 そこまでして肉が食べたかったのか。なんとも食い意地の張った勇者様だ、と言葉を零すには彼があまりにも真剣な顔つきだったので心の内に留めることとした。

 さすがのリオでもグラスボアを食べたことはない。


「囮になれ。オレが焼く」

「見境なしだな……。煙を使わないで戦える武器なんてボクには限られるんだけど」

 リオはため息を一つこぼすと、しぶしぶ太ももの裏のベルトから手のひらに収まるほど小さなナイフを取り出し構える。

「ボクごと焼くのだけはかんべんしてくれ……よ!」

 そして構えたナイフを鼻息を荒げるグラスボアに向かって投げつけた。




 リオの投げたナイフはまっすぐと飛んでいき、興奮しているグラスボアの目の下あたりへと深く突き刺さった。一点に集中して与えられた刺痛からかいっそう身をよじり、けたたましくえる。

「刃物なら問題ないだろ?」

「目玉をつらぬかなくて安心してる」

「へいへい、そりゃよかった! ……こっちだ! イノシシ野郎!」

 さらに数本の刃を取り出したリオが声を張り上げる。ギロリと大きな眼を動かし、敵意を見せる彼の姿を捉えると鼻息をさらにあらうなる。標的を定めたグラスボアは地面をけり猛進をくりだした。

「ったく、近接戦にはもち込みたくないんだっつの! 早くしろよカズト!」

「ああ」

 グラスボアの動きを見てリオも動きだす。うなずいたカズトは敵の目線から外れたのを目視すると、片目をつむり構えた。風はいでいるはずなのに彼の髪や、裾や、マントが激しく揺らぎはためいている。彼の元に力が収束しているのが、魔力にうといリオでもわかるほどの光景だった。舌を巻き、息を呑む。

「(やる気を出す場面、絶対まちがえてるだろ……)」

 たかがザコモンスター相手に、おのれの食欲を満たすためだけに、この世界の勇者様は高難度の魔法を放とうとしている。

 この男、呆れるネタに困らない。などと言うのは今の状況ではお門違かどちがいだろう。


 突っこんできたグラスボアを軽くかわし、吐き捨てる。

「でかいから攻撃が単調だな。しょせんザコってとこだな!」

 おまけだ、と一声ひとこえそえて、無防備なグラスボアへとナイフを放った。鋭く正しく宙を裂く刃が胴体をかすめる。

「ほら、こっちだ!」

 獣をあおるのに言葉はいらない。確かな敵意とひとさじの痛みがあれば、狂ったように牙を向けてくる。いつまでも追いかけてくるさまを自分がそばで見ていたならばモテモテだな、と野次を飛ばしているところだろう。残念ながら、その”いつまでも”な追いかけっこをしてやるほど彼は悠長な性格ではない。

「カズト、まだか!?」

「一瞬で焼き上げるには火力が必要なんだよ。……だけどもう準備は整った」

「っ!」

 カズトが小さく呟くと同時に、辺り一帯に熱をともなったぬるい風が吹き抜ける。遠目からでも悪い勇者が口角を上げたのがわかった。

「一瞬でいい、動きを鈍らせろ」

「あー、もう。人づかいが荒いなあ!」

 リオはナイフを持つ手と逆の手に小振りの銃を手にした。再び腰のポーチからプチボムとはちがう青く透きとおった玉を取り出し装填そうてんする。

「鈍らせるだけでいいんだよな?」

 目測もくそく。そして、撃鉄げきてつを叩きトリガーをひいた。激しい銃声とともに放たれたのはシンプルななまりの弾ではなく、魔法を封じ込めた白い光と冷気をまとう氷点のカプセルだ。

 よけるいとまもないグラスボアは自ら氷の弾丸へ突っ込んでいき、爆ぜた氷華に包まれていった。


 しかしリオが放ったのは本物の魔法よりもずっと弱い六花りっかの魔法だ。鼻先が凍りつき、うっとうしそうにもがくグラスボアはすぐにでも冷たいトラップからのがれてしまいそうだ。

 ――ただ、

 リオが弾を放ちその銃口を向けたままの時、彼の目の前には巨大な魔法陣が浮かんでいた。足下の草木から焦げる臭いが鼻を掠めて、彼は身をよじり飛び退く――そして、辺り一帯に激しい炎の柱が上がった。

 すさまじい火焔かえんは草原の草を、空気を、逃げ場のなくしたグラスボアを呑み込んでいた。

「……! クズ勇者! ボクごと焼くなって言っただろ!!」

 なんとか息を呑み込んだリオは殺されかけた文句を後方にいるであろうカズトへと吐き叫び、燃え盛る火柱クッキングをただただ見てた。




 次第に炎はその勢いを弱めていき、草原にはできたてのスープの香りと肉の焦げる匂いが立ち込めていた。

「ワーイ丸焼キダー」

 はあ、やれやれ。とその場に座りこんでひと息つくリオに対し、感情の読めない言葉を発するカズトは満足そうにグラスボアの丸焼きのそばへと近寄る。

 眉ひとつピクリとも動かないために彼の気持ちとしては喜んでいる、らしい。非常にわかりづらいが。

「……。よく食べようと思うよな」

 彼の呆れた反応を気にすることなく、カズトは切りとった肉を口へと運ぶ。その様子を見て、全てを焼き尽くす業火を目の当たりにしながら腹が空いてくるほど人間をやめてはいない。と思ったリオだった。

 ふてくされるようにそのまま後ろへ倒れ込んで、被っていたハットを顔の上に乗せた。


「なんかさわがしいけど、大丈夫か?」

 そこへスープを作り終えたレンカとミナがのんびりとやってきた。あたかも二人の男が火柱を上げてどんちゃん騒ぎをしているのを知っているように、のんびり歩いてきた。

 しかしすぐこの場には似つかわしくない焦げ臭さと異様な黒い塊に気づく。

「というかなにこれ」

「ブタの丸焼き」

「ブタの丸焼きだぁ? あきらかにでか……ってかグラスボアだな」

「んー……、もしかしてさっきの強力な火柱って」

 いぶかしげな表情を浮かべるミナに、カズトは返事のかわりにゴクンと食べていたものを飲み込んだ。

 うわーと少し口元をおさえて、話題を変えるように視線を寝転がるリオへと移す。

「……そこで倒れてるクズリオは死んだの?」

「ああ。いい役割をしてくれた」

「…………なんで、そんなにボクを亡き者にしたいんだ!?」

 へそを曲げたように見えた彼は思ったよりも早く飛び起きた。先ほどカズトに燃やされかけたことも含めて言っているのだろう。ハットを被り直して性悪な青年と少女を睨みつける。

「なんだ、死んでなかったのね」

「どこぞの貧弱なクソガキじゃないんだから、こんくらいで死ぬかっつの」

 再び罵り合う言葉を探り出す二人をなだめつつ制してレンカが言葉を続ける。

「あー、もういいから。とりあえず飯にしようぜ? せっかく作ったスープも冷めちまう」

「……」

「はあ、レンカが言うのはもっともね。……でも待って、これ食べるの?」

 これ、と指さしたのは草原に横たわるガサツな肉の丸焼きだ。一人会話に参加しないカズトはもくもくとその肉をほおばっている。

「まあ、どう見ても火加減おかしくて真っ黒だけど……」

「…………レンカちゃん、正気?」

「逆に食べねぇの? グラスボアだけど、ブタと変わんねえだろ」

 そう言うと、彼女は置き去りのスープを取りにまた戻っていった。

 まじめな顔で答えるレンカの予想外の答えに二人は顔を見合わせて眉を動かした。

「……レンカって肝がわってるよねぇ」

「……うーん。たまに理解しがたい……」

 でもそこがまたいいんだけどね、と小さくほころぶ彼を見て、ミナは目を細めてそっと彼から距離を置いた。しかたなしにカズトの近くに座って、当然のようにスープが運ばれてくるのを待った。


 広い草原の真ん中で、勇者一行は野性味の溢れる料理と共に足を休めておなかを満たすのであった。次の町にたどり着くのはまだまだ先のようだ。




――To the next adventure...

 

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