タオのわさわさ大作戦②

「ここが亜王院本家の屋敷。通称『鬼屋敷』です」


 ヤチカちゃんを抱えながら右手を平にして指し示し、やや芝居掛かった仕草で大袈裟に我が家を紹介する。


 霊峰から切り出した硬くて丈夫な木造二階建ての大きなお屋敷は、僕が生まれた時に記念として建てられた物だ。

 酔っ払った父様が言うには『あんな良い女二人も嫁に貰っといて子一人なんて勿体ない真似できねぇからな。目一杯産ませてやるって言ったら、大工衆があそこまで大きくしちまった。幾ら何でもやりすぎだ』との事。


 生まれて十三年、数えで十二年も住んでて言うのもなんだけれど、僕もやりすぎだと思う。


「お、大きいですね」


「すっごい……」


 ナナカさんとヤチカちゃんが口を大きく開けて屋敷を見上げる。

 こうして見ると、二人とも流石は姉妹。そっくりだ。


「さぁさぁずいずいっと中へ––––––の前にこちらへ」


 ナナカさんの手を引いて、屋敷の塀をぐるりと迂回する。

 テンショウムラクモ十三階層は地上までを貫通した吹き抜けとなっている。

 天井には観音開き式の大きな扉が付いていて晴れの日はお日様が直接当たり、雨の日や雪の日は閉じて濡れない快適な仕組みだ。


 そのおかげで、この階層はとある生き物の育成にもっとも適している。


 それが––––––この子達。


「ぁおん!」


「あんあん!」


「あん!!」


「きゃんきゃん!」


 僕の姿を見て一斉に、わさわさと群がる白と黒の毛玉達。


「はぁああうううううっ……か、可愛い……」


 ナナカさんは身体を一度ぶるりと震わせ、口元に手を当てて漏れ出す歓喜の息を無理やりねじ込んだ。


 わかる。

 僕もこのちっこいころころ達が無邪気に遊んでいる光景を見ると、ニヤニヤが止まらなくなるもん。


「おねえさまっ、わんわんです。ちっさいわんわん!」


 ヤチカちゃんが興奮している。

 僕の服を掴む手にやんわり力が宿り、身を乗り出している。


 良かった。

 喜んでくれている。


「タオおにいさま! わんわんです!」


 ぐるんと顔を動かして、ヤチカちゃんは鼻息荒く僕の顔を見た。


「狼だよヤチカちゃん」


 その姿が年相応に可愛らしかったので、僕は自然と笑みを零してしまう。


 ここ、屋敷の塀の隣。大きく柵で囲われた芝生の庭で短い四足をとてとてと動かして元気に遊んでいるのは狼。


 乱破衆の相棒である、––––––忍狼にんろうの子供達だ。

 数にして十数匹。

 数えようにもどの子も慌ただしく動き回るから、うまく数えられない。


「あんっ!」


「きゃんきゃんっ!」


 うん。元気そうだ。

 一月前、僕と父様が里を出る時はまだ生まれたてでヨチヨチ歩きだったけれど、今はしっかり芝を踏んで走り回っている。


 網目状の柵の中の庭、あっちでころころ、こっちでコロコロと忙しない。


「あぅううう……ちっ、ちっさい」


「いっぱいいます! わんわんいっぱいです!」


 プルプルと震えながら、ナナカさんがそろりそろりと手を伸ばす。


「ナナカさん、抱っこしても良いですよ」


「い、良いんですか? 怒ったりしませんか?」


 怒りはしないだろうなぁ。


 むしろ構ってやらないとヘソを曲げてしまうかもしれない。

 こいつらは人懐っこいし、里の皆が無駄に可愛がるもんだから、少し我儘になってしまった。


 まぁ、もう少ししたら乱破衆の人達がしつけと訓練を始めるから、すぐに立派な忍狼になるだろう。


 それまでは目一杯甘えさせてやるんだ。

 今までの子達もそうだったからね。


「ご、ごめんね?」


 子狼に謝りながら、ナナカさんは手を伸ばす。


「うあんっ!」


 捕まえたのは、額にバッテン模様の白毛がある子だった。


 縄で作った緩い首輪には、『バツ丸』と書かれている。


「あんあん!」


 尻尾をぴこぴこと左右に振って喜ぶバツ丸。

 おっと、雄かこいつ。


「おねえさま、おねえさまヤチカも」


 グイグイと手を伸ばして、ヤチカちゃんはバツ丸を触ろうとする。


「ヤチカちゃん、この子は?」


 腰を曲げて柵から身を乗り出し、真っ白い一匹の子狼をヤチカちゃんに見せる。


 僕の目の前でお尻を地面につけて、声も出さずに見上げている子だ。

 ふわふわの綿毛のようなその姿はとても愛くるしく、首輪を見ると『こなゆき』と書かれていた。


「こなゆき、だって。ほら」


 お尻の尻尾をぶんぶんと取れそうなぐらい降って、こなゆきはヤチカちゃんを見ている。


「こなゆき……」


 おずおずと伸ばしたヤチカちゃんの小さな手を、こなゆきがぺろぺろと舐める。


「お、おにいさまっ! こなゆきがヤチカのおてて、なめました!」


 ナナカさんと同じ翠色の瞳をキラキラと輝かせて、ヤチカちゃんが僕を見る。


「びっくりさせちゃうから、もうすこし小さな声でね?」


「はっ、はい。こ、こなゆき。ヤチカがだっこしても、いいですか?」


 舐められている手をゆっくり動かして、ヤチカちゃんはこなゆきの顎の下に手を入れた。


「あん!」


「っ! おにいさまっ! こなゆきがなにかいいました!」


「抱っこしていいよってさ」


「ほんとですか!?」


 本当だとも。

 その証拠にこなゆきはヤチカちゃんの手にすりすりと頬を寄せて甘えている。


「そぅっと持ち上げてごらん。そうそう、脇の下に手を入れて……」


「こ、こなゆき……いたくないですか?」


「あんあんっ!」


 産毛独特のふわふわな手触りを感じながら、ヤチカちゃんはその胸にこなゆきを抱える。


「ふわぁ……あったかい……」


「あんっ!」


「わっ! ふふっ、ふふふふっ。こなゆきくすぐったいです」


 ヤチカちゃんの首筋に潜り込んだこなゆきが身体全体を使って甘えだした。


「ふにふにしてます」


「可愛いでしょ?」


「はいっ! こなゆきもほかのこも、とってもかわいいです!」


 金色の髪を大きく揺らして、ヤチカちゃんが満面の笑みを浮かべた。


 さっきまで萎縮していたのが嘘のようだ。


 良かった。

 初めての土地に来て緊張していた二人だけど、狼の子達のお陰でそれも解れたようだ。


 うん。大成功だ。


 格納庫で荷降ろししている間ずっと、なにか二人を喜ばせる方法はないかなと考えていたんだ。


 その結果導き出したのがここ。


 幼狼厩舎である。


 この狼達は霊峰ムラクモにしかいない特別種。

 その名も『きりオオカミ』。

 普通の狼に比べて成長しても大して大きくはならないけれど、極めて鼻がよく、そしてしなやかで素早いのが特徴である。

 危機を察すると体毛から水を放出し、霧を発生させて姿を隠す習性があって、乱破衆の任務にはうってつけなのだ。


「ナナカさ––––––ん?」


 可愛いですよね? と聞こうとしてナナカさんを見ると、バツ丸のお腹に顔を埋めていた。


 なにやってんだろう。


「すぅー、はぁー……可愛い……」


 深呼吸してる……のか?


「ふわぁ……ふっわふわ……気持ちいい……」


 う、うん。


 ナナカさんが楽しんでるなら、良いんだけどさ。


 バツ丸がなんか、やけに神妙な顔してるんだよね。

 アレは死を覚悟した顔にも見える。


 だ、大丈夫だバツ丸。

 取って食ったりはしないから。多分。


「こなゆき、おかおなめちゃだめです。くすぐったいです」


 ダメな顔してないよヤチカちゃん。

 とっても可愛い笑顔だ。


 母様に呼ばれるまでたっぷり一時間ほど、僕らは幼狼厩舎で子狼達と戯れた。


 最後らへんなんかナナカさんが狼達を周りにかき集めて埋もれてたけど、本当に幸せそうだったから良しとしよう。


 子狼達がみんな怯えてたのは、僕だけが知っていればいい。




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