032-魔界からの刺客達

 グレイズと遭遇してから数日後、ついに我輩の前に刺客が姿を見せた。

 ……だが。


『ゲヒャヒャヒャ、見つけたぜお姫さんよォ!!』


 典型的な悪党面のグレーターデーモンの集団なのだが、彼奴グレイズが寄越すにしては不自然すぎる。

 ずる賢いヤツの性格を考えると、こんな露骨な輩を送り込んでくるとは考えにくいし、本当に別の派閥の連中が送り込んできたのかもしれない。


『狙われてるってのに独りでウロつくとは、ちょっと油断しすぎだぜェ!!』


『……ふむ』


 下品に笑う奴らを一瞥いちべつしつつ、我輩は空に向かって手を向けてヒラヒラと振った。


『アァ? 命乞いでもしt……』


 そこまで言ったところで、グレーターデーモンの一匹が吹っ飛んでいった。


『な、ななななな、なんだァ!!?』


 悪魔連中が騒ぐ最中、我輩の目の前に白金色に輝く女が降ってきた。


『天使のくせに名乗り口上の真っ最中に不意打ちとは、えげつないのぅ』


『悪魔相手に卑怯もへったくれもないですから。それに殺生や拷問を禁止されてるんですから、一発かましておかないとスカッとしませんし』


 地獄の奴らですら裸足で逃げ出しかねないような事をあっけらかんと言うカナを見て、我輩は思わず苦笑してしまう。


『ひぃふぅみぃ……へぇ、こんなちびっ子を仕留めるのに6匹で囲むとは、第二世界セカンドの連中はどいつもこいつも、ホント救いようのないクソですね~』


『その定義だと、我輩も糞に含まれるではないか……』


 思わず突っ込んでしまった我輩を見て、カナは否定する事なくニヤリと笑みを浮かべると両手で空を仰いだ。

 そして手のひらに光が集まり、眩い光を放つとその手中に連節棍フレイルが出現した。


『お主、いったいどれだけ武器を持っておる』

 

『ん~。星の数ほど、とだけ言っておきます』


 それはつまり、カナ自身も把握していないという事であろうか。

 まったくもって、こやつの武器マニアぶりには驚かされる。


『お、おいっ! 天使が相手なんて聞いてねえぞ!?』


『てめえら怯えてんじゃねえっ。相手は女じゃねえか! 集団でやっちまえば問題無えさ!』


 先頭のリーダー格らしき男がそう言うと、手下達は安心したのか再び下品な笑みを浮かべた。


『……今の時代に性別だけで強さを判断するとは。その愚かな先入観を叩き壊して差し上げますかね』


 カナはそう言うと、まるで狂戦士バーサーカーのようにグレーターデーモンの群れへと飛び込んで行った。



~~



「今日のまかないは、リッチだっぜ~♪」


 クリスマスシーズンも過ぎて、無事にお店を再開したバイト先で一仕事を終えた俺は、まかない飯の「ちょっとお高いカレー」を手に帰路についていた。


『うぅ、こういう時は他種族が羨ましいっス』


 帰り道で合流したキサキが、俺の右手に下げられたビニル袋を物欲しげな目でジーッと眺めながらブツブツぼやいている。


「確かに、俺らだけ良いモン食ってるのを見せつけるのも何だもんなぁ。しゃーねえ、ハーゲン○ッツ買ってやるからコンビニ寄るぞ」


『うおおお、さすがリク君っ! 一生ついていくっス!!』


「大げさだなぁ」


 ちなみに、かつてコイツはカナが大事に封印していたバニラを勝手に食べた結果、ガスコンロで火炙ひあぶりにされそうになった事があるのだが、その時の辞世の句は『命と引き替えに食う価値はあった』である。


『……でも、先にお客さんっスね』


 そう言うと、キサキは氷精の姿に変化して身構えた。

 さらに異変を察知したホロウが空から舞い降りると、俺の頭……ではなく、肩に留まって俺とキサキと同じ方向へ向いた。


『アルカの飼い鳥だけでなく氷精まで手懐けるとは、最近の勇者は曲芸師か何かを目指しているのかい?』


「むしろ、アンタこそセラを護るとか大見得を切っておいて、俺みたいな平民を相手してて良いのかよ。まあ、あっちは天使カナが居るから大丈夫だろうけどな」


 俺の言葉に、目の前の男……グレイズはフッと鼻で笑った。


『今頃、セラは多数のグレーターデーモン共を相手にしているだろうね』


「なっ!? やっぱりテメェが黒幕かっ!!」


『早とちりは困るよ。確かにあの子は色んな連中から狙われてるけど、もちろん僕の指示じゃない。それに、今は天使の護衛だってあるのだから、仮に僕がセラの命を狙うような不届き者だったとしても、そこを襲うほどバカじゃない。あくまで、グレーターデーモン達が無謀にも、天使の存在を知らぬままこの世界にやってきたという情報を事前に掴んでいただけさ』


「それなら、俺みたいな平凡な人間なんぞに構ってないで、さっさとセラを助けに行けよ」


『フッ。僕はセラを護る為に来たって言ったろ?』


 グレイズがそう発言した直後、奇妙な感覚に心臓がドキリと跳ねた。

 これは……殺気?


『セラ最も安全な状況下に置くには王家へ連れ帰るのが一番なのだけど、彼女を連れ帰り保護しようにも、君の呪縛でこの世界からは逃げられない。彼女は君の助け無しでは力を使えないし、自らを護る事すら叶わない。まったく、偉大なる王家のお姫様にしてはあまりにも不遇ふぐう過ぎるとは思わないかい?』


 グレイズの言葉に少しずつ敵意が含まれてきた。


『だけど下の連中の報告を聞いて驚いたよ。どうやら君が死ねばセラは全ての力を取り戻せる……いや、それどころか勇者の力を得て、魔王すら倒せる程の存在になれるんだってね?』


『ほろーちゃん! リク君を連れてセラちゃんの所に逃げて!!』


 グレイズの狙いを察したキサキは、慌てて俺の肩に乗ったホロウに向かって叫ぶ。

 ホロウは元の姿に戻ると、クチバシで俺の襟首を咥えて夜空へと飛翔……!

 ……だが、突然周りの空気が一変し、カラフルな街並みの明かりがモノクロームへと変化していゆく。

 そしてホロウは申し訳なさそうに地上へと降りた。


『ククルゥ……』


「大丈夫。ありがとな」


 大きな頭を撫でると、ホロウは目を細めて首をくるんと回し、俺をゆっくりと地面へ降ろしてくれた。


『"時の最果て"を見て平然としてるって事は、自分がどういう状況にあるかは判ってるみたいだね』


「自分に対して使われたのは二回目だけど、アンタの"最果て"は雰囲気が不気味で嫌だな」


 俺の皮肉にグレイズはククク……と悪役らしい笑い声を漏らす。


『で、セラっちを最強にした後、お前はどうするつもりっス?』


『後? 僕はセラが力を取り戻してくれれば、第二世界セカンドに戻って静かに暮らしてくれれば本望さ』


『私、そういう心にもない嘘を平然と吐くゲス野郎が、一番嫌いなんスよね』


 ゲス野郎と言われ、グレイズの顔から笑みが消える。


『貴様、僕を愚弄するつもりか……?』


 怒りを滲ませながら睨むものの、当のキサキ本人は全く怯むことなくグレイズを睨み返す。

 キサキの表情に一瞬グレイズは怯んだものの、すぐにキザったらしい表情に戻ると再びキサキの方へ向いて語り始めた。


『フッ。それでは冥土の土産に教えてやるかな。僕の目的は……最強の存在となったセラを妻にめとる事さ! 我が一族の天才的な才能と、セラの魔力……きっと僕達の子は第二世界セカンドに輝かしい未来をもたらす事になるだろうね!』


 グレイズが何とも気色悪い妄想を語っているが、その顔からは嘘偽りが全く感じられない。

 まさか、本当にそんな目的のために俺らを襲ったのか?


「まだ俺の命を狙う刺客の方が可愛げがあるな……」


 呆れ顔でぼやく俺を見てキサキが苦笑しつつ、再びグレイズの方を向いて絶対零度の視線を浴びせた。


『先に言っておくっスけど、セラっちは力を手に入れる事を望んでないし、例えあの子が最強になったとしても、それがお前の狙い通りに使われるなんて有り得ない。それに、お前みたいな外道に嫁ぐくらいなら、取り巻き含めて皆殺しにされるんじゃないっスかね?』


『フッ、何を馬鹿な事を。セラに限ってそんな御両親を悲しませるような愚行はありえないだろう。あの子は賢いからね!』


 グレイズの言葉に、何だか妙な違和感を覚えた。

 セラは大人びた雰囲気ではあるものの、どちらかというと感情的に無鉄砲な行動が目立つし、アイツの性格を考えるとキサキの言うとおりにグレイズ達に報復する未来しか見えないのだが。


『セラはいつも恥ずかしがって強がりばかりを言うけど、本音はとても優しい子さ!』


 ……あー、あーあーあー! そういう事か!!


「コイツ、もしかして……?」


『うん、リク君の思っている事で正しいと思うっスよ』


「お前、セラにすげー嫌われてるって自覚してないんだな」



『!?!?!?』



 俺がキッパリと真実を告げると、グレイズの額に冷や汗が浮かんだ。


『き、君は何を言っているんだ! セラが僕を嫌うわけないだろう?』


 グレイズの表情から察するに、コイツは本当に疑いなく素で言っているようだ。

 俺がキサキにチラリと目をやると、やれやれといった仕草で溜め息を吐いた。


『王族ってヤツは自己評価がスゲー高いんで、大体こんなもんっスよ。セラっちみたいな庶民的なのが逆に珍しいんス』


「なるほどなー……」


 国王の実娘じつじょうであるセラに次ぐ王位継承権を持つ、どこぞのお偉いさんの長男……ともなれば、そりゃワガママに育てられててもおかしくはない。

 当然、家来や侍女達は自分の思い通りの傀儡かいらいとして動くわけで、それを基準に考えてるとなると、まあ世の中ナメてるわけである。


『セラは僕が訪問すると、いつも恥ずかしがって隠れてしまう』


『ウザ男に絡まれるのが嫌で逃げたんスね』


『僕達の将来について話すと、恥ずかしがって茶化すんだ』


『キモ男の妄言が不快すぎて話を切ったんスね』


 うっわー!


「翻訳ありがとう……」


『コイツは神崎君以上にヤバイっスよ。頭イッてるっス』


「神崎は自分のキャラクター性を理解した上でやってるから、まだ可愛げがあるんだけどなー」


 困惑する俺とキサキに、グレイズは不満を露わにする。


『貴様ら、僕をこれ以上愚弄するならば……!』



ピシィッ!!!


 

 グレイズが声を上げたのと時を同じくして、何かが砕ける音が辺りに響いた。

 空を見上げると、モノクロームの世界でも目立つ程に漆黒な『何か』がこちらを覗いていた。


『な、ななな、何だあれはっ!?』


 先程まで威勢の良かったグレイズが怯えている様子を見ると、どうやらコイツの差し金では無いらしい。


「これでセラが助けに来たってパターンなら嬉しかったんだけどな……」


『世の中、上手く行かないっスねぇ』


 そして漆黒の闇が空を覆い尽くすと、雷鳴を轟かせながら巨大な黒馬に跨がった鎧姿の騎士が降ってきた。

 全身に禍々まがまがしいオーラを漂わせたそいつは、俺を真っ直ぐに見据えて口を開いた。


『我が名はダルカンド。魔王様の命令により参上した! 勇者の命、頂戴致す!!』

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