第14話 暗く悲しき夜は明けて


 西暦1853年 皇紀2513年 明応7年4月2日 午前5時30分頃

 大日本皇國 〈皇都〉皇京 越之宮市 越之宮鎮台衛戍地


「総員、止まれ!」


 やっと、越之宮鎮台の衛戍地へ到着した。

 何だかこれまでの緊張が、一気に解けたような感じがする。それは、鎮台衛戍地がこの世界におけるマイホームみたいな感じだからだろう。

 少なくとも、他の場所よりは安らぎを与えてくれる。

 さて。それから俺達は厩舎へと行き、各々の軍馬を馬房に返す。そして今まで俺を乗せて走り続けた〈咲銀杏〉に、感謝の言葉を伝えた。……相変わらず不機嫌そうな鳴声を漏らしてはいたが。

 その後、月島率いる臨時編成第二班は一先ひとまず、本棟の玄関前へ。


「よし。……みな、ここまでよく戦った! けして手放しに喜べぬ者もいるだろう。しかし、今ここに自分が立っていて、この戦列で戦友と肩を並べている。そのことをまず誇るべきだ」


 玄関前で集結し月島の言葉を聞く兵士達の横顔は、完全に姿を見せた旭日に明るく照らされている。

 暗く悲しきは明けて。春はあけぼの……なんて著名な文章が頭の中に浮かぶ。だけど月島が言った通り、けして手放しに喜べるわけじゃない。

 完全に、暗さや悲しさなんてものは消えるはずもない。

 戻ってこないものが幾らだってあるから。そんなことは百も承知で分かってる。 

 だから。だからこそ、俺達は今日という日を生きていく。

 それしか……道は無いんだ。


「此処に帰ってきてまで、今更長話をするつもりはない。それぞれ、しっかりと自らを労うように。解散!」


『はっ!』


 月島が号すると、臨時ではあるものの今まで彼の指揮下であった兵士達は、吸い込まれていくように本棟の中へ消えていった。そして残されたのは俺と月島、佐久間と西園だけになった。

 

「……佐久間。お前も音無と共に、小隊分室へ戻れ。俺と西園伍長は、白澤中隊長と小野大隊長への報告がある」


 その報告というのが、ただの戦闘報告でないことは分かっている。

 〈西園率いる第三中隊・第二小隊のこれからの任務に関する直談判〉。

 本題がそれであることは間違いない。想定できなかった規模の襲撃だったとはいえ、最終的に隊員の半数が戦死、村民が13名死亡という結果で終わったのだ。何の処罰も無しというわけにはいかないだろう。

 だが西園にはまだ、萩坂村に対する未練が、想いがある。月島の助太刀を借りながらも、萩坂村での常駐任務を続けるために奮起し続けねばならないのだ。

 月島の言葉によって開花したその強い意志は、俺が易々と語るには烏滸おこがましい程のものである。


「ではな。音無」


「はい、また後で」


 俺と月島はそう言葉を交わし、それぞれ別の方へ向かって歩こうとすると。近くから……すぐ近くから、何度も聞いた声がした。


「……少しいいか。音無……雄輝だったか」


「? 何でしょうか、西園さん」


 その声の主は、西園だった。かなり色が馴染んでいるとはいえ軍服に返り血、破れているところからは生傷が覗かせる彼の姿は何度見ても、何故正気を保っていられるのか疑問である。

 俺なんか、最弱魁魔に脇腹斬られただけで失神したってのに。

 ……それはともかく。

 このタイミングで西園が話しかけてくることは、全くの予想外だった。そういや、直接話したことすら初めてのような……?


「そういえば、音無とはこうやって直接話すのは初めてだな」


 やっぱりそうか。じゃあ、改めて挨拶を。 


「はい。改めて宜しくお願いします」


「ああ、こちらこそ宜しく頼む。……それで、私はお前に一つ言いたいことがあるのだ」


 言いたいこと……。何だろう、若干怖ぇ。

 最初は怖かったが、少しずつ打ち解けることができた月島に対して、西園とは初会話にも等しい関係性。ボロボロなその風貌に加えて、厳格な軍人のような口調と雰囲気。けして悪い人では無いのだが、少し近寄りがたい……みたいな感じの。

 あくまで先入観だけど。


「なに、言いたいことといっても大したことではない。……もしも、もしもだが。私達、第三中隊・第二小隊が萩坂村常駐の任を解かれたときは。

 どうか、私の……我々の萩坂への想いを受け継いでくれないだろうか。

 確か音無は昨日、この国に転移したと聞いている。そんなお前に、こんなことを頼むのは、筋違いかもしれないがな」


 筋違い。……いいや、そんなはずは無い。


「筋違いなんかじゃない、と思います。俺は……まだちっぽけな弱い奴だけど、それでも一文字や萩坂村の人達の為に何かできることを探してやっていくって誓いましたから。それがせめてもの報い、贖罪になると信じてます」


「そうか。……ありがとう」


「いえ。西園さんもその……頑張ってください。無責任かもしれないですが」


 もしもの話をいつまでもしていたって、に追いついてしまうだけだ。ならば、もしもにならない為に行動を起こすべきだろう。


「ああ。精々気張ってくるさ。時間を取らせてすまなかったな。……行ってくる」


「ええ、さようなら」


 そして西園は、月島と共に玄関から去っていく。まずは中隊本部へ、次に大隊本部への報告に行くのだろう。

 何だか西園に対するイメージが少し変わった気がする。確かに生真面目そうで、毅然とした態度の軍人だったけれど、けして近寄りがたいなんてレッテルを張られるような人じゃない。それだけは、この短い会話の中で分かった。

 

「……さて、俺達も小隊分室へ戻るぞ」


 俺の横に立っていた佐久間が月島達の背中を見送りながら、口を開く。

 小隊分室……。月島が率いている第一中隊・第二小隊の本拠地みたいな部屋だろうか。大隊本部室とかよりは狭いだろうけど、今まで気絶こそしても一睡もしなかった俺にはかなりの疲労が溜まっている。少し座って休む場所が欲しかったところだ。

 ただ、不思議と眠気は全く無かった。


 驚愕的な、というかあまりにも非現実的な異世界転移。

 しかし吾妻が言った言葉をもう一度聞く為に、歩みを進めた。

 そして、唐突な群鬼からの襲撃。倒れていたところを月島達に保護され……。

 月島の信用を勝ち得たかと思ったら、小野との長き舌戦。

 結局名演技のドッキリで、最終的に大隊の信用をゲット。皇國のことについて色々教えてもらったのも束の間、萩坂村へ出撃。

 途中また重要なことを教わり、萩坂における惨劇を目の当たりにした。

 魁魔との戦いで月島達の強さを思い知り、一文字家へと赴いた。

 そこで待ち構えていたのは、一文字綾香を襲う八尾仙狐。

 彼女を助けたと思ったら、またボコボコにされる。

 ……だが運よく生き残り、ここに帰ってくることができた。


 一日に起きた出来事にしては、あまりにも内容が濃すぎる。

 敢えて書いていないが、自分自身の胸に刻んだことがまだまだたくさんある。そんな一日を過ごしたら、一種の興奮状態に陥るのも無理ない話だろう。

 

「もう小隊の他の兵は、食事場へ向かっただろうな」


 小隊分室に向かいながら、佐久間は再び口を開く。


「食事場……。朝食にしては少し早くないですか?」


 まだ6時にもなっていない。いや、軍隊の食事というのはそういうものなのか?

 あまりよく知っているわけではないが。


「通常勤務をしているのならば、定刻通り6時30分からの朝食となるのだがな。

 夜通し魁魔と戦って、闇の中を駆け続けた者達にこれ以上飯の辛抱をさせるのはあまりにも酷だ。言っておくが、俺と月島小隊長は夕飯すら食べていないのだぞ? ああ見えて、月島小隊長は少し無理をしておられるのだ」


「……」


 無理をしている。確かにそうだ。だが、どころじゃないだろう。

 夕食さえ食べずに夜の間、一睡もせず小隊や班への指示を出し、強力な魁魔と戦い続け……。しかも俺の為に、はたまた西園の為に、今まで何のつながりも無かった者達の為に時間を使って、力強い言葉を掛けてくれた。

 そのことに俺は感謝の気持ちしか無かった。逆に言えば、月島はたった一日で俺の心を感謝の気持ちで一杯にさせる程のことを、してくれたということ。

 絶えることのない感謝の念と共に、月島が心配になってきた。

 ……小野が言っていたことを思い出す。


『15歳の少年に心配されるほど皇國軍の組織はやわではないさ』。


 確かに俺みたいな子供が心配するようなことではないのかもしれない。

 だが、一人の兵士……月島はどうだろうか? あまりにも働き過ぎ、ブラックなんて冗談を言えるレベルじゃない。そういえば、俺が初めてこの世界で目覚めて月島達と出会った時、神祇の手甲が異様に焼け焦げていることに気付いた。

 思い返してみれば、その手甲は月島の腕にはめられている物だった。他の兵士……佐久間達の手甲はどうだっただろうか? よく見ていたわけではないものの、あんなに酷く焦げてはいなかったはずだ。

 ……そのことも何か関係があるのだろうか。


「おい、音無。着いたぞ」


「あっ……。すみません」


 佐久間の声にハッと現実に引き戻されると、もう第一中隊・第二小隊分室の前に立っていた。俺はその木扉をコンコンと叩き、分室に入っていった。


「何だ、貴様らまだいたのか」


 佐久間がそう声を上げる。そこには、第二小隊の一般兵4人が板の間になっている床に座っていた。だが、ただ座っているだけというわけではなく、大きな砥石といしで各々の愛刀を丁寧に研磨していた。しゃっしゃっ、と心地の良い音が板の間に響く。

 日本刀研磨には相応の技術が必要だそうだが、毎日のように魁魔と戦っている以上、毎回砥師に依頼するわけにはいかないのだろう。切れ味だけを求めるのならば、粗い砥石でも研ぐことができると小耳に挟んだことがあるし。

 ただ……。空腹に喘いでいるはずの彼らが、後でもできるはずの研磨を優先させるだろうか。まるで他に目的があって……例えば誰かが来るのを待っていて、それまでの間の時間潰しをしている。そんな風に感じた。


「佐久間兵長、お疲れ様でした。……音無雄輝君も」


 立ち上がって俺の名前を挙げてくれた、一見すると線が細くて優しげな兵士の名前を、俺の方は全く知らない。恥ずかしながら。

 まず、月島がいて。その近くに佐久間がいて……。その他4人といった感じだったから、もしかしたら名前を聞いたことがあって忘れているだけかもしれない。

 ただはっきりと言えることは、彼の〈音無雄輝君〉という呼び方が、俺をかなりむず痒い気分にさせたということだけ。


「ただいま戻りました。えーっと……」


「〈桐生きりゅう英嗣ひでつぐ二等兵にとうへいです。俺のことは自由に呼んでください」


「はい。ありがとうございます……って、敬語なんて使わないでください」


 あまりにも軍人にしては物腰が柔らかすぎるだろう。多分この小隊の中じゃ一番年齢が俺と近そうな人だからこそ、その敬語はスルーできないものだ。だが俺の言葉に、佐久間も含めて小隊の面々がまるで示し合せたかのように同時に笑った。


「おいおい。桐生にンなこと言ったって、変えやしねーさ。そいつは皇國軍に入隊してから4年、ずーっと誰に対してもそんな言葉遣いなんだぜ? 最初はむず痒いだろうけど、じきに慣れる。訓練とでも思っとけ」


 桐生がいる位置よりも少し後ろで研ぎ終わったらしき軍刀を持ちながら、みねの方を下にして肩に掛けている男。彼もこの小隊の隊員である。何度か見かけたことはあるが、名前はやはり知らない。


「っと……俺の名前も知らないんだったな。俺は〈太田おおた信五郎しんごろう〉一等兵だ。そこの島原一等兵と同期でもある。宜しくな」


「そこの、とは失敬な。……〈島原しまばら征慈せいじ〉一等兵だ。そこの太田一等兵とは腐れ縁で、何の嫌がらせか7年間ずっと同じ小隊の兵士だ」


 気さくな感じで、まるで兄貴分のような印象を与える太田に対し、若干ぶっきらぼうで皮肉屋風なのが島原。対照的ではあるが、島原がけして冷たいというわけではない。〈何の嫌がらせか〉という言葉を使ってこそいるが、その口調には一切の冷酷さや敵愾心てきがいしんは見られなった。


「最後は俺だな。〈外村そとむら圭司けいじ〉上等兵だ。一応俺は月島小隊長を除いて最年長なので、こいつら3人のまとめ役のようなことをやってる。因みに歳は28だ」


 最後の挨拶は、丸刈り頭の生真面目そうな風貌の兵士だった。

 見かけで判断することは良くないことは分かっているが、やはりイメージというものがある。それが極端なものであればあるほど。

 それはともかく……。28歳の外村が月島以外で最年長ということは、その上官にあたる佐久間は何歳なのだろう。


「貴様らまさかとは思うが……。音無に挨拶をする為だけに、わざと時間を潰していたのか?」


 俺が疑問を呈する前に、佐久間の口が開かれる。

 そして、佐久間がした質問は俺の心にもあったことだった。佐久間も彼らの軍刀の研磨に関して、若干の違和感を覚えていたようだ。


「ええっと……まぁ……」


「……こりゃ駄目だ。副小隊長には気付かれてたみたいだぞ?」


「それどころか、音無も薄々勘付いてたんじゃないのか?」


 桐生・太田・島原が次々と、降参とでも言わんばかりに口を開く。

 やはりそうか。……だけど何故、そんなことを。

 

「申し訳ありません、佐久間兵長。わざとらしいことはやめろと最初は言ったのですが……。私も早めに挨拶をしておいた方が良いだろうと思い、恥ずかしながらもこのような迂遠うえんな方法を取らせていただきました」


「なるほどな。貴様らがこのまま食事場に行って朝食を摂り、そのまま兵舎に戻ってしまえば、音無への挨拶は少なくとも明日以降になるからな」


 月島率いる第一中隊・第二小隊は本来、昨日の夜と今日の昼は非番の予定だったのだ。それが萩坂村救援任務により夜の非番が潰された為、今日丸一日は各自自由行動、つまりは休暇となる。

 だから、ということだろうか。俺への挨拶なんて別に気にしてくれなくたって良いのに。だが、彼らの真意はどうやらそれだけでは無い様子。

 

「ええ、その通りであります。しかし、挨拶の為だけではありませぬ。……音無、少し話をしても良いだろうか」


 外村が佐久間から俺の方へ向き直り、そう言いながら視線を投げかける。俺はそれに対して、はいとしか言いようが無かった。

 

「俺は……いや、俺達4人は最初、お前に良い印象を持っていなかった。……受け入れられなかったとでも言うべきか」


「………」


 その言葉はけして、俺にとって良い調しらべを持った言葉ではなかった。だが、心に傷が付くなんてことも無い。不思議な感じだ。


「俺達4人が音無という〈異界人〉としての存在を初めて知ったのは、俺達が中隊本部室へ集まった時のことだ」


 異界人としての、俺。

 確かに寿狼山で初めて俺を保護した時点では、俺はただの正体不明の存在だったことだろう。たとえジャージを着ていたりカラー写真を持っていたりしたって、その時点で俺を異界人だと断定できるわけがない。その後の対応は月島と佐久間が担当したから、大隊本部室で俺が認められた後である中隊本部室での作戦説明の時に初めて、正真正銘の異界人となった俺と対面したというわけだ。

 しかしその時はその時で白澤中隊長による作戦説明に皆必死だったから、たまに視線こそ感じはせれども、俺のことなんて気にかけられなかっただろう。

 それは、萩坂村への行軍中や村での戦闘の際でも同じだ。


 護りたい人達の為に、必死で、魁魔と戦った。

 ……護れなかったものも沢山あって。だけど、戻ることは許されない。

 だから、黎明が照らすその方向へ。未来へ。

 暗く悲しき夜のとばりを払って、進み続けた。

 

「俺達は軍人だ。いくさに生きて、いくさに死ぬ。中隊本部室に月島小隊長から召集が掛かって……。萩坂村での戦闘が終わるまで、俺達はお前のことなど気にも留めていなかった。ただ、目の前で起こっている戦いだけを見ていた。

 だが、今の俺達は違う。軍人としての自分ではなく、一人の人間として此処にいる。癖で階級は名乗ってしまったがな。

 ……俺達は、一人の人間として、一人の日本人として、お前に問う」


 今、外村だけがその言葉を発している。……はずなのに。

 桐生・太田・島原さえも、その重厚な問いを双眸そうぼうだけでなく、口を開いて訴えかけているように感じた。


「お前は〈真の強さ〉を見つける為だけに、この世界で生きていくのか?」


 投げかけられた問い。一見意味さえも推し測ることが難しい質問のその真意を、俺は何故か深く考えることも無く理解してしまっていた。

 ……戦いは終わり。夜は明け。俺も、そして彼らもまた進み続けなくてはならなくなった。その向かう先には〈異界人〉としての俺の存在が在った。


 戦いの為に考えることすら放棄していたことを、今。

 今この瞬間ときに、乗り越えなければならない。

 そして、乗り越えなければならないこととは何なのか。

 

 それは〈音無雄輝という存在を受け入れること〉だ。


 月島や佐久間、小野が異界人として認めた音無雄輝という存在を、今度は自分達が認めるべきだ。そう思ったのだろう。

 だが、俺が異界人であることは既に証明されている。ならば、音無雄輝という人間の何を確かめ、認めればよいのか。

 考えた結果が今の質問の真意に繋がっている。

 そして俺はもう、その答えに辿り着いていた。


「……確かに俺は、元の世界に還る為に。俺の親友に別れを告げる為に。それを行えるだけの〈真の強さ〉を探し求める為に。これからこの世界で、皇國で、生きていこうと決めました。だけど。

 多分俺は、それ以外のこともこの世界で為したいんだと思います」

 

「それ以外のこと、だと?」


「……現状として、俺は月島さん達に認められて〈信用〉されています。けどそれだけじゃ先に、未来には進めない。信用だけじゃ足りない。月島さんや佐久間さんに、そして外村さん達にも〈信頼しんらい〉されるように、行動しなきゃいけないんです」


 信用されたからって、俺は所詮異界人。

 この世界での確固たる地盤も地位もありやしない。

 だから、信用のその先。〈信頼〉を手に入れなければならない。

 俺はどうやって信用を手に入れたか。

 異界人の証明と共に、〈真の強さを見つけ出す〉という揺るぎの無い決意をしたからだ。俺は多分運の良い方で、普通なら決意なんかで信用にさえも漕ぎ着けられないのだろうが。それはともかく。

 ならば、信頼はどう手に入れられるのか。

 悪く言えば口先だけの決意だけじゃ、どうしようもない。行動するしかない。

 萩坂での戦いが終わった後、回想しながら想った考えが、甦ってくる。


『幾らあやふやなものの無い信念があったとて、行動が伴わなければただの机上の空論、それこそ偽善だ』


 全くもってその通り。信頼を得る為には、それに足るだけの行動をこれから進み続ける中で、月島達に見せていかなければならないのだ。その行動というのは若干〈真の強さ〉とも通ずるところがあるかもしれない。

 だけど殆どの行動というものは、に帰結するのだろう。


皇國こうこくの為に」


「……何?」


「俺が本当に為すべきことは〈真の強さ〉を見つける為の行動なんかじゃない。

 一文字や萩坂村の人々を救い、護る為に。できるかどうかは分からないですけど、絶対に行動を起こさなければならないんです。そして、それらを総括して一つの言葉に纏めるのならば。〈皇國の為〉って言葉になるんだと思います。

 ……月島さん達と対等の〈皇國人こうこくじん〉となる為にも」


 〈真の強さ〉なんてものは所詮、俺が勝手に欲しているもの。

 一文字や萩坂村の人々の為に行動を起こすことは結果的に〈真の強さ〉に繋がっていくのかもしれない。だけど、けしてそれだけの為じゃない。

 俺は今のところ異界人だ。この国で生まれ、育った人間じゃない。だけど、これから俺はこの国で生きていかなければならない。いつになるか分からない元の世界への帰還を想いながらも。だから俺はいつまでも、異界人じゃいられない。

 何より月島達から信頼を勝ち取る為にはまず、彼らと同じ立場・目線に立たなければいけないと思ったから。

 

 際限なき魁魔との戦いに身を投じながらも、前を向いて進み続ける皇國の民。


 彼らは何の為に戦っているのか。家族、知己、故郷。

 それらを強引に一纏めにすれば、国家だ。国家全体が存亡の危機に立たされているのだから、当然ともいえるが。

 皇國の為に。

 皇國の民は、この為に団結して戦っているのだろう。ならば、俺もそうせねばならない。信頼というものを得る為に。


「……分かった」


 目の前に立つ外村は短くそう言った後に、再び。


「お前の想い、しかと心に刻んだぞ。音無、俺はお前という存在をやっと受け入れることができた。これからも宜しくな」


 後ろに立つ桐生・太田・島原も皆一様に、外村と同じ表情をする。それは笑顔だ。満面というわけではないが、とても優しくて柔らかい。

 俺はこの4人に認められたのだろう。そう確信する。

 彼らは恐らく、俺の〈この世界で望む生き様〉を試していたのだろう。

 〈真の強さ〉を見つけるなんていう私欲だけではなく、自分達と同じく皇國の為に生きると言った俺のことを信用してくれた。とても嬉しい瞬間だった。

 だが、ここで安心してはならない。それだけで満足して、歩みを止めるな。

 なればこそ、俺は外村の言葉にこう返す。


「はい、宜しくお願いします! 外村さん、桐生さん、太田さん、島原さん」


 決意だけじゃ何の価値も無い。だけど、実際に行動に移そうともしない決意はもはや決意ですらない。俺はそんな薄っぺらい上辺だけの言葉をベラベラと話す馬鹿だけにはなりたくはない。だから。

 俺が今まで月島を始めとする皇國の人々の前で発した言葉が。後々に歴とした、決意となるように。


 〈真の強さ〉を探し求める為に。皇國の為に。


 この国で。


 黎明の照らす方向へ、胸を張って進み続けよう。


 また、そう決意した。

 

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