第27話 喋る猫の依頼と、睦み事

「で、君の探してるものって?」

「たまたまです」


「タマタマ探してるのか?」

「そう、たまたま」


「え、タマタマを探してる?」

「そう言いました」


「タマタマ探してるんじゃなくて、タマタマという物を探してるってこと?」

「たまたまという玉を探しています」


「へえ……。なんかすごい名前」

「昨日まではあったんですが。今朝気がつくと無くなっていて……」


「今朝いた場所は?」

「この林です」


「ここが家?」

「まさか、家は別ですよ。豪邸です、またご紹介します」

 

 猫の豪邸と聞いて、猫がソファにふんぞり返っている様子が浮かんで頭にこびりついてしまった。そう考えると非常に興味が湧く。


「じゃあ今度呼んでよ」

「たまたまが見つかれば」


「で、ここで何してたの?」

「昨晩はトラブルに巻き込まれて、この辺りで寝てしまったんです」


「具体的にどこで寝た?」

「大体この辺ということしか」


「この林、でかいぞ」

「私としたことが、抜かりました」


「どうやって見つけるんだ?」

「見ればすぐにわかります。たまたまの輝きはそれこそ黄金のソレと変わりません」


「黄金……」

「たまたまは猫の秘宝、妖力の結晶だからです」


「妖力って?」

「人間でいうところの霊力に近いです。猫の能力を大幅に高める」


「ステロイドみたいなもの?」

「筋肉モリモリにはなりませんよ」


「そんなに輝く結晶なら、君一人でも見つけられるんじゃないの?」

「もう見つけてます」

「は!?」

 

 唖然として契汰は猫を見た。さっきまで「探している」と言っていたではないか。


「在処はもう把握してます」

「じゃあ俺要らなくないか!?」 

「ある場所が問題なのです」

 

 ふうと大きく深呼吸をして、猫は契汰に向き直った。


「どこにあるんだよ」

「あそこに小高い丘があるでしょう」

 

 猫の視線の先に、人工的に整えられたであろう築山が浮かび上がっていた。麓には鳥居があり、闇に慣れた目に参道の階段がうっすらと映る。


「ここ神社か?」

「しっ」

 

 猫に制されるまま、契汰は息を潜めた。慎重に築山全体に目を凝らす。風がやんでいるからか、物音がほとんどない。鎮守の森の異様な静けさとは比べ物にならないが、林全体が眠っているようだ。築山は特に変わった様子もない。木々が風に揺らめいている。


「何かあるのか? 特に感じないけど」

「ありますよ。変なところ」


「変なところ?」

「今風、吹いてますか?」

「何言ってんの。風はやんでるだろ……あ」

 

 契汰は自分の目を疑った。先ほどまで気がつかなかったが、築山の木々だけが、何かに煽られるように動いている。


「なんだよあれ」

「おそらくたまたまの妖力かと」


「マジか、あそこに落としたってこと?」

「いいえ、私は神社で寝た覚えはありません」


「じゃあなんで?」

「今朝からたまたまの妖力を追いました。それが行き着いたのがあそこ」


「たまたまが動いてるってこと?」

「ええ。何者かが私の宝を盗んだ」


「ちょっと待て! そいつが仮に物の怪だったら、ヤバいんじゃないか?」

「だからそこで異能者ですよ」


「えええええええ!」

「たまたまを失った私は、ただの喋る猫でしかありません。私には取り返せない」


「俺異能ないんだって、だから無理!」

「お願いです、たまたまは私の師匠の形見なのです! あれがないと、私は、私は!」

「う……ん……」

 

 言い争う声に起こされたのか、永祢が目を覚ました。


「ああ、気がついたか」

「私、眠ってた?」


「ほんの少しだけな」

「貴方を、帰さないと」

「ああ、そのことなんだけど」

 

 ちらりと猫を横目で見やった。


「俺も手伝うことになってさ、猫の秘宝探し」

「どうして?」


「俺を学園に返してもらうためだ。それには俺の霊力を、君に供給する必要があるって」

「私だけで、出来る」

「無理です」

 

 猫が強気に言った。


「式神の勧請だけで倒れる様では、送り返すなど到底出来ない」


 永祢は眉をひそめて、猫に反論する。


「勧請出来たなら、帰せる」

「倒れてから一刻も経っていないのですよ。霊力の回復が間に合っていないはず」


「私の霊力が、足りないと?」

「ええ。しかし問題は、貴女の技術でなく霊力。ならば、霊力さえ注入すれば良いのです」


「そんなことが、出来るの?」

「幸か不幸か、私は長生きが過ぎる猫なのです。それぐらいの知識はありますわ」


「どこから霊力を?」

「簡単です。貴女の式神の霊力を入れるのです」

 

 契汰が口を挟む。


「その方法を教えてくれるんだと。で、具体的にどうやるんだ?」

「至極原始的な方法です。人間でも応用できるはず」

 

 するといきなり、猫が契汰の唇を引っ掻いた。


「痛っ! 何すんだ!」


 猫の爪先に、契汰の血がついている。猫は慎重に舌をあて、少量を舐めとった。


「やはり、素晴らしい血です」

「俺の血が?」

 

 猫の瞳に強い光が宿り、ぎらぎらとし始めた。


「このみなぎるような力、妖力が底から湧きあがってくるようです」

「そんなにすごいのか」


「ええ、凄まじい霊力の量です。こんな血は、滅多にない」

「なんか、褒められてるのに全然うれしくないな」

 

 猫はうっとりと血をもうひと舐めした。


「で、具体的にどうするんだ?」

「簡単です。血を交わし合えば良いのです」


「血をか、交わす?」

「一番良いのは血のもとを交わすこと」

「血の素ぉ?」

「これ以上言わせるのですか?」

 

 猫はからかう様に、身をくねらせた。


「貴方が生まれたのは、種と卵があったからですね。素とは、そういうことです」

「それって……!?」

 

 契汰は顔が真っ赤になった。女性経験など皆無の純潔少年には、生々しすぎる。


「それほど驚くことですか? 人も獣も、この世界ではよくある話です」

「ちょっと、ちょっと待って。いわゆるあれか、その男女の、その……」


むつみごとというやつです、何度も言わせないでくださいヨ」

「今ここで!?」


「勿論。霊力を注入するのです、彼女とは嫌ですか?」

「お、俺はまあ……でもお互いまだ、よく相手を知らないしさ」

 

 焦りすぎて頓珍漢なことを言ってしまう自分が、契汰は心底嫌になった。

 チラリと永祢を見ると、相変わらず無表情で黙っている。

「君はどう?」

「強く、なるなら」

 こんな状況だというのに、永祢が恥ずかしがりもしないことに契汰は驚いた。

 全くこの少女は、なぜこうも感情を表現しないのだろうか。それとも、元々感覚が薄いのだろうか。


 しかし永祢にこう言われてしまうと、契汰も「男」に成らざるを得ないと追い詰められた気分になった。出来ればこんな特別なことは、林の中で慌ただしく迎えたくはない。


「とは言っても、今からコトを成すのは、健全な青少年には酷かと思いますので」


 猫の助け船が出されて、契汰はほっとした。


「なんだ、他に方法があるのか」

「直接血を交わすのです。口で」


「え、口?」

「失礼」

 

 そう言うと、猫は爪で永祢の唇を遠慮がちに引っ掻いた。桜色の唇から、血がぽつぽつと零れる。


「おい、それって、キ……」

「キス」


 永祢がそう口走ると、さっと身体を起こした。


「ちょ、ちょっとまっ」

「逃げないで」

 

 そう言うと、永祢は首にかけたペンダントを引きちぎると空高く放り投げる。


いにしえの鏡、我が守りの御霊みたまよ。式神を止めよ」

 

 ペンダントは空中に飛んだかと思うと、光を放ちながら大きな銅鏡に姿を変じた。回転しながら光線を契汰に放つ。光にあてられた契汰は、身体の動きが取れなくなった。


「な、なにすんだ!?」

「じっとして」


 震える契汰の唇に、永祢が背伸びをして、自分の唇を重ねた。花のような赤い血が混じり合い、鉄の味がほのかに滲む。力を吸い取られるような、しかし反対に力を与えられるような、不思議な感覚が通り過ぎた。


「これが血の契約。どうぞ、術を発動してみてください」

 

 永祢は唇を拭うと、光る鏡の下に歩みを進めた。


「無理するな、また倒れるぞ」

「私は、陰陽師」

 

 片手にいつもの古書を持ち、もう一方の人差し指を口つけると、永祢は呪を唱えた。


「トホカミ、エミタメ……かつて神に仕えし鏡よ、力を授け給え。臨!」


 消えていた白銀の陣が再び現れ、闇を照らした。


「我が式神を、その大いなる力で包み給え」

 

 銀波は光量を増してゆく。すると、契汰の身体は陣の中へ勝手に引き寄せられた。


「ど、どうなってんだ!」

「血の契約により、彼女の式神としても、更に絆が結ばれたのです」 

 

 猫が得意げに言った。


「さあ、総極院殿。霊力がせっかくあるのです、彼に何か与えては?」

「何が、欲しい?」

「俺に聞くのか!?」


 永祢はコクリと頷く。今必要なものを、契汰は必死に考えた。


「じゃあ、武器をくれ。今から物の怪っぽいのと、戦わないといけないみたいだし」

「ナイスアイデアですね」


 永祢は古書をめくり、呪を唱えた。


「我が式神よ。こころざしを友とし、霊具を携え我に仕えよ。我、汝に欲す」


 すると、手の中に熱い感触が湧いてきた。それは段々硬くなり、形になってゆく。


「これが、武器?」

「霊具」

「そう呼ぶのか」


 契汰は光の中でまじまじと与えられた霊具を見た。


 漆黒のボディをした、細い針状の物体だった。そして、なぜかその持ち手は温かい。


「なんだこれ、でかいアイスピック?」

 

 契汰はまじまじと針を見る。


「でも、攻撃には使えそうだな」

「ちゃんと、使えるかな」


 永祢は相変わらずの無表情だったが、瞳の奥に落胆の色が見えた。

契汰は永祢を励ました。


「問題はそこじゃなくて、一歩前進したとこだよ」

「……」


「せっかく霊具も貰ったんだ。俺もちゃんと、式神らしくしなくちゃな。これからよろしく。俺は藤契汰。君は総極院永祢だろ?」

「私を、知ってるの?」


「君が気を失ってる間に、色々あった。俺のことは契汰って呼んで」

「……契汰」


「ありがと。俺は、なんて呼べばいい?」

「好きなように」


「じゃあ永祢で。そういえば、猫はどこ行った?」

「にゃああああああああああああ!!!」 

 

 猫の叫び声が聞こえた、契汰の手の中から。


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