第19話 無能判定はコーヒーの香りの中で

「さて、どこまで話したかしら」

「ああ、この学園と森の話です。物の怪を、集めるとか」


「そうだったわね。つまり帝陵学園はこの国の生命線なの。だからこそ、様々な異能者が集められている。我々異能者は強力な霊力を持っているわ」

「霊力?」


「そう。自分の魂を源泉とする視えない力」

「その霊力を持つ人だけがこの学園に?」


「それは少し違うの。霊力はすべての人間に備わっているわ。いわゆる霊感、虫の知らせ、第六感、シックスセンス。それらは全て霊力がなせる技よ」

「俺にもありますか」


「勿論よ。要は強弱の問題なの。君は他の人が視えないモノが視えるんでしょ? ならば一般人とは比べ物にならない強い霊力保持者ということになる」

「俺は異能者として転入するんですか?」

「馬鹿を言わないで」

 

 玲花はカチャリとカップをソーサーに置いた。


「視えるだけでは異能者とは言えないわ。それに強い霊力イコール異能者では無い」

 桐生の言い方には棘があった。

 どうも彼女のプライドの琴線に触れてしまったらしい。


「霊力を応用するための体質、技術、センスが備わってこそ異能者と呼べるのよ。君は良く解っていないだろうけど、この学園は入ろうと思って入れるところではない。貴方のレベルじゃ到底無理よ」

「じゃあなんで俺を無理やり転入させるんですか!」

 

 契汰は上から目線の発言に腹が立ってきた。厳格な基準があるならば、非情とも言える手段をとって契汰を引き込む理由がない。


「貴方が不可解だから」

「ふ、不可解?」

「貴方が今生きて存在している、それ自体が」

 

 桐生は砂糖をさらに追加した。解けきらない砂糖のざらざらとした音が聞こえる。


「玲花、少年はこの世界の基本のキの字も知らんのだ。そこの説明を省くでない」

「わかっていますよ」


 玲花は極甘のコーヒーを行儀よくすする。


「物の怪の基本の性質から説明するわ。君も知っての通り、物の怪は人間を好んで捕食しようとする。それは何故かわかるかしら」

「人間が旨いから、ですか」


「自分の瘴気のためよ」

「瘴気?」


「瘴気とは、物の怪が持つ霊力のようなものよ。人間を捕食することを、やつらは『人喰い』といって珍重する。それは、人喰いをすると瘴気が増すと信じているからなの」

「かつて九百九十九人の人間を喰った物の怪がいた記録もあるぞ」


「九百九十九人!?」

「なんとか千人喰いを達成する前に、封じたらしいがな。そこまで行ってしまうとどんな異能者が相手でも、手の施しようがない。罪の無い者が沢山死んだ」

 

 会長は目を閉じて腕を頭の後ろで組み、考え事を整理するかのように息を吐いた。


「そうならないように、我々の学園は凶暴な物の怪を前もって討伐するのよ。会長、コーヒーのお替りはいかがですか?」

「いただこう」

 

 先ほど淹れたコーヒーは飲みきってしまっていたので、桐生はもう一度ドリップの準備を始めた。


「そして少年、人喰いにはもう一つ重要なことがあってな」


 会長は目を開くと深々と座っていたソファから立ち上がり、契汰の横に腰掛けた。契汰の肩に手を回して話しかけるので、契汰はどきどきした。


「ただ人を喰えば良い訳ではないのだ。人間にもランクがある。そこらへんの人間は喰っても大したことはない」

「と、いうと?」


「人間が脂のたっぷり乗った霜降りの肉を好むように、物の怪も上質な人肉を好む。上質な人肉とは、霊力がたっぷり乗った人間のことだ」

「異能者が一番危ないってことですか」


「そうだ」

「物の怪がおびき寄せられる理由って、まさか」


「優秀な異能ばかりが集まっているからな、ご馳走の山だ」

「だから異能を選別するんですね」

 

 生徒会長の指が契汰の首筋をつたい、急所を捉えた。


「実はこれには裏がある。学園が異能者を選別する訳ではない」

「へ?」

「霊力があっても優秀でない者は、ほとんどがこの学園に入る前に喰われてしまうのだ」

 

 生徒会長は銃を撃つように急所をつついた。


「しかし、だ。異能どころか物の怪の知識があるわけでもない君が、何故か生きている。これは不可解以外の何ものでもない」


 これまでの契汰は物の怪云々よりも、あの家から出ることを目標にして生き延びてきた。物の怪にも狙われていたなんて、そんなこと夢にも考えたことはない。


「だけど君がこの先、物の怪に喰われないという保証は全く無いわ」

「マジですか」


「そこで我々は、君を保護することにした」

「俺を保護?」


「そうだ。国民を物の怪から守ることも我々の義務だよ」

「だから、この学園に?」


「その通り。ここなら安全だ」

「でも森にはうようよ物の怪がいるんですよね?」


「我々はプロフェッショナルだ、君のような奇跡とも言える人材を保護するのに、ふさわしい場所だと思うがね」

「俺が、奇跡ですか?」

「まさか生き残っているとは。しかもこの学園に迷い込んだ。これは君を保護する正当な理由になる」

 

 会長は嬉しそうに笑った。


「でも異能とか、俺ありません。転入させてもらってもどうしたらいいか」

「君を調べさせてもらった」


「いつの間に」

「スカーレットに乗る前、手をかざしただろう。あれだ」


「どうでしたか」

「清々しいほど異能を感じなかった」


「やっぱり」

「だがかなり霊力が強い」


「うわぁ。一番ダメなパターンじゃ」

「また君はややこしいことに、少年は総極院永祢の式神なのだ。いやはやどうしたものか」


「あの、その件なんですけど。そもそも式神って何ですか?」

「式神とは陰陽師の使役する鬼神のことだ」


「キシン?」

「鬼神とはこの世ならざる存在のことだ。中には、神と形容される存在もいる」


「物の怪も、鬼神に入るんですか」

「広義では。我々は人に害を成す鬼神を、物の怪と呼称している」


「俺みたいな人間の式神もいるんですよね?」

「まさか! そんなものは聞いたことが無い」

「じゃあ俺は、鬼神?」


 会長が呆れたように笑い出した。桐生も堪え切れずに吹き出している。


「鬼神が学園の生徒会室でお茶をしているだと? そんなことがあるならば、私は先人達に大笑いされてしまうな!」

「貴方は人よ。ここには何重にも結界が張られていてね。鬼神ならば、神でも無い限りはじき飛ばされる仕組みよ。君は神っていう柄でもなさそうだし」

 

 あまりに二人が笑うので、契汰は恥ずかしくなってきた。人間の式神はいない、でも契汰は鬼神でもない。ならば、一体何なのだろう。


「じゃあ、俺は何故式神に?」

「さあ、私にも計りかねる。私は陰陽師ではないからな、専門外だ」


「式神は何をするんですか」

「陰陽師の手足となり、陰陽師の代理として異能を行使する」


「てことは、俺があの子の異能ってことですか」

「そうなるな」


「えええ! 俺異能ゼロなのに?」

「心配するな、総極院永祢も霊力ゼロだ」

「貴方は何もできないし、何もしなくていいの。ゼロにゼロをかけても、ゼロにしかならないでしょ」


 桐生はさらりと言ってのけた。かなりストレートな人だ。


「すみません、そもそもの話なんですけど。陰陽師って何ですか?」

「陰陽道を司る異能のことだ」


「そのまんまじゃないですか。ここに人は皆陰陽師なんですか?」

「それは違う」

 

 生徒会長は光る腕輪を外し、契汰に掲げて見せた。


「陰陽師の他にも、超能力者、武道家、法師、易者、方術者……カテゴリーは多岐に渡る」

「うわぁ。それだけ色々あったら、どれになるか迷いますね」


「まさか。出生前から決定済みだぞ」

「えっ。決まってるんですか?」


「異能は血統が全てだ」

「遺伝ってことですか?」


「そうだ。肌や瞳の色が血で決まるように、異能の高さも血統と家系に左右される。我々は血継と呼んでいるがね」

「異能の種類も遺伝するんですか」


「御名答。ちなみに流派も受け継ぐことが多い」

「じゃあ、あの女の子の家も?」

 

 ドオオオオオオオオオオオオオン!


 契汰の言葉を遮って、突然の爆音と共に生徒会室中が煙に包まれた。


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